陽炎の弟子/第三幕.ⅲ

 バンッ! 日暮は乱暴に〝書庫〟の扉を開けた。

 にゃろ丸はあまりの剣幕さに、卓子の下に隠れ、ぶるぶると震える。

「……戻ったか」

 対し、書庫番は涼しげな顔で日暮を迎えた。

「ちぃちゃんに、なにをしたんですか?」

 日暮の問いに書庫番は答えない。

「ちぃちゃんに……磯崎さんになにをした!」

 日暮は貸出名簿と返ってきた本を卓子に叩きつける。

 それでもなお、書庫番の表情は変わらない。むしろ、氷のように冷たい。

「……ただ、訊いただけだ」

 書庫番が静かに口を開く。

「なにを訊いたの?」

「たいしたことじゃない」

「答えて!」

 日暮の剣幕に書庫番は肩をすくめた。


のにも関わらず、なぜ断ったのかを」


「えっ……!」

 日暮の怒りがすうぅ、と引いた。

 陸番隊から指名配属されていた? それを断った?

「そ、それって……どういうことですか?」

 日暮は半ば放心状態ながらも尋ねる。

「もともと磯崎は、陸番隊の指名配属が決まっていたんだ」

 初耳だ。

「磯崎も乗り気だったと聞いている。ところが、急に磯崎から『辞退したい』と嘆願書が送られてきたんだ」

 日暮はますます目を見張った。書庫番は続ける。

「ただでさえ、陸番隊は若手不足だ。いつだって、優秀生が来ることを待ち望んでいる。諦めきれなかった上羽あげはは、しかたなく、本人が希望する隊の指名配属へとこぎつけたんだ。も『秋季入隊には異動させる』と、了承してな」

 陸番隊隊長は磯崎をちゃんと認めていたのだ。

「そのことを、磯崎さんに伝えたんですか?」

「ああ、伝えたとも。しかし、頑なに断られた」

「え?」

「本人いわく『親友が肆番隊にいるから』の一点張りでな。わっちは質問を変えた。『お前にとって、その親友は?』と。そしたら、磯崎は血相を変えて、出て行ってしまったよ」

 日暮は目を見開いた。


「ちぃちゃん、どうして……っ!」


 あたしのせいで、陸番隊からの指名配属を投げ打ったの?

 どうして、陸番隊からの指名配属を教えてくれなかったの?

 これ以上は無意味とばかりに、書庫番は揺り椅子から腰を上げる。


「にゃろ丸、来い」


 書庫番は怯えるにゃろ丸を呼んだ。

 奥の扉を押し開き、一人と一匹はその奥へと姿を消した。

 一人きりになった日暮は、磯崎の真意をつらつらと考え続けていた。

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