第14話 旅立ち
私たちはどこへ向かうのか。
時折、寝食を忘れて夢想にむける。
「卒業生、一同、起立!」
君たちはどこへ向かうのか。
学をおさめ、魔術協会に務めるのか。
魔法学校を卒業した魔術師の、魔術協会の就職率はきわめてたかい。
みな、そこへ向かうのか。
あるいはまだ見ぬ未踏の大地をめざす、冒険者か。
はたまた、実家の家業を継ぐのだろうか。
いずれにせよ、それらは私たちの向かう場所か?
私たちはなぜ生きる。
どこへ向かっているのか。
「それでは、これりよ新暦3058年度、ゴルディモア国立魔法大学卒業式を開会いたします。一同、れい!」
ああ、若き魔術師たちよ。
おめでとう、ようやくレールを抜けたんだね。
地図のない人生とは、かくも素晴らしいものだよ。
⌛︎⌛︎⌛︎
ゴルディモア国立魔法大学の有名な
卒業証書をうけとり、友人たちと楽しげに笑うクリスを遠巻きに見つめる。
「エイデン、本当に教師をやめるのかい? エールデンフォートは創作活動にうってつけの街だったのに」
親しみのある声。
木の幹に背を預けていると、影からぬっと小太りの男があらわれた。
カドくんだ。
今日は非番なのか、魔術協会の紺ローブを着ていない。
「仕方のないことだよ、カドくん。美しい街だったが、私にとって、なにより大事なのは作品の製作だ。
次に作る作品が決まっている以上、彼女を加工しないかぎり、私はほかの作品に手をつけられない」
「勇者アレスの末裔……ずいぶんと困難な題材に挑むんだね。恩人だから、エイデンのやりたいことを止めはしない。
けどね、エイデン、ぼくはきみに生きて欲しい。きみは光のなかを歩けば、偉大な魔術師として、表世界の歴史に名を残せる……そういう星のもとに生まれたんだから」
「私はいつになっても病気だよ。妹をわけたあの日から、ずっと、ずっと、ずっとね……。
そうだ、カドくん、街を出るまえに君に渡しておこうと思ってね」
卒業式のために新調した礼服、そのうちポケットから赤いブローチをとりだす。
「それは?」
「君の両親を殺して、ふわけしたあの日、君が私にくれたものじゃないか」
「……いいや、エイデン。ぼくはきみにこんな物をあげた覚えはない。それにふわけしたって何のことだい」
やれやれ、これだからカドくんは。
このブローチは私の記憶に焼きつき、何度でもあの晩が本当だったのだと、思いださせる
だけど許そう。
今日は、彼とすごす最後の日なのだから。
私は、とぼけるカドくんの手に、赤いブローチを握らせて木陰から陽の下にでた。
わずらわしい太陽めが。
誰の了承をえて、この私を照らしている。
太陽を睨みつけるが、途端に目が痛くなる。
「エイデン、ぼくはこの街できみが帰ってくるを待っているよ。
クリス、と言ったかな? エイデンは彼女の要望でその重大な病を治しにいくんだろう?
