第18話 蠢く
ヨハンとの初対面からしばらく。その後もことあるごとにヨハンはシュンレイの訓練風景を見に来ていた。
「ヨハン、ここは私有地だ。見学を許した覚えはねえぞ。帰れ帰れ」
「ふぐううう……」
そして煙児に見つかるたびにヨハンはつまみ出される。
「ふう……」
その光景を見て、一息ついたシュンレイが言った。
「ねえ煙児。見学くらいなんだからさせてあげたら?」
しかし、煙児は間髪入れず否定した。
「だめだ」
「かたくなねえ……」
シュンレイはなぜ煙児がここまでヨハンを否定するのか分からない。やはり子供が嫌いなのだろうか?
「なんでそんなにだめだめ言うわけ?」
ちょっと言葉にとげが乗る。シュンレイは別に子供は嫌いではない。それにヨハンがかわいそうだ。そう思う。
すると煙児はこちらに視線は向けずにただ一言を言った。
「お前がまだ弱いからだ」
頭を掻きながら、しかし確かにそう言った。
「むう、私のせいってわけ?」
どうせまだまだひよっこですよーだ――。
心の中で愚痴って、練習に戻った。
●
煙児の家から少しだけ離れたところにタワーマンションがある。美市はもともとがベッドタウンだったために今でもその需要が中心であり、政令指定を受けてからは流入する外国人の数もあってタワーマンションが増えている。実際にはタワーマンションに住むのはもともとこの街に住んでいた富裕層であり、タワーマンションに富裕層が移ったことで空いた土地に外国からの人間が住み着いている状況なのだが。
そのタワーマンションの一室にその人物はいた。部屋のカーテンは閉め切り、昼間だからか灯りを付けず、部屋はやや薄暗い。家具らしきものは最低限のみで、テーブルの上に載ってるのは通信機だった。
その人物は通信機の隣に置いたモニターに映る画像、それにじっと目を向けている。モニターに映るのは煙児の家だ。監視カメラや望遠鏡、そういったものでいくつかの角度から映した画像がモニターにウインドウとして広げられている。
モニターの中、走りさるヨハンが見える。
やがてその人物は通信機に話しかけた。
「ガキを使うぞ。上手くやれ」
通信機からは短い了承の返事だけが返ってきた。
●
「よ! は!」
その日も相変わらずシュンレイはヌンチャクの特訓をしていた。煙児はトレーニングルームの隅でゆっくりと、ただゆっくりと少しづつ動く。そんな修練をしている。ただその日は、シュンレイの目の前に木人がいた。
「ふ!」
呼気。吐く息とともにシュンレイのヌンチャクが木人の枝を穿つ。誰に支えられているわけでもない木人は受けた衝撃によって回転、別の枝がシュンレイに向かって振り回される。
「せい!」
自分の方に回ってきた枝を滑らかな動きで切り返したヌンチャクによって打つ。そして木人はその衝撃で今度は逆回転。そこへまたシュンレイがヌンチャクを打つ。
「や! たあ!」
シュンレイの木人への連撃は止まらない。時には右手で振りぬき、時には左手に持ち替えて切り返し。一見するとなかなか様になっている。
「やあ!」
何度目かの攻撃を繰り出した時、シュンレイはただ木人を打つのではなく、その首に巻き付けるようにヌンチャクを繰り出した。そしてヌンチャクを絡み付けながら木人の後ろに回るように密着。絡みついたヌンチャクを両手で掴む。それはヌンチャクで相手の首を絞める動きだ。しかし――。
「あで――!」
絞め上げる前に木人の枝がシュンレイをなぎ払った。木人とシュンレイ、両方の動きが止まる。
「あっ痛ぁー……」
シュンレイは枝に払われた左腕をさすりながら言う。
「絞め業につなぐ方法は一つじゃない」
ゆっくりとした動きの鍛錬を続けながら、煙児は言う。
「スタンガンと同じだ。絞めてしまえば確実に落とせる。問題はどうやって絞めるか、だ」
「なるほど……」
つまり相手の動きを止めた瞬間を狙うということ。そのためにはどうやって相手の動きを止めるか。
スタンガンの応用、かあ――。
シュンレイはそう考えながら、窓の方を見やる。
「……」
そこには誰もいない。
「ねえ、ヨハン君最近来ないね」
シュンレイの言葉。そう、ここしばらくヨハンは顔を見せに来ない。以前は毎日のように来ていたのだが。
「いい加減煙児に怒られるのが嫌になったかな?」
シュンレイはちょっとからかうつもりで言った。だが――。
「……」
鍛錬を続ける煙児の顔は、心なしか真剣みを帯びていた。
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