第9話 狙われた警察署
「そこに誰かいるのか?」
カタメが目にしたもの。それは足だった。人間の足。だがそれは普通ではあまり考えられない状態だった。カタメがいる通路から横へ延びる廊下。その先の曲がり角からそれは見えた。曲がり角から、足だけが突き出ているのだ。
「……」
カタメの問いかけに返事はない。カタメはゆっくりと、しかし用心しながら足に近づく。
この先は、署長室――。
カタメの喉がつばを飲み込む。いやな予感が急速に高まっていく。用心深く、曲がり角の向こうを覗く。
「!?」
そこにあったのは死体だ。警官の死体。首から血を流して横たわった死体だ。
「まさか――!」
カタメは署長室の方へ顔を上げる。署長室の扉は開け放たれていた。
●
シュンレイは歩く。だがその歩みは心もとない。周囲はすでに闇に包まれており、その場所は街灯も少なくそこかしこに闇が多い。美市憩いの森公園。美市にある広大な面積の公園で、野球グラウンドやサッカー場など、いい設備とは言えないが広い土地を使う施設が集合してできた場所だ。ただ、その広さと緑の多さゆえに光が届かない場所も多かった。そんな場所を、シュンレイは恐る恐る歩く。
「ちょっと、はやまったかな……」
今更ながらシュンレイは少し冷静になっていた。刃物男を捕まえると考え、逃げ込みそうな場所を探して公園に来たものの、中に入ってすぐに日は落ち暗くなり、その深い闇の恐怖で自分の弱さを思い出していた。
「やっぱ、帰ろうかな……」
呟く。呟きながら、そもそも武器とか持ってないし、などと考える。
「うん、そうだ、準備してから来ないとね! そう、戦略的撤退ってやつ!」
そう声に出して帰る正当性を自分に言い聞かせる。そして戻ろうと振り向いた。
「!?」
思わず悲鳴を上げそうになった。やや離れた街灯の下、そこに白人の男がいた。一瞬恐怖を感じたシュンレイだが、単に人がいただけだと思い直し心を落ち着ける。そして、やっぱり怖いので逆の方向へ踵を返した。
「待て」
白人男が口にする。
「ひ――」
思わず声になる。そして恐る恐る振り向くシュンレイ。
「あの、何か――」
御用でしょうか、そう言おうとしたシュンレイの髪、ウィッグが弾け飛んだ。
「きゃあ!」
悲鳴。叫んだシュンレイの足元に飛ばされたウィッグが柔らかに落ちる。シュンレイの地毛がばらりとその姿を現していた。
「何!? 何なの!?」
シュンレイは焦る。恐怖で身をすくめた。
「やはり居たか。面倒な追加任務だと思ったが、探した甲斐はあったようだな」
男はシュンレイに歩み寄る。ここでようやく、シュンレイの足が動いた。
「来ないで!」
シュンレイは全力で走り出した。
●
拳銃を構える。両手でしっかりと構えたカタメは、署長室へ踏み込んだ。
「動くな――!?」
叫ぶ。しかし目に入ってきたその光景は最悪なものだった。
「もう嗅ぎつけられたか」
署長机の傍で、白人の男が呟く。その傍らには一人の死体。
「署長――!!」
美市警察署長の死体だった。
「貴様――!」
拳銃を構え直す。白人の体のど真ん中に狙いを付けた。
「
白人は無感情に言う。
「おとなしく投降しろ! さもなければ撃つ!」
よく見ればこの白人も先日捕まえたマフィアの一人だ。留置所に拘束していたはずである。
「撃つ? ふん、日本警察が本当に撃てるのかな?」
しかし、カタメはためらわずに撃った。署長机に弾丸がめり込む。そしてその銃声にようやく署内があわただしく反応した。
「きゃー!?」
女性署員の悲鳴。廊下の死体を見つけたのだろう。他の署員や警官が近づいてくるのがわかる。
「貴様は他の警官とは違うようだな……」
マフィアがカタメに向き直る。正面からカタメを見据えた。
