第12話 大商人の娘たち 3
ーーカチッ
時刻は20時08分。
予定よりずいぶんと遅くなってしまったか。
アグレウスの護衛者層が意外にもあつかった。
薄情なラストマンには遠くおよばないが、複数人でメークスフィアをおさえる猛者たちがいたのだ。
単体で追跡させるべきではなかったかもしれない。
本当に無駄な時間がかかりすぎた。
「パスたちは、これからどうなるのですか」
崩壊した屋敷を背後に思いふけっていると、足もとから声が聞こえてきた。
蒼瞳が見あげてきている。
光のない、死んだいい目だ。
少女の白髪に、そっと手をおいて撫でる。
実にやわらかく、触り心地のいい毛髪。
「君たちは今日より、私の所有物となった。そこの瓦礫にうまってる父親のことは忘れて、私とともに暮らそう」
「……はい、わかりました」
パスは抑揚のない声でそう言うと、一礼した。
「パス、私がいうのもおかしな事だが、君たちのお父さんのことはよかったのかな?
メークスフィアに下手な抵抗したせいで屋敷は全壊し、お父さんは血反吐をはき、痙攣しながらしんでいった。私をうらんでいないのかい?」
好奇心からくる疑問。
答えるべく最初に口をひらいたのはネフィだった。
「ネフィは、おとうさんのこと、きらいだったの。だからね、ネフィはもうたたかれないのなら、エイデンさんについていきたい」
ネフィの金髪をさっとなで、エイミーをみる。
「エイミーは何ともおもってないよー。お父さんはろくでなしだったけど、あなたはイカれてそう。
どっちがマシかなんてわからないけど、食べないと生きられないから仕方ないよねー」
10歳にしてこんなことを言うとは。
アグレウスの教育は独特を極めているとみえる。
「パスは……あの男が死んで、せいせいしてます」
白髪の少女はただそれだけ言い、一礼した。
「アグレウスは父親として慕われる存在ではなかったわけか、やはりサイコパスだよ、あなたは。
……ところで、お母さんはどうしたのかな。若く、目が死んでいるのなら母親も欲しいところなのだが」
「ネフィのおかあさんは、おとうさんのお店ではたらいてるよ。ずっと、ずっとね」
「エイミーのお母さんは、とっくに死んじゃったんだー。お父さんの気をそこねたら、首をおられちゃったのー」
「パスの母も、もういません」
姉妹たちは口々に答えて、呆気からんとした様子。
なるほど、合点がいったぞ。
ネフィは金髪に緑瞳。
幼さゆえか、まるっこい顔。
エイミーは紫髪に紫瞳。
幼さないのに、顔の肉つきはよくない。
パスは白髪に蒼瞳。
もっとも歳上で12歳前後、顎のほそい美顔だ。
おなじ親を持つわりに、ずいぶんバラエティに富んだ見た目をしているとおもったが、みなが違う母親をもっていたか。
「まぁいい。同じのがたくさんいてもつまらない。私はあらゆる個性を歓迎するよ。さぁ、帰ろうか」
「待ってください、イカれた人」
イカれたひと、だと。
ふりかえり白髪の少女を見おろす。
「あなたはパスの父をころしたんです。あなたの哲学にのっとれば、パスのお願いをひとつ聞いてはくれませんか」
「……」
この少女は私になにかを要求している。
理屈はとおっている。
俺は作品を壊されたわびとして、娘たちをもらったのだからな。
「いいよ、私ができる範囲で願いをきこう」
「ありがとうございます。では、パスを、殺してはくれませんか?」
「……なぜ? どうして殺してほしい」
「パスの一生に意味はありませんでした。あなたと一緒に生きても先行きは暗く、やがて殺される。
なら、いっそここで、あの黒いバケモノをつかって殺してください」
悲観的なのは予想していた。
よって答えも、もう決まっている。
「無理だよ、メークスフィアは活動限界だ。君の願いは現状ではすいこうできない。そして、私にはパスを殺す意思がない。その願いははたされない」
パスはやや残念そうにまゆじりを下げると、「そうですか」とひとこと言って、一礼した。
うしろの姉妹たちを見る。
ネフィは退屈そうに足で地面いじり。
エイミーはこちらを無常の顔でみていたが、私が視線を向けたことに気づき、すぐに笑顔になった。
長女が自殺を願いでたのに、この反応。
姉妹など、所詮は形だけのものだったか。
素晴らしいぞ、生きる芸術たち。
彼女たちなら、いい インスピレーションを与えつづけてくれるだろう。
⌛︎⌛︎⌛︎
少女たちをつれて家まで戻ったきた。
だが、ここで私は重大な問題にきづく。
クリス、どうしよう……と。
「だが、かりにも勇者。身寄りのない子どもを追いだしたりするはずはないか」
打算的にかんがえ、玄関を開ける。
すぐさま視界にはいってくる、毛先の赤い金髪ポニーテール。
キリッとした目と目があい、私はひとつ深呼吸。
すぐ後ろのフラッツヴェルヴの姉妹たちは、玄関で仁王立ちするクリスを見るなり、皆が驚いた顔をしている。
どういう感情だろうか。
わからない。
「先生……なんですか、その子たちは」
「今日からうちの子たちだ。よろしく頼んだよ」
私がごく自然な流れで返答すると、クリスは頭をおさえてむずかしい顔になってしまった。
「まさか誘拐してきてしまうなんて……人を殺さないからって、それは許されないです! 親たちが心配してるはずです! もといた場所にかえして来てください!」
拾ってきた猫じゃないだ。
もし誘拐してたら、逆に戻すわけにはいかない。
面倒をさけるためにカバーストーリーが必要だな。
「彼女たちは両親からひどい虐待を受けていた。私は、その悪逆非道な人間のクズたちから、彼女らを保護したのだよ、クリス。彼女たちに父親のイメージを聞いてみるといい」
クリスは、1ミリも私の言葉を信じてないと顔で伝えてきながら、少女たちに向きなおった。
「ネフィのおとうさんはゴミやろうだったの」
「エイミーお父さんにはたくさん叩かれたよー」
「パスの父親は、パスの処女をうばい、毎晩のように子どもを孕ませようとして来ていました」
む、この姉妹たちやけにいきいきとクリスに語る。
なぜだ、私のときはこんな笑顔ではなかった。
少女たちの顔色が気になっていたのも束の間。
私はクリスが口もとをおさえて、涙を流していることに気がついた。
なにか言っているようだが、よく聞き取れない。
それからしばらくして、泣きやんだクリス。
彼女は姉妹たちを強く抱きよせた。
そうして「もう大丈夫、あたしが守るから」と、彼女たちの小さな背中をさするのであった。
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