第15話 魔術のお勉強
草原のど真ん中、馬車をとめて休憩する。
街道沿いの一帯とはいえ、人間の文明圏のそとで油断するのは愚か者だと、私はかんがえる。
「≪
休憩エリア全体をおおうように保険を展開。
これで低能の魔物なら十分に対応できる。
遠距離から、魔法で狙撃でもされないかぎり安泰だ。
精神衛生をかくりつして、穏やかな心持ちになった私は、胸を撫でおろし、杖をしまい、馬車のちかくで食事をするクリスたちのもとへ。
「流石です! 先生は神秘属性式魔術も扱えるんですね」
はしゃぐうちの教え子。
馬車の御者台にこしかける私へ、はねるように近寄ってきて、となりに腰をおろした。
「ありがとう、クリス。控えめに言って私は天才だからね」
「……そういうこと言う先生は、あたし、あんまり好きじゃないです」
急にテンションが下がった。
なぜだ。
私は事実を述べだけなのに。
答えをもとめてネフィを見る。
「エイデンさん、ネフィに、たすけをもとめても、だめだからね!」
「ふむ、そのようだ」
やれやれ、これが乙女心を理解する難しさか。
名門魔法学校を主席で卒業しても、解せぬことわりがあるとは……この世界は実におもしろい。
「あの、先生。前々から思ってたんですけど、先生ってどれくらいすごい魔術師なんですか?」
膝上にネフィを乗せて、パンを食べさせてあげているクリスが、顔をあげて聞いてきた。
私も真似しようと、ちかくで静かにもぐもぐしてるエイミーの脇に手をいれて持ち上げ、膝上にのせてみる。
「えーエイデンさん、こんなところで、こんな小さな女の子に手を出すのー?」
「幼女趣味を定着させようとしないでくれよ。私は興味本位でエイミーをこうしたいと思っただけだ。だから試した」
「ふーん、エイミーが可愛すぎるからいけないんだねー。やれやれ、エイミーは罪な女の子だよー」
やれやれ、なんだかエイミーが面倒になってきた。
子どもはおとなを模倣する生物だ。
ともしたら、いったい誰の真似をしているのか。
「そうだね、エイミーはとっても可愛いよ」
「っ……う、うん、ありがとぅ」
なせか縮こまりおとなしくなったエイミー。
スカートの端をつまみ、紫の毛先を指でいじりはじめた。
とりあえず、やわらかい紫髪をなでて、ご機嫌をとっておく。
私は芸術家であって、低俗な性獣ではない。
そのことはハッキリさせておこう。
「それで、なんの話だったかな?」
「もう、先生。先生がどれくらいすごい魔術師なのかって話です。
まったく褒められたことじゃないですけど、先生はあんなド変態に、人間を作り変えてしまう高度な魔法を使えるようなので、気になったんです」
おや、どうやらクリスは気付いていないな?
私が作品作りに使用していた能力が悪魔由来だと。
情報戦はやや私にかたむいたか、はは。
「四式、五式の魔法はいくつか修めている。攻撃魔法だけだが。もっぱら威力、その破壊規模から、人に向けて使うことを想定されていない魔法ゆえ、私の専門ではないがね」
エイミーの頭をなでなから、なんとなしに自身の使える魔法を思い出してみる。
「……え? それ本当ですか?」
「もちろん本当のことだ。嘘をついてどうする」
クリスはパンくずをほっぺつけながら、動かなくなってしまった。
彼女の手からこぼれおちたパンを、ネフィがキャッチする。
「どうしんですか、クリスお姉さま? 驚いてるようですけど、エイデンさんのレベルはそれほどの物なのですか?」
パスはトポトポ歩いてくると、クリスと私の間に腰をおろした。
「そっか。パスたちは、まだ魔法体系やその仕組みについてあまり詳しくないのよね。それじゃあたしがすこし授業してあげるね!」
「お願いします、クリスお姉様」
パスは真面目な顔で一礼。
クリスはニコニコ笑い、そんなパスの白髪をなでくりまわす。
頬を染め、やや恥ずかしそうなパスは小さな手で、クリスの撫で撫でを、おさえてやめさせた。
クリスの話に興味津々な姉妹たち。
彼女は咳ばらいひとつして、講義をはじめた。
「まず、魔術とは、なにかから。ちなみに魔術と魔法は同じものだから特にわけてかんがえる必要はないわよ!」
「……ん、待て。いきなり、なにを言っている、クリス」
デタラメをのべる教え子の講義へ、そうそうに「ちょっと待った」をかけていく。
「クリス、魔術と魔法は広義には同じものを指ししめすが、狭義には厳密な区分がある。私の授業でなんどかふれたはずだ」
「え? ああ、もちろん、覚えてますよ……ええと、うん、確かに微妙な違いがあったような、なかったような……」
冷や汗をかけはじめたクリス。
額を袖でぬぐい、視線が草原と空をかけめぐる。
「やれやれ。クリス、君はゴルディモア国立魔法大学を卒業したばかりだろう。覚えておいて欲しかったが……仕方ない、先生が講義を引き継ごうか」
「うぅ……よろしくお願いします……」
互いに顔を見合わせる姉妹たちの視線をあつめ、エイミーの頭をなでながら講義をはじめる。
「まずはイメージから。魔術は古く、魔法は新しい。魔法魔術のうまれたアーケストレスでは、魔術という単語を、魔の探究・学問領域で多用する。
これは彼らが自分たちこそが、魔法魔術の源流だと意識している証だ。
ゴルディモア国立魔法大学は学名に魔法という単語を使っている。魔法大国ローレシアは国名にすら魔法という単語だ。
