第2話 殺人鬼と勇者 2



 帰宅してまずやることは、精神衛生のための儀式だ。


 革手袋を外し、手を洗い、アルコール液で消毒。


 うがいをし、服を着替える。


 鏡を使い、毛のみだれを整えて、すべて後ろへ流す。


 綺麗なオールバックが出来上がった。


「完璧だ」


 ひと通りの儀式を完了して、準備にとりかかる。


 ーーカチッ


 懐から取り出したのは、機械仕掛けの懐中時計。


 時刻は16時46分。


 まだ早い。


 私の芸術家としての所見から言わせれば、創作活動は20時からはじまり、22時にピークを迎え、日をまたぎ宵を迎えて終幕する。


 それに、私は太陽が嫌いだ。


 誰が頼んだわけもなく、勝手に輝いてるアレだ。


 浴びれば灰になってしまうわけではないが、極力あんな身勝手極まりないものは見たくない。


 時が来るまでは作品を手入れしてすごそう。


 懐中時計をしまい、地下室へと移動する。


 いく重もの魔法結界を悪魔の力≪ドリームランド≫と照応させる。


 十分な時間をかけて魔法結界を解除した。


 この扉は悪魔の力が鍵となっている。

 ゆえに私以外には絶対に開けられない。


「すんすんッ……アァ、たまらない。前回のよりうまく加工できているね」


 幼い少女の陰部を剥がして作った、「作品」を鼻からゆっくりとはなす。


 保存された少女の柔肌は最高だ。

 嗅いでもいい、触ってもいい、舐めてもいい。


 衛生面でも、その点は保証されているから安全だ。


 アァ、腹の下のうずきがおさまらない。


 人は表面だけならこうも美しいのに、なぜ、皮ひとつ取り除いたら、醜い怪物になってしまうのだろう。


 化けの皮を剥ぐ、の本当のいみは人を最も綺麗な状態で、人間らしく保存することにあるのだと、私は考える。


「にゃお、にゃあ!」

「こら、いけないよ、チャーリオ。ここへ入ってきては」


 半開きの扉から侵入した子猫。


 腰から魔法の杖をぬいて、かるく振る。


「にゃお!?」


 子猫の体を得意の神秘魔法で浮かしてあげて、部屋の外へとすばやくほうり投げ退出させた。


 数ヶ月前まで私の家に通いつめていた野猫がいる。

 彼女はもう死んでしまったが、3匹の残った子どもはいまこうして私が飼っている。


 特に理由はない。

 ただの気まぐれだ。


 強いて言うなら、彼らの毛皮は柔らかそうだから。


 ふだんは毛玉類なぞ不衛生で、好みはしないが、彼らは特別に入居させている。


 さて、邪魔者は消えた。

 それでは、続きといこうか。


 私はゆっくりと手のひらを、下半身へと伸ばした。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



 その晩、私は最高のモチベーションで夜の王都を歩いていた。


 私の住む街の名はエールデンフォート。


 大陸の大半を占める巨大な国土を誇る、ヨルプウィスト人間国が王都にして、繁栄の極みをむかえる街だ。


 背の高い建物、しゃれた時計塔、無尽蔵にひろがりつづけ、最外壁からはみだした居住区画。


 足の踏み場はすべてが石畳で舗装ほそうされ、とおりには魔力灯がないほうが珍しい。


 朝も、昼も、夜もーー人はこの街で営みをおこなう。


 屋台だってたくさんでている。


「ん、嫌なにおいがする……」


 鼻をつまみ、顔をしかめる。


 そうだ、いいことを思いついた。


 私は目についた屋台に歩みよった。


 そして、茶皮のレザーコートのポケットから、銅貨をひとつとりだして店主にわたした。


「あいヨッ、お待ち!」

「ありがとうございます。ご主人、これは美味しいですか?」

「あぁ! 最高に美味しいヨッ!」

「……そうですか。それは残念です」

「あいヨッ! え……?」


 店主から紙袋を受けとり、私は屋台を後にした。


 いかにも不味そうな、魚の焼き物を選んだわけだが……こんなものが美味しいのだろうか。


 海でも川でも、低脳な人間はすぐに水遊びをする。

 なかには水中で用をたす、とうてい同じ種族とはおもえない理解できないやからもいる。


 つまり、魚類とは、雑菌の宝庫とかした水の中で、長年にわたり汚れをたべて生きてきた生物の肉だ。


 美味いわけがない。


 何をしても笑顔のクリスに、最高にまずいものをプレゼントして、

