第12話 すべては敵の思惑通り

 美市警察署で爆発が起きてから数日。マダム・ローレライの部屋に四人の人間が集まっていた。ローレライ、煙児、シュンレイ、そしてカタメである。

「怪我はもういいのか?」

 煙児の言葉に全員がカタメを見る。カタメは全身のいたるところに包帯を巻いており、一見して痛々しい。

「ああ、動く分には問題ない」

 カタメの返答。あの爆発事件でカタメは爆発に巻き込まれたが、爆発は小規模なものであり、奇跡的に軽傷だけで済んでいた。

「そいつはなによりだ。じゃあ始めとくれ」

 ローレライが促す。四人が集まったのは他でもない、警察署が襲われた事件についてその後の経過も含めて話し合うためだった。

「まずはこれを見てくれ」

 カタメが言いながら取り出したタブレットを操作する。壁にかけられたスクリーンにタブレットの画面が映し出された。画面に映る画像は警察の署員に関するデータだ。

「これは全部、当日に殺された警察署員のデータだ」

 事件当日に殺されたのは署長だけではなかった。様々な部署で何人かの署員が殺されていた。

「どうでもいいけど、こんなデータうちらに見せていいのかい?」

 ローレライの疑問。しかしカタメは真剣な顔で答える。

「構わないよ。そんなことを言っている場合じゃないし。それに――」

 一瞬の間。

「もう警察は信用できない」

「どういうことだ?」

 煙児の疑問に、カタメはスクリーンを指す。

「殺された署員だが、署長を含め全員がだ」

 優秀な警官、その言葉を強調する。

「今の警察組織、美市警察署内において少なからず警察の信念と正義を通そうとする人間ばかりだった」

 カタメの顔が苦渋に満ちる。

「そしてこれが、殺された署員に変わって新しく配属する警官の一覧だ」

 言葉と共に画面が切り替わる。映し出された画像を見て、煙児は眉間にしわを寄せた。

「……やけに白人ばかりだな」

 映し出された警官の顔写真、そのどれもがほぼ白人だ。

「このリストに載っている警官は全て、マフィアの関係者だからな……」

「――!?」

 カタメの吐き出すような言葉に、全員がはっとする。

「表向きはテロ被害にあったことを踏まえて組織強化のために内外問わず優秀な人材を投入ってことになってる」

 テロ。そう、まさにあの事件はテロリズムだ。

「だが実際は、邪魔な人間を排除したうえでマフィアの関係者を送り込む。そういうやり口だ……」

 カタメの言葉に全員が息を飲む。

「まさか、こいつら全員入れ墨があるのか!?」

 煙児の声に、シュンレイが身をすくめる。そして不安げに自分を抱きしめた。

「いや、そうではないようだ」

 しかし、カタメの言葉は否定だった。

「こいつらが関与しているマフィアファミリー、そいつの名前は『コルネオ・ファミリー』だ」

 スクリーンの画像を切り替える。映し出されたのはコルネオ・ファミリーについての警察資料だ。

「コルネオ・ファミリーはアメリカ東部を中心に活動する麻薬シンジケートだ」

「アメリカ? イタリアンマフィアじゃないのかい?」

 ローレライの疑問。

「コルネオ・ファミリーはアメリカ東部に本拠がある、イタリア系移民のマフィアだ」

 カタメの言葉に煙児が考える。

「アメリカに移民したイタリア系が作ったマフィア、ってことか?」

 ややっこしいぜ。そう言いながら頭を掻く。

「そうだ。それによってイタリアとも太いパイプを持つ。そしてこの組織についての報告で短剣の入れ墨については一度も報告に上がったことはない」

 カタメの言葉に煙児は舌打ちだけを返した。