もし病気がなおったのなら、ぼくとエイデンは、本当の意味で友達になれると思うんだ」
カドくんは陽のもとに出てくると、薄く微笑み、ふところから木箱と一冊の手帳をとりだした。
「きみが何をやろうとぼくは構わない。だけど、やっぱりエイデンには、闇のなかより、光が似合うよ。だって今のエイデンは、とても輝いてみえるから」
カドくんはそう言うと、木箱と手帳をスッと差しだしてきた。
「これはエイデンが、そこへたどり着くまでの切符だよ。魔球列車はかならず目的にたどり着く。エイデン、よい旅を」
「……ああ、ありがとう、カドくん。達者でね」
手帳と木箱を受けとり、カドくんに背を向けて歩きだす。
ふと、彼のことばの意味が気になり振りかえる。
そこにカドくんの姿はなかった。
しかし、わずかな魔法が発動した痕跡と、木陰の闇が水面のように波打つのを目でとらえることは出来た。
「行ってしまったか。私の親友のカドくん、魔術協会の重役は本当にせわしないね」
私は、礼服の襟をただして、背後へふりかえる。
遠巻きにクリスと目があった。
さぁ、それでは行こうか。
足もつきそうだったし、いい頃合いだ。
さようなら、美しき都、エールデンフォート。
いつかまた来るよ。
⌛︎⌛︎⌛︎
馬車に揺られながら窓の外の景色をながめる。
無限に広がる草原。
雪がふっていれば広大な雪原を楽しめただろうに。
見えるのは木々と岩と、整地され舗装された石畳みの道くらい。
空は青く透きとおっているが、空気は乾燥し、吸いこめば、冷たく肺を刺激してくる。
ああ、もうエールデンフォートがあんな遠くにあるのか。
本当にでてきてしまったのだな。
「エイデンさん、ネフィたちはどこへつれていかれてしまうの?」
となりの座席のネフィが袖を引っ張ってくる。
別に彼女らを搬送するための旅ではないのだがね。
「エイミーは、あの家で満足してたのにー。引っ越すってことはもっといい家に連れて行ってくれるんだよねー?」
「パスは変なところを洗われないなら、どこでもいいです」
末っ子の開口をかわきりに、姉たちも、おのおのの主張を通しはじめた。
これはいけない。
場の空気が乱れはじめている。
「静かにするんだよ。これから長くなる。本を読んでおくといい。時間があるうちは、私が魔術を教えてあげよう」
「ネフィ、ほんすきー! まほうおしえてエイデンさん!」
「エイミーも魔法には興味あるかもー、お父さんは勉強なんてさせてくれなかったから……」
「パスは力を身につけたいです。この世界には暴力を振るう人間がいますから」
なにげなく提案した勉強だったが、存外にレザージャックの姉妹たちは興味をしめしている。
旅の途中で、私の娘たちに勝手にしなれては困る。
なんせ彼女らはえらくかわいい。
いつどこで発情した下賤な者が襲ってくるかわからない。いつも守ってやれるかもわからない。
力を備えさせておくのは妙案とみえる。
さて、ではどの分野から教えようか。
まずは本人たちの適正をみたいところだが……。
どれだけ時間があるのかわからないな。
「そうだ、クリス。ドタバタしていて聞き忘れてしまったのだが、君の実家はどこにあるんだ? そこまでの道のり次第で、やれることは変わってくるのだが」
馬の手綱をひき御者する勇者へ、私は小窓をあけてたずねた。
クリスからみて腰元の小窓へ、彼女は顔をちかづけて馬車内をのぞきこんでくる。
「なるほど。小さい子襲わずに、ちゃんと先生しててあたしは嬉しいです」
「クリス、以前の君はそんないじわるなこと言う子じゃなかったのに……先生は悲しいよ」
「こういう時だけ、都合よく先生ぶらないでください、先生」
クリスは小窓を、ピシャリと音をたてて閉じた。
私は間髪いれずに、もう一度小窓をあけて問いかける。
「クリス、どこに向かってるのかだけ、とりあえず教えてくれないか?」
クリスはふたたび小窓へ顔を近づけてきた。
「ヨルプウィストの最北、ドゥーハ・エ・トァッピアにアレスの家はあります。エールデンフォートから馬車で進むとしたら、
まずはセイ・オーリアに行って、そこからマラケイヌス、ポールベスと街を中継していく感じですかね。ぞくにいう『黄金街道』ですよ」
「セイ・オーリア、マラケイヌス……そしてポールベス……」
クリスの言葉を口のなかで反復する。
「ん? 先生、どうかしましたか?」
「……いいや、なんの問題もない。ともすればポールベスまでの所要時間は2週間ほどか。
ドーハ・エ・トァッピアまでふくめても3週間は掛からない」
「ええ、そうですよ。先生は詳しいですね、この街道に」
「ああ……前に一度だけ通ったことがあるからね」
私は小窓をしめて、馬車内で読書にふける娘たちを見つめる。
それぞれ好きな属性の入門書を読んでいる。
しばらくは放っておいてもいいだろう。
魔術とは私に言わればイメージがすべてだ。
最初は読書をとおして空気感をつかむことから。
私はそうやって名門魔法学校を主席で卒業した。
それにしても数奇なものだ。
まさかかつて渡りあるた街道を逆走するとは。
「犯人は現場にもどる、か」
やれやれ。
なにも起こらなければいいが。
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