 吐くのを我慢させながら懸命に「美味しいです!」と言わせたかったが……これではダメだな。


 歩いてきた通りをふりかえる。

 30メートル先の屋台に、さきほどの店主が見えた。


 右手の関節を鳴らし、大きく開く……そして手のひらにたしかな手応えを感じて、私はそれを強くにぎった。


 ーーハグリュッ


 悪魔の力≪ドリームランド≫は正常に作動した。


 遠くの屋台のなかで、膝からくずれ落ちる男を見届ける。


「あぁ……これで安泰だ」


 深く、深く、気持ちのいい深呼吸。


 私は紙袋をしげみに投げ捨てて、ふたたび歩きだした。



 ⌛︎⌛︎⌛︎



「いやぁ、先生びっくりしちゃったよ! まさか先生がこんな時間にうちに来てくれるなんて!」


 クリスはそう言いながら、台所へ。


 柔らかなポニーテールを揺らしながら、クリスはバケットに、パンとリンゴを詰めてもってきてくれた。


 居間の机に座らされた私のまえに、どんっとバケットがおかれる。


 目を見張り、私は赤い果実をそっと手にとる。


 うむ、みずみずしい。

 これは平気そうだ。


 パンは放置されていたものだな。

 こっちは食べないようにしよう。


「んっん、それで、えっと、その、エイデン・レザージャック先生……?」

「ん、なんだい、クリス。そんなに改まって」


 突如として頬を染め、もじもじとイスに座りなおし始めたクリス。

 赤色の髪の毛先を指でいじり、ふっくらした唇を開閉してパクパクさせている。


「えっと、私たちの……ほら、このまえ話したこと、です……考えてくれましたか?」


 チラチラと上目遣い。

 人差し指を突き合わせるしぐさが、なんとも愛らしい。


 たぎる衝動を抑えて、私はクリスのきめ細やかな金髪にそっと手をおいた。


「私とクリスのことだね。あぁ、もちろん考えたさ。前向きな答えをすると約束しよう」

「っ、本当ですか!? やったー! ありがとうございます、もう大好きです!」

「ッ!」


 緋瞳をきらっきらさせて、飛びついてくるクリス。


 とっさに避けようとするが、捕まってしまう。


 彼女の柔らかな双丘がひわいに形をゆがめ、私の薄い胸に押し当てられてくる。


 これはいけない。


 私は女性の体など見飽きているし、触りなれてもいる。


 だが、なぜか生きている人間との接触は苦手だ。


 特にクリスのように、スキンシップの激しい少女相手に、こんな事をされては対処不可能である。


 不快ではない、とは思うが……苦手だ。


「クリス、その離れてくれないか。子どもがこんな事するのはよくない」

「えへへ、先生ったら照れてるの〜? 最近の子たちはこれくらい普通なのにっ!」


 やけに抵抗力の強いクリスを引き剥がし、シャツのみだれを整える。


 やれやれ、困ったものだ。

 最後の会話を楽しもうと思ったのにね。

 彼女は素敵だが、やはりそうそうに「作品」に仕上げたほうがいいかもしれない。


 席を立ちイスをもって、居間の広いスペースに移動


 イスを綺麗に設置して私はその前に立った。


 クリスは私がなにしているのか、不思議そうに見つめているだけだ。


「クリス、ここにおいで」


 かるく手招きをする。


「あ、わかった! 先生は楽しい魔法をいっぱい考える天才だから、なにか新しいものを作ったんでしょ!」


 クリスは無邪気にとびはねて、ニコニコしてイスに座ってくれた。


 私は彼女の頭をぽんぽん撫でて、イスの周りを歩きはじめる。


「クリス、先生はクリスのことが大好きだ」

「ッ、ふぇ!? い、いきなり、そんな……えっと、これ、どういう、ゲーム?」


 クリスは顔を耳まで赤くして、周る私を追うように見つめてくる。


「だけどね、クリス。先生にはひとつだけ不満がある。些細な不満ではない。致命的な不満だ。これがあるかぎり、先生とクリスはいっしょになれない」

「ッ、そ、そんな、先生、とうして、そんな事言うの……ぅぅ」


 クリスは、まん丸の緋瞳から滂沱ぼうだと涙を流し、顔をおさえて涙声を引きつらせはじめた。


「でもね、クリス。先生は信じてる。クリスなら先生のために変われる子だって」

「う゛ん゛、あたし、変われる、もん……ッ。先生が嫌なところ、変えてみせるもん!」

「いい子だ。やっぱり、クリスでよかったよ。うんうん、君は最高だ」