「そうか、――貴様が内藤という刑事か。通称カタメ。見た目通りだな」
「なんだと――?」
不審に聞き返すカタメ。同時に他の警官たちが署長室へたどり着いた。
「しょ、署長――!?」
「貴様、署長を殺したのか!?」
入ってきた警官の反応はばらばらだ。驚いて腰を抜かすもの、逃げるもの。カタメと同じように拳銃を抜くもの。そして――。
「うおおおおお!」
叫びと同時に銃声。白人警官の一人が先走ってマフィアを撃ち抜いた。
「おい、貴様!」
カタメが声を上げる。
「警官が率先して殺してどうする!?」
ここは日本の警察だ。殺すことは優先事項ではない。犯人の命と人権も守るべきというのが日本警察の基本だ。
「しかし、こいつは署長を殺したんだぞ!?」
白人警官が反論する。カタメの記憶が正しければその警官は元
「クソ!」
カタメは悪態一つ吐いてマフィアに向き直る。今は口論している場合ではない。
「とにかく、助けられるなら助け――!?」
撃ち抜かれ倒れたマフィアに駆け寄ろうとしたその途中で、カタメはあり得ない光景を見た。マフィアが立ち上がったのだ。その顔に笑みさえ浮かべて。
「私を助ける必要はない」
立ち上がったマフィアは確かに胸を撃ち抜かれている。後ろの窓ガラスに傷ひとつないことから弾丸は体内にとどまっているはずだ。普通の人間なら即死してもおかしくないはず。そう思う。しかしマフィアは撃たれた胸の弾痕から一筋の血を流しているだけだ。
「お前……、何者だ?」
カタメの口が渇く。
「ふむ」
マフィアがうなずいた。瞬間。
「――!?」
白人警官の首が飛んだ。首を失くした死体が、一拍遅れであおむけに倒れる。
「勇敢だが、やはり弱いな」
マフィアの声。気がつけばマフィアが白人警官を通り越して、“その後ろの壁に突き刺さっていた”。マフィアの右足が壁にめり込み、そのまま自重を支えている。
「く!」
カタメは迷わなかった。マフィアに向かってM9を撃つ。発砲は二回、ダブルタップだ。銃弾は狙いたがわずマフィアの体の中心、みぞおちと腹部へと突き刺さる。しかしそれを見届けずにカタメは叫ぶ。
「全員下がれ! 俺が抑え込む間に応援を呼べ!」
カタメの叫び。反応したのは全員だ。ただ、応援を呼びに行ったのはそのうちの幾人かだけだったが。
「くっくっく」
マフィアが笑いながらまた立ち上がる。壁から右足を抜き出し、両の足でしっかりとそこに立つ。
「クソ!」
カタメはさらに撃つ。今度はダブルタップどころではない。全弾撃ち尽くす勢いだ。しかし、撃たれたマフィアは銃弾の衝撃に身を震わせながらも倒れない。
「ちい――!!」
弾倉の空になったM9を捨て、三段式伸縮性の特殊警棒を構える。
「カタメ、聞いていた通りの男だな」
銃に撃たれてぼろぼろになったシャツをマフィアが破り捨てる。
「それは――!?」
男の左胸に、短剣の入れ墨があった。入れ墨をさすりながら、マフィアは言う。
「お前は必ず殺すように命令が出ている――」
マフィアの言葉に、カタメの警棒を握る手が汗をかいた。
●
「クソ、シュンレイもタコ男も見つからねえ――!」
口にしながら、公園の中の公共路をスクーターで走る煙児。日が落ちて、身を潜むのに適した場所を探して公園に来ていた。
「?」
そのとき、煙児の視界に見慣れた色が飛び込む。
「あれは――!?」
スクーターを放り出すように降りてその色のもとへ走る。頼りない街灯の灯りの下で、緑の色を反射するそれはウィッグだった。
「シュンレイの、――ウィッグ」
煙児の中で考えていた最悪の展開が脳裏を過る。
「シュンレイ!」
煙児は闇の中へと走り出した。
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