「で、コルネオ・ファミリーは何が目的で今回のテロを起こしたんだい?」

 ローレライが話を戻す。

「さっきも言ったようにコルネオ・ファミリーは麻薬シンジケートだ。奴らの目的は単純だ。美市に麻薬の販路広げることさ」

「なるほど、お上警察公認で麻薬を売ろうってことか」

「今の日本は市民の不満がたまっている状態だ。麻薬を流すことができればまさに飛ぶように売れるだろう」

 カタメの言葉に、だれもが苦い顔をするしかない。

「麻薬を流すためにテロを起こすとはね。まったく派手なマフィアだよ……」

「今後美市内での警察は全く信用できないと言っていい……。麻薬も含めて密売の数が多くなるはずだ」

 カタメの表情はほとんど怒りのそれだ。重い事態に沈黙が降りる。

「あの――」

 シュンレイが声を上げた。

「入れ墨は結局、なんなの?」

 短剣の入れ墨。それはテロを起こしたマフィアたちが付けていたものであり、シュンレイの体にもある。シュンレイはこの入れ墨がなぜ自分の体にあるのかは知らなかった。それだけにシュンレイにとって入れ墨の正体は不安の塊だったのだ。

「シュンレイは入れ墨について何も覚えていないんだったな」

 カタメの確認。

「うん。物心ついたときにはもうあったから――」

 なぜ自分が入れ墨について知らないのか。それさえもシュンレイにはわからないことだった。

「入れ墨についてだが、調べて分かったことがある」

 カタメはスクリーンの画像を変える。

「これは千八百年代のものだ。詳細はわからないが、アメリカ西海岸でとられた写真だ」

 スクリーンに映し出された写真。それはある中国人を映したものだった。

「彼の名前はチャン・チウ。中国からの移民で、彼の左腕に短剣の入れ墨があったそうだ」

「チャン・チウ……」

 煙児は考え込む。しかし千八百年代のアメリカなどいくら考えてもわかることはない。

「入れ墨についてはコルネオ・ファミリーより中国人について調べたほうがいいかもしれないね」

 ローレライの言葉にカタメがうなずく。

「俺が捕まえたタコ野郎からは情報を聞き出せないのか?」

 煙児の言葉に、しかしカタメは首を振った。

「奴に関しては取り調べはもう終わった。――ということになっている。実際は何も聞かずに釈放だ。今頃病院のベッドで悠々と寝てるだろう」

「これが警察がマフィアの手に落ちたって証拠、になるかね」

 ローレライが苦々しく言う。

「それと、シュンレイ。君のことも少し調べさせてもらった」

「あ、あたし!?」

 カタメの言葉に、何よりシュンレイ自身が驚く。

「ああ。すまないが君に入れ墨がある以上、君自身を洗い直さないわけにはいかなかった」

 スクリーンの画像が消える。ここからは口頭のみということだ。

「シュンレイ、君は子供のころ――、日本に来る前は何をしていた?」

 突然のカタメの質問に、シュンレイは戸惑いながらも答える。

「え? えっと、ベトナムのハイフォンで漁業手伝ってたよ? お父さんが漁師なの」

 シュンレイは戸惑いながらも答えた。

「でもお父さんもお母さんも死んじゃって、行くとこもなくて。そのとき丁度日本が外国人受け入れをしてたから日本に来たの」

 シュンレイの言葉を聞き終え、しかしカタメは首を横に振った。

「シュンレイ。すまないがそれは全部嘘だ」

「――え?」

 何を言われたかわからない。シュンレイの顔はまさにそう伝えていた。

「シュンレイ、君はもともとベトナムにはだ。ベトナムのハイフォンにシュンレイという人物はいないんだ。そして君の両親も、存在はしない」

 言われ、シュンレイは震え始める。自分が、両親が、――?

