第14話 初めての夜

 美市南部、繁華街のその裏手。夜を飾るネオンや看板が、綺麗すぎる昼間とは全く違う顔を見せている。

 そんな場所にある安居酒屋の二階席。窓から外がよく見えるところに二人は座っていた。

「ほんとにあそこが取引の現場なの?」

 ややひそめた声でシュンレイが言う。問われた煙児はああとうなずいた。二人が見つめる先には地下に作られたゲームセンターへの入り口が見える。

「そろそろ取引相手がブツと共にやってくるはずだ」

 ローレライからの情報だ、概ね信じていいだろうと煙児は思う。ローレライの情報源は警察だけではない。様々なコネを持っているのがマダム・ローレライの顔だ。完全に信じられるとは言えなくても、その情報はかなりの確度だと言っていい。

「あたし焼き鳥食べたいー」

「仕事が終わってからにしろ」

 ふざけるシュンレイに呆れたように返す。だが煙児にはわかっていた。シュンレイのおふざけは緊張をごまかすためのものだと。

「シュンレイ、お前の仕事はわかってるな?」

 緊張をほぐすための会話として、事前の打ち合わせを確認する。

「う、うん」

 少し緊張気味にシュンレイが言う。

「煙児が突入したら後から入って、見学。だよね」

 そう、シュンレイの初仕事は見学だった。

「そうだ。なるべく俺一人で片付ける。だが――」

 だが。

「どの道お前も戦いに巻き込まれるはずだ。そうなったら自分の身を守ることに集中しろ。戦い方は教えた通りだ」

「うん……」

 基本的には煙児が片づける。実戦経験のないシュンレイにいきなりあれこれと考えて戦わせるのは不可能だからだ。だが煙児も万能ではない。シュンレイを守りながら戦うのは限界がある。だからこそシュンレイは見学、そして自衛することが今日の目標だ。

「しっかし、こんなこと続けてられるかねえ――」

 小声でつぶやき、ピスを口にする。煙児は思う。仮にうまく続いたとしても、シュンレイを賞金稼ぎとして育ててしまうのはどうなのか、と。

「あ、誰か来た!」

 小声で叫ぶシュンレイの声に、窓から眼下を見渡す。営業時間外のゲームセンターに、数人の男が入っていく。そのうち二人が外で立ち止まった。

「見張りを立てたか。やり慣れてるが、堂々としてやがる」

 見張りを立てたほうが安全ではあるが、街中でそれはあからさまに何かを隠しているとも見れる。

「これも警察の、かね」

 煙児は伝票を掴むと出口に向かう。

「行くぞ」

「うん……!」

 シュンレイの初仕事が始まるのだ。



 ●



 ゲームセンターの前で、二人の男が油断なく周囲に目を配る。その姿は堂々としていて、空気で周りを寄せ付けないようにしているかのようだ。

「ん?」

 誰もが避けて通るゲームセンターの前、しかしそのカップルは堂々と近づいてきた。あからさまにこちらを目指しているようにすら見える。

「チッ」

 見張りの一人が進み出た。

「おい、この店は今営業時間外だ――」

 さっさと立ち去れ、そう言いたかった男はしかし、次の瞬間股間を押さえて気を失った。男の股間を見るからに激しく蹴り上げたのは煙児だった。

「な!? てめ――!!!?」

 もう一人の男が動くよりも早く、ゲームセンターのの切っ先が男の喉に食い込む。か、という呼気とも言えないような声と共に男が倒れた。

「よ、容赦ないね……」

 シュンレイがおびえた様子で言う。

「死んでなければいいんだ。手加減してたらこっちが危ないんだぜ。それに見張りは短時間で倒すのがセオリーだ」

 そう言って階段を下りていく煙児。シュンレイが慌てて後を追う。

 地下ゲームセンターの入り口は自動ドアだった。営業時間外だが動くように電気が通っている。自動ドアのガラスの向こう、対戦筐体が並ぶ奥で取引を行っているらしき男たちが見えた。明らかにこの店の店員の服を着た人間も二人ほどいる。

 煙児は無造作に自動ドアを開けた。自動ドアの開く音、そして店内の騒がしい電子音が聞こえる。店の電気系統がゲーム筐体と連動しているので明かりをつけるだけでゲームもスイッチが入っているのだ。

「よう、遊ばせてもらうぜ」

 堂々とゲームセンターに入っていく煙児。取引中の男たちも自動ドアの音で煙児に気付いている。

「てめえ何者だ!?」

 ゲームセンターのスタッフではなさそうなスーツ姿の男がすごむ。しかしすごんだ次の瞬間には、スーツ男はあおむけに倒れて失神していた。

「な!?」

 様子を見ていた他の男たちがざわつく。スーツ男の近くに、プラスチックの玉のようなものが転がっている。

「格闘ゲームで対戦と行こうぜ!」

 煙児は言うなり手元のそれを引き抜いた。それ、つまりアクションゲーム用の操作レバーの先端である。スーツ男を失神させた玉の正体だ。半ば引きちぎって外したレバーの先端、それを煙児が投げつける。

