第10話 目的

「お前、一体何者なんだ!? 目的はなんだ!」

 惨劇の場と化した署長室にカタメの声が響く。問われたマフィアはしかし、ふむと一度うなずいて喋り始めた。

が何者かについては話せないが――」

 マフィアの口端がにいと上がる。

「目的については教えてやろう。何しろあとはお前を殺せば私の任務は終わるのだからな」

 カタメの頬を、汗が落ちた。

「目的はとても単純だ」

 マフィアは顎に手を当て、余裕の表情で口にする。

「この警察署の重要人物を殺すこと、だ」

 カタメは息を飲む。

「では最初からこの署へ潜り込むために捕まったというのか――。何のためにそんなことを!?」

 カタメの問い。しかし、マフィアの答えは期待とは違うものだった。

「自分で考えてみるといい」

 笑顔。マフィアの顔は邪悪としか表現できない歪んだ笑顔をたたえる。

「なぜ重要人物が殺されるのか。死にゆく短い時間の中で考えてみるがいい」

 マフィアはそれだけを言うと、カタメに向かって一歩を踏み込んだ。



 ●



 闇の中、シュンレイはひた走る。自分がどこを走っているかなどすでに分かってはいない。ただ、背後から迫る恐怖から逃げるためだけに走り続ける。

「逃げても無駄だぞ、

「知らない! あたしあんたの妹じゃないし!」

 背後から迫る恐怖たるその男はシュンレイとの距離を詰めるでもなく、まるで遊ぶかのように追い続ける。

「――!」

 風を切る音。男の手から高速で何かが飛んでいく。目視するのも難しいほど小さなそれは狙いたがわずシュンレイの右足首を捉える。

「嫌!?」

 足首に走った感触は痛みではない。いうなれば束縛。ひも状の何かが絡みついたものだ。からめとられた右足に急制動をかけられ、シュンレイが転んだ。

「きゃあ!」

 焦っているため地面に手をつくこともできず、そのまま倒れ伏す。公園内であるためアスファルトでなかったことは僥倖だ。しかし、だからと言って痛みはある。思い切り倒れた以上全身にダメージを負う。

「いたーい!」

 立ち上がることよりも非難の言葉が先に出る。普段の性格か、それとも恐怖への反抗ゆえか、どちらかはわからない。

「ふん!」

 男が声と共に腕を振る。それに伴って動くものはひも、ワイヤーだ。男の手から放たれシュンレイの足へとつながるワイヤー。それが男の動作と共に上に向かって大きなうねりを見せ、弾かれるように上がっていく。

「ひゃ!?」

 その動きによってシュンレイは宙に舞った。一瞬の出来事。その一瞬で視界が急激に動いていく。恐怖を感じる暇さえない。そして視界の流れが止まった時、それはまるでバンジージャンプを終えた時の様な動きをシュンレイに見せた。一瞬混乱した頭が正常に戻る。その時にはもう、シュンレイは宙に逆さづりにされていた。そして激痛が走る。

「んぐ!?」

 右足一本で逆さづりだ、力を抜いていては股間に痛みが走る。シュンレイは左足に力を入れて痛みの無いように右足に絡めようとした。だが――。

「おっと」

 男の声と共にワイヤーがもう一本、シュンレイの左足を絡めとる。そして。

「ひぎいいい!」

 男のワイヤーにからめとられた左足が無理やり開脚を迫られる。力を入れて身をよじるシュンレイだが、ワイヤーの方が力が強く、股を割かれるような姿勢になってしまう。

「痛い痛い痛い痛い!!」

 シュンレイはもがいた。しかし自由な両手を振っても意味はなく、あがけばあがくだけ下半身の痛みに変わる。

「――!」

 あ、という発音を濁したような声。ついにシュンレイは泣いていた。苦しみながら涙を流しているのだ。

「ふん……」

 男はそれ見て、鼻で笑った。その表情はおもちゃをなぶる猫のように歪んでいる。邪悪な猫だ。

「なんで、なんで――?」

 どうして自分がこんな目に――。そう思うシュンレイに対して、男がとった行動はシュンレイにさらなる恐怖を与えるに十分なものだった。

 男は左手のワイヤーをまたぐような動作で左足を上げ、そのままワイヤーを踏み地面まで足を下す。ワイヤーはシュンレイの足と男の足を経由して男の左手に掴まれた状態となった。きれいな三角を作り出すそれは大道芸のようにも見える。そのまま左足で踏むことでワイヤーを固定した男は左手でポケットから三本目のワイヤーを取り出す。

「い、嫌あ――」

 動きを止めてから新たなワイヤーを出す。それが意味するのはシュンレイに対してさらなる苦痛を与えるという想像をさせるのに十分だった。

「やめて、やだあ――!」

 シュンレイの懇願。しかし男は無慈悲に三本目のワイヤーを放った。風を切る鋭い音がしなる。

「きゃあ!」

 身をすくめたシュンレイの胸を、正確にはその衣服をワイヤーが貫く。飛び行くワイヤーの先端が、シュンレイの着ているシャツを引き裂いて行った。シュンレイの胸が、切り裂かれた隙間から覗く。褐色の健康的な肌はしかし、一筋の薄い切り傷を付けられていた。やがて傷からじわりと血が滴る。

「ひ――」

 恐怖で顔が引きつる。しかしそんなシュンレイに男は笑みを浮かべたまま忠告する。

「あまり動くなよ。手元がくるって殺しかねんからな……」

 硬直するシュンレイ。それは傷つかないためというよりも恐怖に対してのものだ。

「では続きと行こうか――」

 ワイヤーが唸る――。

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