第7話 逃げた手掛かり
警官隊とヤクザマフィア連合との衝突から二日が経った日の昼間。結局シュンレイと入れ墨との関係は無いという結果でやや落ち込む煙児のもとに、カタメからの一報が来たのはそんな時間だった。
煙児の前で、携帯が鳴る。だが煙児は指一本動かさず、代わりに口を動かした。
「シュンレイ、携帯をとってくれ」
「はーい」
煙児の自宅、いつもの狭いトレーニングルーム。そしていつものように膝を抱えてトレーニングの様子を見ていたシュンレイは、言われた通りに携帯を拾い上げると煙児に差し出した。
「はい、ケータイ」
「すまんな」
煙児は床につけていない方の手、左手で携帯を受け取る。つまりいつものトレーニング中だ。そのまま通話に出た。
「カタメか?」
「煙児、不味いことになった」
カタメの声は暗い。
「何があった?」
聞き返す煙児に緊張が走る。
「とにかく一度署に来てくれ。そこで話す」
それだけを言ってカタメは通話を切った。
「……」
煙児はしばし携帯を見つめていたが、すぐにトレーニングポーズを解いた。
「ちょっと出てくる」
言いながら汗を拭く。シャワーを浴びる暇はなさそうだ。
「えー」
ふてくされるシュンレイの顔はしかし、すぐさま明るくなった。
「あ、じゃああたしも行く―!」
「ダメだ」
「なんでー!」
あっさりと拒否されすぐさまふくれっ面を披露するシュンレイ。
「行き先は警察署だ。それでも行きたいか?」
「んー……」
黙り込んでしまうシュンレイ。一般人なら用もないのに警察署など行きたいわけがない。第一関係者以外を中に入れてくれるとは思えない。
「ぶう!」
返事の代わりに、しかめっ面を返してみる。だが煙児は気にも留めずに部屋から出て行く。
「別にいつまでもここにいてもいいが、帰るときは鍵をかけてくれ」
それだけを言い残して、煙児はスクーターにまたがった。
●
美市警察署。美市のやや南側、市役所などと同じ区域に作られた建物だ。受付でカタメを呼び出すと、奥の部屋へ通された。奥の部屋、取調室だ。
「なんだよ、俺を取り調べるのか?」
中に入りざま、そこで待っていたカタメに言う。カタメは座っておらず、小さな窓の下に立っていた。
「これを見てくれ」
カタメが窓を指す。
「こいつは――」
煙児は顔をしかめた。指さされた窓はそこにはめられた鉄格子ごと破壊されていた。窓に近づく煙児。そして気付く、取調室の中に血の跡が広がっていることに。
「どういうことだ、こいつは」
言いながら窓に近づき、鉄格子の断面を触る。
「切られている……」
断面はなめらかであり、きれいに切断されていた。そして――。
「内側から破壊されたのか」
窓ガラスのかけらと切断された鉄格子の一部、それらは外に落ちていた。そこで嫌な予感が背筋を駆け抜ける。
「おい、まさか――」
カタメを振り返る。カタメは絞り出すように声を出した。
「逃げられたんだ」
●
隣の部屋で話は続いていた。
「今朝の事だ。先日捕まえたマフィアの一人を尋問していた」
言葉と共に、カタメが監視カメラの映像を映す。映像の中では連れてこられたマフィアの男が椅子に座らされている。座らされた男はそのままうつむき、まるで泣くか、それとも祈るかのように手錠のつけられた両手を顔につける。
「ここからだ」
カタメが言う。すると男はゆっくりと顔を上げる。その手にはワイヤーが、そしてそのワイヤーは男の口の中へと繋がっており、顔を上げる動作と共に小さな袋らしきものを体内から引き出す。瞬間。周りの警官が声を上げる間もなく、全員首から出血した。マフィアの手錠はいつの間にか両手をつなぐ鎖が断ち切られており、次の瞬間には窓へと飛び移る。そして一瞬で鉄格子を切断、窓を破砕して窓から外へと出て行った。出て行ったといっても、それさえもただの行動ではない。何しろ窓は小さく、およそ人が潜り込める大きさではないのだ。しかしその男は片手を外に出すと、そこからまるで体が軟体動物かのようにくねりながら外へ出たのだ。しかもそれさえも一瞬でだ。
「……」
煙児はまじまじと画面を見つめる。マフィアが完全に外へ出たところで映像は止められた。カタメが口を開く。
「現在街中を探索しているが、奴の足取りはつかめていない」
「住民への警告は?」
カタメの表情が悔しさに曇る。
「するように通達したが、上に止められた……」
「チッ!」
煙児の舌打ち。この美市警察署の上層部はかなりの外国人率を誇り、日本人の意見が通りにくい。ましてや残った日本人上層部も事なかれ主義の人間ばかりだ。ろくな判断をしない。
と、そとからまるで場違いというような、のんきさが伝わる音が聞こえてきた。言ってしまえばそれはピンポンパンポーンという放送チャイムだ。続いて連絡放送用のやや間延びした声で連絡事項が伝えられる。
「美市警察署から、お知らせします。今日、午後、1時ごろ。刃物を持った男が、うろついているという、通報がありました。市民の皆様、戸締りなど、お気を付けください。繰り返します――」
「まさかこれだけで終わりか!? なんだよこのとりあえず注意はしたぜみたいな幼稚なやり方は!?」
煙児の怒りももっともだ。カタメは嘆息し、頭を押さえた。
「今の上層部なんて何言っても仕方ないさ」
あきれ顔、そして頭痛を感じている様子でカタメは続けた。
「とりあえず俺の部下たちが街の見回りと各家庭への訪問注意をやっている。それより――」
カタメの顔が真剣みを帯びる。
「逃げたマフィア、そいつの左腕に注目してみろ」
監視カメラの映像を巻き戻す。そこに映るマフィアの左腕、その袖口から、ちらりと入れ墨がのぞいていた。
「こいつは――!?」
煙児が乗り出す。その入れ墨は忘れようはずもない。
「短剣の入れ墨……!!」
●
昼下がりの道路をスクーターが爆進する。道路の規定速度など知ったことではないとばかりにエンジンが音を上げる。しかし、乗っている煙児は焦るばかりで行く当てもない。カタメの声が頭の中にリフレインする。
「俺達で動ける奴は今全員マフィアのタコ男を捜索中だ。見つけたら連絡する。お前は連絡を待て。闇雲に探しても意味はないぞ――」
「ったってよお!!」
吠える。
「じっとしてられねえだろうが!! クソ!!」
スクーターの速度を上げる。行き先に当てはない。ただしらみつぶしにこの街を探すつもりだった。確かにカタメ達警察はタコ男を探すだろう。だが人手に限界がある。信頼できる警官の数は少なく、当然それ以外の警官も駆り出されているだろう。
「そんな奴らが検問しいたって、信用できねえだろうが――、クソ!!」
信頼できる警官の検問ならいいが、そうでない今の警官ならば、簡単に賄賂でもつかまされてしまうはずだ。憤りを胸に秘めてスクーターを加速する。と、そこに携帯の着信音が鳴った。
「ち、こんな時に誰だ……!?」
スクーターを路肩に急停車。危うく歩行者にぶつかるかと思わせる乱暴な止め方だ。アスファルトに足をついてから携帯を取り出す。着信表示はメールだ。送信者は――。
「ローレライ?」
煙児はローレライの店へ転進した。
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