「ぐお!?」

「かは!」

 あっという間に二人が倒れる。たかだかプラスチックの小さなレバーだが、煙児が投げればそれはもう凶器だ。正確に喉やみぞおちに食い込んで呼吸を阻害し、失神に追い込む。

 レバーを投げながら煙児は素早く男たちに接近していた。店のスタッフ二人が腰を抜かして倒れている。

「ふざけやがって!」

 男の一人が懐に手を伸ばした。しかし煙児はそれを見逃さない。懐に伸ばした腕の肘めがけて突き蹴りを繰り出す。男は自分の腕で自分を抱くようにして吹き飛ばされる。ゲーム筐体にぶつかって泡を吹く。と同時に、軽い発砲音。

「ひいい!」

「きゃ!?」

 悲鳴を上げたのは腰を抜かした店員とシュンレイだ。頭を抱えてしゃがむ。

 発砲音を出したのは蹴られた男の懐の中の腕だ。握った拳銃を暴発させたのだ。弾丸は床目がめて飛んだあと跳弾し、どこかへ飛んでいた。

「扱いきれないおもちゃは持たん方が身のためだぜ」

 煙児はその最中でも動きを止めない。次々に男たちを倒していく。

 しゃがんでいたシュンレイはそろそろと顔を上げてそれを見た。

「煙児って、こんなことしてたんだね……」

 先日の爆発事件で煙児の戦いは見たが、多人数相手の長時間戦闘は見るのが初めてだ。思わず凝視するシュンレイだが、はっと我に返った。なぜなら煙児からやや離れたところにいた男と目が合ったからだ。

「あ、その、どうもー。なんて――」

 思わず愛想笑い的な顔をしたが、次の瞬間目があった男がシュンレイへと走りこむ。

「なんだてめえはあ!?」

 すごみながら近づいてくる。この場にいるのだから煙児の関係者なのは明白だが、すごむというのはヤクザ者の常套手段だ。相手を威嚇しておびえさせ、あるいは挑発し、そのまま自分のペースへと巻き込むのだ。

「ひい!?」

 シュンレイは思わず恐怖した。

「シュンレイ!」

 煙児の声。

「ヌンチャクを掴め!」

 他の男と格闘しながら煙児は叫ぶ。

 ヌンチャク――!

 シュンレイははっとした。この期に及んで自分はまだヌンチャクを構えてすらいないのだ。焦りながらも長袖の内側に隠していたヌンチャクを掴んで引き出した。二つに折りたたまれた樫製のヌンチャクがシュンレイに引き出されたことで解放されたように唸る。ヌンチャクはシュンレイの手の中で、もう片方の持ち手を揺らしていた。しかし、掴んだシュンレイには樫の冷たくかたい、その感触が伝わっている。

「よ、よし――!」

 不思議とシュンレイの中に闘気が湧く。武器を持つということが人に与える影響。その典型的な例と言えた。

「やる気かこらあ!?」

 迫り来る男も懐から武器を取り出す。伸縮式の特殊警棒だった。相手も武器を持っている。その事実は少なからずシュンレイに恐怖を与える。だがここに至って、シュンレイは覚悟を決めていた。

「やる――!」

「だおらあ!?」

 警棒が振り下ろされる。しかし、シュンレイもヌンチャクを振り下ろしていた。

「うお!?」

 警棒男がヌンチャクを警戒して一歩引いた。結果として一撃を退けた形だが、シュンレイのヌンチャクも空を切っていた。

 当たらなかった――!?

 焦り。シュンレイの心を焦りが支配する。

「こ、この!」

 焦った結果、息も合わせることのできないただ振り回すだけのヌンチャクを連続で繰り出すシュンレイ。だが、警棒男は振り回されるヌンチャクを相手にしてはなかなか手を出すことができない。ヌンチャクが振り回すだけで相手に与える威圧感は見過ごせない物なのだ。

「こ――、クソ――!!」

 攻め入ることができない警棒男。徐々にシュンレイが警棒男を後ろへ追い込んでいく。

「うお!?」

 ついに警棒男はゲーム筐体に背を張り付けた。逃げ場はない。

 今だ――!

 シュンレイはとっさに左腕を突き出した。練習通り、動きの止まった相手に向かってスタンガンを突き付ける。

「――? あれ?」

 相手につきつけて押し込んだ左手。それはただの左手だ。

「しまった――!!」

 ヌンチャクに夢中でスタンガンを構え忘れている。スタンガンは未だポケットの中だ。

「な、なんじゃあ、これは……」

 困惑する警棒男。それもそうだ。当然の結果であろう。

「いや、その、あの――」

 シュンレイが困り果てる。お互いに困惑してしまっている状況だった。しかし、それを打破したのはシュンレイでも、警棒男でもなかった。

「――」

 無言で横倒しに倒れる警棒男。煙児の蹴りが男の頭を打ちぬいていた。

「煙児!!」

 思わず泣きそうになる。

「ま、初陣にしちゃ上出来だ」

 ため息とともに、煙児は口にした。

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