第9話 初デート 2

 

 魔術学院の近場にできたカフェ。

 立地のせいもあって、店内は若い生徒たちでにぎわっている。


「先生! はい、コーヒーです!」


 オプションでつけたミルクと砂糖を、ふんだんに入れたコーヒーが、クリスの手によって目の前にさしだされた。


 肩をすくめて目頭をおさえる。


「わからないな、クリス。そのコーヒーはたったいま、あのウェイトレスが持って来たものだ。

 そして私が注文したものだ。クリスに渡されずとも、それがコーヒーで、私のものだとはわかーー」


「もうっ! ごちゃごちゃ言ってないでくつろいでください!」


 くつろげと言ってくつろげる人間がどれだけいるよか……いいや、この議論を持ち出したら、次こそあの大剣で、私のマグカップを破壊されそうだ。


 ひとり薄く笑みを浮かべ、カップを口に運ぶ。


「どうですか!?」

「……うん、とっても美味しいよ。甘くて深い味だ」


 マグカップに視線をおとす。

 表面にミルクの脂肪分が浮いているのが、やや気になる。


 だが、それは言わないでおく。

 理由などない……ただ、なんとなくだ。


「それで先生、どんなことお話ししますか!」


 ニコニコ嬉しそうに聞いてくるクリス。


 殺人鬼といることのなにが楽しいのか。


 勇者とはかくも勇ましく、理解に苦しむ存在だ。


 思案するふりをして、指をひとつたてる。


「私はクリスのことをもっと知りたい。そう、特に君の特殊性には大変な興味がある」

「あたしの特殊性ですか?」

「そうだ。君の特殊性だ」


 言葉を繰りかえすのは好きじゃない。


 だが、これも勇者をふわけする方法を探すため。


 クリスを私の物に出来るならなんだってしてやる。


「それって……やっぱりあたしの血のことですよね」

「そのとおりだ。勇者の力について聞きたい。どうすれば君をふわけ……もっと親密になれるか知るために」


 あやうく本音がでそうになる。


 これもクリスがいけない。

 彼女は美しい、とてもかわいい顔をもっている。

 私にとってクリスという素材は魅力的すぎる。


「あたしは、あまり話したくないなぁ……」


 クリスは自分のカップに見つめて静かに言った。

 しゅんとする少女の顔をうかがう。


 探りが勘づかれたのか。

 いや、そういう雰囲気ではない。


 これは、これは、なにを考えているんだ。

 わからない、ストレスだ……ストレスだ。


 深呼吸をひとつ。


 落ち着いたら、いいことを思いついた。


 目を開き、オールバックを撫でつける。


「クリス、嫌なら話さなくていい……かもしれない」


 慎重に言葉をえらび声にする。


「っ、先生、ごめん、先生は知ろうとしてくらたのに」

「平気だよ、クリス。んっん。もう行こうか。すこし外を歩こう」


 これでいいはずだ。


 他者が拒否することをやらせるのは傲慢。


 私は違う。


 見てみろ、三流神父、私は傲慢じゃないだろう?



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 残念なことに、カフェでは勇者の力について聞き出せなかった。


 それどころか、神父の声が耳裏に聞こえたせいで、素早く話題を切りすぎる失態をおかした。


 神父のせいで私はクリスを知る機会をうしなった。


 日記とペンを、ふところからとりだす。


「あの……先生、なにしてるんですか?」

「見ればわかるだろう。君の先生は今、日記を書いているんだ」


 花の咲き誇る庭園のなか。

 向かいの机から、クリスは不満げな声をだした。


「そうじゃなくって、どうして今、それを書くんですかって聞いてるんです!」

「どこでなにをしようと全ては私の自由。クリス、君は美しい花の咲く庭園で、日記をつづることを禁じるのか?」

「えぇ、もう禁じます! 花見ましょうよ! お話しましょうよ! これデートですよね!?」


 伸びてくる白い腕。

 急いで日記を引っ込めて、コートの内側にしまう。


「チッ……仕方ない。わかった、話をしようじゃないか。クリス、君の話だ」

「舌打ち禁止です。って、えーまた私の話ですかー?」

「ああ、そうだ……クリス、君はもうじきゴルディモア国立魔法大学を卒業する。この先、何をするかしっかり考えているのか」


 先生らしい、無難な質問。

 クリスの話題をはなしていれば、ぽろっと勇者の力について、何か有益な情報をこぼすかもしれない。


 クリスはひじを抱き「んー」と、可愛らしくうなり顔をあげた。


「実家には帰りたくないし、働く必要もないし、先生をほうっておけないし……」

「いいや、先生のことはほうって置いてくれて、まったく構わないよ」

「そういうこと言いますか。やっぱり、あたしは先生のそばを離れるわけにはいかないですね。先生の病気が治ったら……旅にでるのもいいと思ったり」

「なるほど、つまり何も考えてはいない、ということだね」


 成績は優秀だが、将来を決めかねている、か。

 勇者の末裔なら道など決まっていると思うが、そうでもないらしい。


「どうして家に帰りたくないのかな? なにか嫌なことでも?」

「……実は、あたし、ちゃんとした勇者じゃないんですよ」


 ちゃんとした勇者じゃない?

