陽炎の弟子/第二幕.ⅰ

 食堂を後にし、日暮とリクはまず遺失物が管理されているはずの事務室へと向かう。

 事務室に入ろうとした矢先、赤みがかった髪と瞳を持つ青年が事務室から出てくる。

 日暮はこの男の顔を覚えていた。入隊式の時、番号札『三』をつけていた班長だ。

「ああ、あのっ!」

 男に声をかける。

「ん?」

「お守りはありますか!?」

「は?」

 男の目が点になる。その反応に、日暮は「じゃなくて!」と首を横に振った。

「落し物をしてしまったんです! 倉庫と事務室の中を探させてください!」

「……事務室はかまわないけど。倉庫は無理だね」

「えっ!?」

「倉庫の鍵は、穂樽の許可がないと……。今、いないんだ」

「そ、そうですか……」

「事務室は探して、かまわないから」

「ありがとうございます! ――では、さっそく!」

 事務室に入る日暮とリクだったが――、

「……なかった」

 数分も経たずに日暮は呟いた。

 男は言う。

「とりあえず、遺失物届を書いて。穂樽には話しておくから」

「はい……」

 日暮は遺失物届を書き、

「ありがとうございました」

 と男に礼を言って、二人は事務室を後にした。

「次は、第二兵舎の医務室ですね」

「……うん。けど、そっちはちぃちゃんがいるから」

「ですね」

 リクも同意見だ。

 医務室が除外されるとなると、第一兵舎と第二 兵舎の間を行き来する道。

 食堂までの道のり、中庭となる。

「そういえば、明々さんに引っ張られている時、体勢が変でしたね」

「……その時に落としたのかもしれない」

 残る可能性は、崩れた体勢で医務室まで走っていたあの時だ。

 中庭は手入れがあまりされていないのか、雑草などが覆い茂っている。日当たりも悪く、昼だというのに建物が影をつくり、足元は暗い。

 茂みの中に紛れているとしたら、探すのは難しい。

「時間も限られています。とにかく、ぎりぎりまで探しましょう」

「そうだね」

 時計は、十二時四十分。五十五分には、作戦室に入っておかなければならない。たった十五分しかないが、なにもしないよりはマシだ。

 手分けして、茂みの中を探る。雑草の中には、手を痒くするものもあるが、なりふりかまってはいられない。

 時折出てくる毛虫やら、ムカデの出現に悲鳴を上げそうになりつつも、日暮は懸命に探す。

「ありましたか?」

「ううん、見つからない」

 時は、刻一刻と迫る。

 リクが焦ったように言った。

「ひぐらしさん。ぼくは念のため、第一訓練室のほうを見てきます!」

「お願い! あたしは、もう少しここを探してみる」

 リクが去る気配を感じながら、必死に茂みをかきわける。

「どこで落としちゃったかな、もうっ!」

 思わず、文句が出た。

 落としてしまったことに気づかなかった自分が悪いのだが、わかっているだけに腹が立つ。


 ちょんちょん。


 ふと、肩を叩かれたような、突かれたような微妙な感触がした。草でも当たっているのだろう。かまわず無視した。


 ちょんちょん。


 まただ。今度も無視する。


 ちょんちょん。


「なに!?」

 とうとう日暮は怒鳴った。彼女の前に、白い猫の手(前足)が、ずいっと差し出される。

 猫の手も借りたいところだが、本当に猫の手を出さなくてもいいだろう。

「探し物は、これにゃろか?」

 だが、その猫の手の中にある物に、日暮は目を見張った。

革の紐に吊るされたまるくて透明な水晶板の中に、薄い黒曜石こくようせき月長石げっちょうせきの勾玉が太極図たいきょくずを表しているかのように入っている。――日暮が探していたお守りだ。

 再度、猫は尋ねる。

「探し物は、これにゃろか?」

(にゃ、にゃろ!? ってか、しゃべった!)

 話すことでも充分だが、猫そのものにも驚いた。

 麻呂眉まろまゆが特徴で、その恰好は雛人形のお内裏さま。しかも、二足歩行。

 さらには――。


(幻光蝶が集まってる……!?)


 猫の周りを数羽の幻光蝶がひらひら舞っている。そのうちの二羽――黒と銀、橙と赤の幻光蝶(アゲハチョウぐらいの大きさ)がひどく目についた。

「だから、探し物は、これにゃろか?」

 三度みたび、尋ねてくる猫。

「う、うん……。そ、そうだけど……」

 猫と話しているなんて、おかしいと思いつつ、

「あ、あなたが見つけてくれたの……?」

と尋ねた。猫は首を横に振る。

「にゃろの主人あるじが見つけたにゃろ」

「そ、そう……。あなたのご主人さまに、ありがとうって言っといて」

 お守りに手を伸ばした瞬間、猫が手を引っ込めた。

「ちょっと!」

「これの価値も、使い方も知らにゃいお前に、返すわけにはいかにゃい」

「お母さんの形見なの! お願いだから、返して!」

 猫を捕まえようとするが、ひらり、と避けられてしまう。

「返してほしくば、にゃろを捕まえてみろ。だいたい、礼を言いたければ、直接言えばいいにゃろ。人――いや、猫任せにするにゃ!」

 猫はそう言って、お守りを首にかけ、四本足で駆け出す。


「待ちなさい!」


 日暮も駆け出した。

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