これは古きに囚われずに躍進することを表している。
基本的には教育者側が、どういうスタンスを取りたいかによって使いわけられるが、多くの魔術師にとってこれらは感覚な差でしかない。
比較的ふるい時代に成立した魔法魔術分野の言葉、学術用語には魔術という単語が使われて、
それ以降は魔法という単語を使う……と、されているが、別に誰も気にしていないので、もし他者の誤用がみつかっても指摘しないほうが無難だ」
「エイデンさん、せつめいながいッ!」
「エイミーは、クリスお姉さんの説明で十分だったかなー」
「パスも細かい部分には興味ないです。魔法を力として扱えれば、それでいいですから」
頭をなでる手を、ペチンと弾いてくるエイミー。
姉妹たちの反逆だ。
私のもとから視線をはずし、みなでクリスに話の続きをするようもとめている。
「チッ……クソガキともめ……」
「先生、舌打ち禁止ですよ」
「わかっている。私がせっかくエリートに育てあげようとしてやったのに、このじゃり娘どもはその機会を棒にふったのだ。せいぜい後悔するがいいさ」
「先生、なにをみみっちいこと言ってるんですか。エリートもなにも、まず魔法に親しむなら、
そういう学術領域のお話じゃなくて、もっと実践的な部分から話さないと、生徒たちはついて来ませんよ」
私が間違っていると言いたいのか。
魔法史を語るうえでは外せない内容だというに。
ああ、ストレスだ、ストレスだよ。
「さぁ、お話しの続きよ。魔法にはいくつか種類があるんだけども、現代魔術の主流となっている『
『四大属性式魔術』とも呼ばれていて、純粋な魔力をひとが理解して、操れるーー身近な自然に落としこんだものがこの属性をもつ魔法なの。
それぞれ『火』、『水』、『風』、『土』がメジャー4種。あとひとつが、使うのにセンスが必要になる、『神秘』と呼ばれる属性よ」
クリスの説明に感嘆の声をあげる姉妹たち。
この程度の説明なら、私ならもっと深く解説できた。
つまりクリスは私以下だ。
「クリスお姉様、それじゃ、人間は属性のついた魔力しかあつかえないのですか? 神秘の魔法はどうしたら扱えますか?」
「パス。属性を持たない魔力、純魔力をあやつれる人間はたしかに少ないけど、一定数はいるのよ。ほら、エイデン先生はそのひとり。
きっとたくさん練習したら、苦手なひとでも使えるようになると思うよ」
クリスはパスの頭をなでながら、笑顔で私を指し示してきた。
悪くない気分だ。
ストレスが消えていくのがわかる。
だが、ひとつ訂正しておこう。
「神秘の才能は、練習で伸ばすには悩ましい分野だ。おとなしく自分のできる領分で、魔法を学び、鍛えたほうがよっぽど、魔術師として大成しやすい。
出来もしない魔法を延々と練習するほど、馬鹿げたことはない」
不毛な努力をして、私と競おうとしていたかつての学友ーーもとい次席で卒業したライバルの顔を思いだす。
「……先生、そういう話は今いらないんですよ」
クリスに鋭くにらみつけられた。
なにかまずい事を言ってしまったようだ。
わからない。
「ネフィ、エイミー、パス、この夢を語らない先生の言うことなんて、アテにしちゃダメだからね」
「はーい!」
「わかったーっ」
「わかりました」
金は満面の笑顔で、紫は半眼のいたずら笑顔で、白は透きとおった微笑で、おのおの私に反逆するクリスへ同意をしめす。
膝上のエイミーなんか「えい、えいっ! 怒ったー?」なんて、ひどく程度の低い煽りをいれてくる。
「ふっ……この程度、私が怒るとでも? 実に片腹痛いことだ。クリス、私の娘たちは君の教育方針でやらせよう。私は……あまり口をださないようにしよう」
煮えたぎる内側の熱をおさえて、新鮮な果実を丸かじり。エイミーはまだ「ねぇねぇ、怒ったー?」とか言ってきてるが、けして気にしない。
こうなったら徹底的に、クリスの講義のあら探しをしてやろう。私をコケにした事を後悔させてやる。
私は内心でほくそ笑みながら、となりで行われる教え子の講義に耳をかたむけた。
「それじゃ、先生から許可もらったから次に行こっか! それじゃ今度は、属性式魔術の最大の特徴、魔術式と、式型魔術区分についてね。
先生は四式、五式使うとかいってるけど、ちょっと頭おかしい領域だから、とりあえず一式から三式までの話を説明するね!
まず魔術式とは、幾億パターンの文字の配列から、『
生き生きと講義するクリスの横顔。
形のいい耳、シュッとほそい顎、金のポニーテールの毛先は燃える赤をたたえ、緋瞳はまっすぐに少女たちをみすえる。
美しく、生徒たちに誠実。
私は、自分が美しい顔だと確信している。
それなのに娘たちがクリスになびくのは、人の心をひきつける、別の要素があることの
それが何かわかった時、娘たちは私のもとへ帰ってくるはずだ。
「つまり魔術式の数がふえるほどに、魔法は複雑に、具体的な『現象』をおこすということですか?」
「そのとおりよ、パスはとっても賢いわ! よしよし」
さらりと白い細髪に指をとおすクリス。
気恥ずかしそうにうつむくパス。
気がついたとき、私はただ、だまって教え子の心地よい声と、無邪気に質問する幼い声たちに傾聴してしまっていた。
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