 どういうことだ?


「先生は勇者アレスをどれくらい知っていますか。最初の勇者アレスは真っ赤な髪をしていて、

 どこまでも深いの瞳をもち、身の丈をうわまわる大剣をたずさえていた……三勇者のなかでも、もっとも勇猛果敢な戦士だったとききます。

 アレスの子孫にはその特徴と力が継承されます。しかし、その強大な力のせいか、アレスの直系には、かならずひとりの子どもしか生まれません。これは『勇者の呪い』と呼ばれています」


 勇者の呪い。

 話には聞いたことある。


 その母親は勇者のこどもを一度しか産むことができないと。

 一説には勇者の力の絶対量は、決まっているがために、力を人ひとりにしか継承できないからと言う。


 これは次代の勇者が成長するにつれて、先代が力を失っていくことから、現代ではかなり有力な説だ。


「先生、これ見てください」


 クリスは自身のポニーテールをつかみ、顔の前に持ってくると毛さきを見せつけてきた。


 赤く、燃えるような美しい色が、金髪とグラデーションを作っている。


 指にからめて、匂いをぜひとも嗅いでみたいな。


「あたしの髪の毛、お姉ちゃんとちがって赤いのが毛の先っちょだけなんです。

 呼び出せる星剣せいけんアレスも、お姉ちゃんのより細いんです。先生、これどう思います?」


「どう思う、か。 クリスはクリス、その姉は姉だろう。個人が他者と競うことなど、さしたる意味をもたない。

 競争に勝つ、もっとも賢い方法は競争しないこと。なにを気にする必要があるというのだ?」


 人間とは孤高だ。


 どこかの馬鹿は、ひとは助け合って生きているとほざくが、それは愚か者の集団にしかあてはまらない。


 この社会は100万の愚かと、100人の本当の人間の姿に気づいた者で構成されている。


 もちろん、私は後者だ。


「えへへ、やっぱり先生は優しい人ですね!」

「ん? なぜそんなに嬉しそうにしているんだ」

「嬉しいからですよ、先生が、先生でいてくれて。えへへ」


 にへらぁっとだらしない笑顔の勇者。


 今なら殺せそうだが……いや、やめておこう。

 多分だが、上手くいかない。予感がする。


「でもですね、先生。あたしは気づいてほしかったんすよ。あたしがどうして、ちゃんとした勇者じゃないのか」


 ああ、そうか。

 そういえば教えてもらったようで、何ももらえていなかった。


「なに「今思い出した』って顔してるんですか! 体罰案件ですよ、それ!」

「わかった、わかったから席をたつんじゃない」

「もう……あたしの話ちゃんと聞いてました? あたし、お姉ちゃんがいるんですよ。ふたりです、勇者です!」


 そうか。

 たしかにおかしな話だ。

 勇者の家系に子どもが二人もいるなんて。


「もしかして……双子か」

「そうなんです、先生。あたしたち姉妹は、やらかしちゃったんですよ。

 一子相伝の受け継がれてきた勇者の力を、産まれたその瞬間に、ふたつにわけちゃったんですよ」

「なんと……これは驚いたな」


 この話が本当なら三勇者の力関係がくずれることになる。


 力の絶対量が、おなじならアレス以外のルーツ家、ミヤモト家の勇者の力が、アレスをうわまわり、

 その逆ならば、アレス家は勇者をふたりも保有することになる。


「お姉ちゃんは真っ赤髪の毛で、パパが納得するくらい大きな剣をだせるのに、あたしにはそれができない。あたしはアレスの家にとっても、国家的にもいらない子なんですよ」

「不遇な運命だ。だが、幸運なことに私がいる。安心するといいよ、私はクリスを必要としている。多くは望まない。その美しい皮だけくれれば私は満足だ」

「ッ、やっぱり、先生は病気です……ッ!」


 白い頬へ伸ばした手を、強烈にはたき落とされる。


 一撃であかく腫れて、皮膚が裂けた。


 痛い、あまりにも痛すぎる。


「もう決めました。卒業したら先生を実家につれていきます」

「ぐっ、ぐ、いたた……ぇ、どうしてだ。実家はいやなのだろう?」


 出血する手をおさえながら、少女をまっすぐに見つめる。


「お姉ちゃんの奇跡の力で、強制的に病気を治してもらうんです。きっとお姉ちゃんならできるはずです! 覚悟しておいてくださいね、先生!」


 アレスの勇者がもつ奇跡の力。

 これは私の悪魔の力が、勇者に効かないひみつに繋がっているかもしれない。


 実に興味深い。

 これは勇者アレスの家にいく必要がありそうだ。

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