 イスをに座るクリスのうしろにつきーー杖をぬく。


 無詠唱の魔術。


 4年前より愛用するオリジナル魔法。


 名は≪ラバーズ・ボンド≫ーー保険はかかった。


「クリス、それとひとつ。先生は、クリスと先生との間にある秘密について話す必要がある」

「ん、いいよ! あたしは先生のことなら、なんでも受け入れてみせる!」


 杖をそっとしまい、シャツの右袖をまくし上げながら、クリスのまえにゆっくりと移動。


「クリス、君は『スキンコレクター』という名の危険な人間がいると、聞いたことはあるだろうか?」


「ん、いきなりなんですか、それ……うーんと、たしかあれですよね、街を転々と渡り歩いて、人の体をバラバラにして殺しちゃうこわい殺人鬼! 

 いっつも体の多くが持ってちゃうんだけど、特に皮だけは必ずなくなっている事から、皮の収集家スキンコレクターって呼ばれてるんですよね!」


 クリスに明るいトーンで、指をたてハキハキと知ってることを話してくれる……まるで他人事だ。


 よかった。

 彼女もしっかり知っているらしい。

 これで存分に楽しめる。


「そのとおりだ。これまでに216人の人間に協力をあおぎ、その体を解体してきた、異常の罹患者であり、前衛的芸術家だよ」


「え、いや、そんな表現する人……えへへ、もう、先生って変わってますよね!」


 クリスは苦笑いを浮かべて、手をひらひら振り「冗談よしてくださいよ〜」と、いたずらな流し目をおくってくる。


「クリス、彼がどんな風に人体をバラバラするか知っているかい?」


「あ、あの、先生……この話題やめません? あんまり楽しくないっていうか、先生らしくないですよ!」


「いいや、クリス。私は誰よりも自分らしく生きている。人間の本質的な欲求にだれよりも正直で、だれよりも純粋なんだよーー」


 右手をぐっと大きく、大きく開き、たしかな感触が宿るのを確かめて、手のひらをゆっくり閉じていく。


「クリス、君で217人目だ」

「せ、先生、なんか、こ、こわいですよ……」


 涙を浮かべる少女。

 私はその形のいい耳に、くちを近づけてささやく。


「私がスキンコレクター……君の知る連続殺人鬼とはこのエイデン・レザージャックのことさ」

「ッ!? そ、そんなーーっ!」


 私は力いっぱいに右手を握りつぶした。


 悪魔の力は正常に作動する。


「…………ふっはははは、あは、はははっ!」


 歓喜に目元をおさえ、天をあおぎ、体を震わせる。


 手にいれた、手にいれたぞ、クリスを。

 最高だ、気持ちがいい、勃起してしまいそうだよ。


 さぁ、まずは鑑賞しようか。


 美しき我が芸術の画材を。

 綺麗にふわけされた私のクリス・スレアを!


「さぁ、さぁ、わざわざハンドレスでやったが、どれくらい綺麗にわかれてくれたか…………ん?」


 私はイスを見下ろして、グッと目を見張った。


「あの、先生」

「……? どういうことだ」


 イスのうえにちょこんと座り、キリッとした表情で見上げてくるクリス。


「……あ、はは、これは失敗した。ついつい能力を解除してしまったのか。いけない。クリス、ごめんよ。すぐに君のきれいな皮を剥ぎとってあげよう」

「ッ、やっぱり、先生が、あの殺人鬼、スキンコレクターなんですか……?」


 私はクリスの豊満な胸を……いや、そのすこし上あたりに、右手をかるくそえて能力を発動させる。


 悪魔の力≪ドリームランド≫よ。

 この美しい少女をすぐに究極芸術にかえたまえよ。


「ごめんよ、クリス。楽しい時間だったが、私の病気の治療のため、君には死んでもらわないと困る」


 さぁ、今度こそお別れだ。


 まぶたの裏に、これまでの日々を思い起こす。


 さようなら……私の教え子、クリス・スレア。


「病気だったんですか。どうりで痩せてると思ってました……先生、わかりましたよ。あたしが先生を……その恐ろしい病気から救ってみせます!」

「……へ?」


 まぶたをあけ、クリスの小顔をたしかにおがめる。


 ありえない、悪魔の力をつかったはず。

 なのに、クリスは険しい顔で私をにらみつけてきているなんてーー。


「ッ」


 それが最後の視覚だった。


 気がついた時、私の体はーー宙を舞っていたのだ。

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