陽炎の弟子/第六幕.ⅰ

 携帯用角灯ランタンを持った書庫番と、彼の傍で丸まって眠るにゃろ丸。そして、灯りがなければ、目と肌以外は漆黒の景色と同化してしまいそうな燈籠が待機していた。

「大丈夫かなぁ」

 天を仰ぎながら、燈籠はぼやく。漆黒に染まった空は、小さな光を放つ星々の大海だった。

「心配なら、お前も行けばよかったんだ。かまきり」

「無茶言わないでよ」

 口ではそう言いつつも、彼が自分(自分以外にもだが)に無茶苦茶なことを求めるのは、いつものことだと燈籠は承知している。

に関しては、心配してないよ」

「ならば、誰の心配なんだ?」

「ひぐらしちゃん。あと――」

「――か」

 書庫番は肩をすくめた。

「……信じがたいことだったけどねぇ」

 磯崎が肆番隊内でコソコソとよからぬことを考えている連中の仲間だったことにだ。

「さらりと嘘をつくな。ずっと前から、彼女を疑っていただろう」

「あら、バレてた」

 しかし、磯崎を疑っていたのは、燈籠だけではない。

「けど、お前だって俺と同じだろ?」

「…………」

「まあ。こうなっちゃった以上、磯崎ちゃんを在籍させておくのは難しいかもね」

「ああ。上羽あげはには申し訳ないが、そうなるだろうな」

 上羽は書庫番の友人である。その友人が苦手な燈籠に頭を下げてまでの望みを叶えられないことが、書庫番には心苦しいのだ。

 しかし、半年ほど前から着々と進めていた策略を、情で台無しにするわけにはいかない。


 ザッ!


 木の上から人影が降りてきた。明々だ。彼女は猫のような目を燈籠に向ける。

「もうすぐ、ここに着くよ~。、ね~」

「さすが、ミンちゃんの千里眼せんりがん!」

 その名のとおり、千里先を見通すことができる目を明々は持っている。優れものであるが、その分、負担は大きい。普段かけている瓶底眼鏡は、彼女の視力維持や負担軽減などの役割を持っているのだ。

 報告が終わるなり、明々は瓶底眼鏡を装着する。

「みひゃひゃ! アタシの能力を見くびっちゃいけないよ~?」

 明々の報告を聞いて、ほっとする燈籠に対し、書庫番の表情は硬い。

「どうしたの?」

「奴らの中に、幻光蝶を視ることができる者がいれば……。あいつらだけでなく、敵までおびき寄せることになる」

 彼らの目の前には、幻光蝶で出来あがった橋の起点があった。

 敵が旧公都の住人であることを、書庫番は知っている。触れることはできなくとも、視ることができる者が中にはいるかもしれない。彼はそれを懸念していた。

「なに言ってんだよ。

「ん?」

、俺とミンちゃんはここにいるんだろ?」

 自信満々な燈籠に、書庫番はふっと笑う。

「ああ、そうだったな」

 彼に応えるかのように、燈籠も笑んだ。

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