第3話 入れ墨
雨が降っている。冷たい夜に、静かに降り注ぐ雨。そんな中に、その女は立っていた。
「喫華――」
通りすがった男が話しかける。それは煙児だった。
「あら、煙児」
広げた傘の下、喫華は顔を上げる。
「あ、その甚平。気に入ってくれたみたいね」
微笑む。その笑顔は大人びていて、慈愛に満ちたような眼差しだ。煙児は思う。とても風俗嬢とは思えない、と。
「今日もあの店に?」
煙児の問い。
「ええ。でもその前に仕事。だから今話しかけられると困っちゃうのよ」
ごめんね、と喫華は言うと携帯を取り出した。登録していない番号を入力、通話をタップ。
「じゃあね、煙児」
携帯に話しかけながら煙児のもとを去っていく。その先で待っていたのは携帯を耳につけ通話する、別の男だ。
「あなたが堂島さん?」
喫華の言葉に堂島と呼ばれた男はうなずき、二人で楽し気に会話した後そのままホテル街の方へ歩いていく。
「……」
煙児はただそれを見つめ続けた。自分が好意を寄せた女が知らない男とホテルへ向かうその姿を。
「――」
何かを言おうとして、言葉にならない。ただ喫華の明るく染めた髪と、堂島の首筋に見える短剣の入れ墨。その二つだけが瞳に焼き付いていた。
●
その夜、喫華はいつものバーに来なかった。
翌日、煙児はニュースで知る。ホテルで風俗嬢が殺され、犯人はいまだ逃走中である。ただそれだけを。
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