第8話 真意
「ローレライ! わざわざメールで呼び出しやがって、一体何のよ――」
ローレライの部屋に入るなり悪態をついた煙児だが、その声は途中で遮られた。
「煙児ー!」
場違いなほどの明るい声。それと共に抱き着いてきたのは褐色と緑のコントラストだ。
「シュンレイ!?」
「やっほー!」
抱きしめ続けるシュンレイを引きはがし、ローレライを睨む。
「ローレライ! なんでシュンレイがここにいる!?」
すごむ煙児に対し、しかしローレライは額を押さえて淡々と伝えた。
「まったくどこであたしのことを知ったんだか、急に店にやってきてね。あんたを呼べの一点張りだ。勝手にここまで上がってくるし。まったく」
煙児はシュンレイに詰め寄った。
「誰に聞いてここに来た?」
「お店のお客さーん。それ以上は言いませーん」
「クソ、どこの三流だボロボロ喋るのは!」
いい加減呆れた顔で見つめるローレライはしかし、ぼそりと呟いた。
「簡単に喋るようなやつは登録してないんだがね――」
「煙児!!」
急にシュンレイが叫んだ。
「な、なんだよ?」
急な叫びに思わずたじろいだ煙児に、今度はシュンレイが詰め寄るように言った。
「あたし、賞金稼ぎになる!」
「はあ!?」
声を上げたのは煙児だけではない、ローレライも思わず声を漏らしていた。
「賞金稼ぎ、なる!!」
二度目の宣言。
「――お前、自分が何言ってるのかわかってるのか!?」
煙児の言葉に、しかしシュンレイは下がるどころか前に出るようにして答える。
「知ってるよ! 密売人を捕まえるんでしょ?」
「危ねえって言ってるんだよ!」
煙児も譲らない。しかしシュンレイはなおも引かずに続ける。
「知ってるよ! だからだよ!」
「はあ!?」
唐突な言い分。煙児は思わず聞き返す。
「危ないんでしょ? 知ってるよ、そんな危ないところに何回も突っ込んでいく煙児の背中を見てきたもん! 帰ってくるまで毎回心配しながら待ってたんだもん!」
シュンレイの言い分に、煙児は思わずたじろぐ。
「シュンレイ……」
「でもやめないんでしょ? やめる気はないんでしょ? だから――!」
少しだけ間が空いた。
「だから――、あたしも賞金稼ぎになって、煙児と一緒にいるんだもん!!」
シュンレイの瞳は強い意志をたたえている。煙児は言葉に詰まった。シュンレイの思いは本物だと思うし、それだけの覚悟もあるのだと思った。だが、いや、だからこそ――。
「ダメだ」
静かな口調で反対した。
「なんで!?」
聞き返すシュンレイに、煙児も強い意志を込めて言う。
「危険な仕事だ。一緒にいたからと言って安全は保障できない。俺は――」
一瞬の戸惑い、そしてその言葉を口にした。
「お前に傷ついてほしくない……」
絞り出すように声に出した。本音とはやや違う、だが真実の言葉だった。
「……」
言われたシュンレイはしかし、その顔に複雑な怒りを浮かべた。
「煙児のわからずや! 馬鹿!」
それだけを言うと、ローレライの部屋から出ていこうとする。
「お、おい待て! シュンレイ!」
煙児が焦って追いかける。
「わかるだろ!? 危ないんだよ! 今だって凶悪な奴がこの街のどこかにいるかもしれなくて探して――!?」
そこまで言って煙児の動きが止まる。シュンレイはずかずかと部屋を出て行ってしまう。
「煙児……?」
ローレライに声をかけられても煙児は動かない。
「凶悪な、奴――?」
煙児は自分の言葉を反芻する。そして高速で思考が駆け巡る。
「まさか……!!」
●
カタメの携帯が着信を告げたのは、夕方が近くなってからだった。警察署の自分のオフィスで部署を超えて使えそうな警官に指示を飛ばし続ける。完全な越権行為だが、そんなことを言っている余裕はなかった。自分が処分されることよりも優先すべきは市民の安全だからだ。使い物にならない上層部を通しての連携などもってのほかだった。隣の部署に指示するためにいったん廊下に出て歩きながら通話に出る。
「煙児か。どうした?」
「嫌な予感がする!」
告げた煙児の声は焦りと緊張を帯びている。
「なにかあったのか?」
「いや、なにかあったわけじゃない。ただ、思い至ったんだ」
煙児の声に耳を澄ます。
「タコ男はなぜ捕まってたんだ?」
煙児の疑問。
「なぜって――」
「あいつは一瞬で警官数人を殺せるほどの凄腕だ。それがなぜ、あの混乱で逃げずにわざわざ捕まったんだ!?」
「――!?」
カタメの背筋に緊張が走る。
「まさか――!」
「そのまさかかもしれん! タコ男は捕まったんじゃない、わざと捕まっていたんだ!」
「じゃあ奴の目的は……!?」
カタメは問いかけながら考える。あのタコ男がわざと捕まっていたとするなら。それならなぜそんなことをする必要があるのか?
携帯から煙児が答える。
「目的はまだわからん。だが警戒した方がいい。俺は奴を探す。お前は署の中でタコ男がなにをしていたかを探ってみてくれ!」
確かにわざと捕まっていたとするなら署内に目的があったと考えることもできる。
「わかった! なにかあれば連絡する!」
そのまま通話を切るとカタメは急いで自分のデスクに戻ろうとした。その時。
「……?」
カタメの視界に何かが映った。
●
「ふーんだ、煙児のばーかばーか」
呟きながら街の中を歩くシュンレイ。褐色の肌は珍しくもないが、緑のウィッグは目立っている。
「何が賞金稼ぎよ、あたしだってそのくらいやれるんだから!」
どこからどう見てもシュンレイは素人だが、怒るシュンレイに自分を見つめる心の余裕はない。そんなとき、街中にピンポンパンポーンというあの音が響いた。
「美市警察署から、お知らせします。今日、午後、1時ごろ。刃物を持った男が、うろついているという、通報がありました。市民の皆様――」
「そっか」
唐突にシュンレイは思いついた。
「あたしが使えるところを見せてやればいいんだ!」
使えるところとは、つまり――。
「その刃物男、あたしが捕まえて実力を見せてやるんだから!!」
シュンレイの思考は完全に暴走していた。
●
一方で、煙児はスクーターで再び街中を走っていた。
「クソ! シュンレイの奴、どこに行ったんだ!」
なんだかんだ言いながら、タコ男を探しがてらシュンレイを探していた。シュンレイの行きそうな場所、タコ男が隠れそうな場所、それぞれを回って探し続ける。すでにタコ男はこの街にはいない。そう考えることもできたが、タコ男の真意がわからない以上まだ街にいる可能性もある。最悪の場合、タコ男がシュンレイと遭遇ということも考えられた。
「いや、タコ男の目的はシュンレイじゃないだろう……」
そう思って最悪の可能性だけは無いと自分に言い聞かせる。
「クソ!」
日が沈み始めた街を、スクーターが走り抜けた。
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