「待ってよ! ほんとだよ!? ほんとにベトナムのハイフォンで――! そうだ、友達もいたよ! ほんとなんだから!」

 焦るように紡ぎだすシュンレイの言葉。しかし、カタメは沈痛の表情で否定した。

「シュンレイ、落ち着いて聞いてくれ。。作られたものなんだ」

「そんな――」

 シュンレイの顔から血の気が引く。

「シュンレイ、君のお父さんの顔を思い出せるかい? 当時の写真は持っているのか? 友達とは最近連絡を取っているか?」

 シュンレイの頭が混乱する。父親の顔が思い出せない。そう言われれば両親の写真など一枚も持っていないのだ。もちろん友人という存在も顔も思い出せなければ連絡も取っていない。

「嘘――」

 シュンレイが崩れ落ちる。かろうじて煙児が抱き留めた。

「カタメ、その辺でいいだろ」

「すまない。シュンレイを責めるつもりはないんだ」

 軽く首を振って、何かを振り払うようにカタメは目を閉じた。

「つまり、シュンレイは何なんだい?」

 ローレライの問い。

「少なくとも、シュンレイという人間が確認されたのはここ数年、美市の中のみだ。それ以前は不明――、なんだ」

 カタメの声は最後の方は遠慮がちになっていく。シュンレイは最早立っておれず、煙児にしがみつくしかない。しばしの沈黙。だが、沈黙を破ったのは言葉ではなく、音だった。ばりばりと大げさに頭を掻く音。煙児だ。

「あー」

 わざとらしい声を上げてから、言う。

「シュンレイ、別にしっかりしろとか言うつもりはねえ。辛いのは辛いもんだ。だがな――」

 シュンレイの目を見つめた。

「お前はお前だ。少なくとも今ここにいるお前は俺が知っている。だから――」

 だから――。

「安心しろ、シュンレイ」

「煙児――」

 煙児を見上げるシュンレイの目には、涙がたまっている。

「どの道入れ墨について調べていくんだ、お前のことも調べてやるよ。だから安心しろ」

 シュンレイはしばらく煙児を見つめていたが、やがてこくりとうなずいた。

「うん。――頼りにしてるね、煙児……」

 そういうシュンレイの頬を、涙が一筋こぼれていった。

「しかし、わからないことが山積みだね」

 シュンレイの言葉を聞き届けてから、ローレライが言う。

「入れ墨とマフィアの関係、入れ墨そのものの正体、それにシュンレイの過去――」

 額を押さえて続ける。

「わからないことだらけな上に、美市はマフィアの手の中ときたもんだ」

 何一ついい状況ではない。

「とにかく、敵はシュンレイを狙ってくるだろう」

 カタメは言った。敵だと。マフィアか、それとも入れ墨関係か。とにかくシュンレイは一度狙われている。また襲われてもおかしくない。

「シュンレイを守りながら、入れ墨について調べるしかないな」

「あんたは今後どうするんだい?」

 ローレライの疑問はもっともだ。カタメもまた邪魔者として命を狙われた。そして今や警察はマフィアの手先だ。これ以上警察関係者としてカタメが動くのは危険というものだ。

「それについてなんだが、一度この街を出ようと思う」

「本気か?」

 煙児の問いに、しかしカタメはうなずいた。

「情報を集めるにしても警察のコネで調べられる強みは捨てたくない。伝手をたどって他の街に行こうと思う。そこで入れ墨について調べてみるつもりだ」

 カタメの言葉にローレライもうなずく。

「うちで賞金稼ぎに登録してもいいと思ってたが、確かにその方がいいね。ここから離れれば命を狙われる危険も少ないだろうし、情報も集められる」

 カタメは煙児を見て言う。

「その代わり、シュンレイを守るのはお前の仕事になってしまう。頼めるか?」

 言われ、煙児は返した。

「頼むも何も、それ以外にやりようがねえだろ。守ってやるよ」

 シュンレイを見る。

「シュンレイの過去を調べる約束もしたしな」

 シュンレイはただ、煙児を抱きしめる力を強くした。

「じゃあ話は決まりだ」

 ローレライが区切りをつける。そして言う。

「シュンレイ、あんた賞金稼ぎになりな」

「へ?」

 シュンレイの口が、ハニワのようにぽっかりと開いた。

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