陽炎の弟子/第五幕.ⅱ
士官学校に入学して、初めての実習。斑分けでのことだ。
日暮は誰にも声をかけてもらえず、一人ぼうっと立っている。
彼女は孤立していた。
ひそひそ……衛生部士官候補生たちが話している。
「誰か声かけてあげなよ」
「えー、やだよ。あの髪の色。あの子ってさ、バンゾクなんでしょ?」
「ちがうよ、ヘンジンだよぉ」
「この間、なにもないとこで話してるとこ見たよ」
「なにそれ、きもちわるっ」
「あんな奴の仲間って思われたくないよね~」
「けど、可哀想じゃん」
「そう言うんだったら、あんた行きなよ」
お互い押しつけあっているだけで、誰も動こうとはしない。
その声に日暮もより頑なになり、輪の中に入ろうとしない。
その時だ。
「一人なの?」
声をかけてきた一人の少女――磯崎だ。
「まあね。あたし、ヘンジンでバンゾクらしいから」
日暮は磯崎の斑を窺う。班員たちは「やめときなよ」、「仲間外れにされるよ」と目で訴えている。その態度がありありとわかるため、日暮は声をかけてきた磯崎を警戒していた。
「勝手に言わせておけばいいよ」
「けど。このままじゃあ、修了できないかもしれないよ?」
日暮はぎくりとした。じっと磯崎を見る。彼女はにこにこ、笑みを浮かべている。
「来て」
日暮は手を取られ、なんとか磯崎の班に入ることとなった。
これが、日暮 空と磯崎千鶴子の出会いである。
磯崎とは故郷が同じということもあって、すぐに打ち解けることができた。
日暮自身、家族以外初めて打ち解けられる人間に、舞い上がっていたのかもしれない。
「ひぐらしちゃんは、どうして軍医になろうと思ったの?」
「ああ。姉さんの病気を治したくて。ほんとは民間に行くのが筋なんだけど……」
日暮は言葉を濁す。磯崎は察した。
帝都の民間病院は、公都の人間を受け入れるどころか「隷属ふぜいが」という視線がある。そんな公都の人々を受け入れてくれるのは、皮肉にも公都を滅ぼした帝都の軍属医師しかない。
むろん、「最先端医療なら軍医!」という安易な理由で目指し始めたことは内緒である。
「……八色蟲隊――帝都の中にも、そういう人がいるっていうことが嬉しかったんだ」
衛生部――軍医を統括する隊である陸番隊隊長の方針であることを偶然にも聞いて、知った。
「わたしも、似たような理由だよ」
「ちぃちゃんも?」
「うん。お父さんの病気を治したくてね……。知り合いが勧めてくれたの」
日暮はぎょっとした。
「もしかして、
陸番隊副隊長であり、公都出身。日暮の姉・星菜も診てくれている。
「まさか。そんな偉大な人とお知り合いなわけないじゃない」
「だ、だよね。あー、びっくりした」
胸をなで下ろすふりをしながら、本当は少し残念だった。もしそうだったら、ちょっと嬉しかったのに。
「ひぐらしちゃん、面白いね」
磯崎は笑った。それにつられて、
「そ、そうかなぁ」
日暮も笑った。
そんな懐かしい思い出がピシリ、とひび割れたような気がした。
――磯崎はもともと、陸番隊の指名配属が決まっていたんだ。
ふと、書庫番の言葉が木霊する。
――ところが、急に磯崎から『辞退したい』と嘆願書が送られてきたんだ。
どうして、そんなことを?
――本人いわく、『親友が肆番隊にいるから』の一点張りでな。
あたしのせいなの?
――ひぐらしちゃんには関係ない!
だったら、どうしてそんなことを言うの?
――友だちごっこは、もうおしまい。
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