第158話 薬
『本当に面白い女だ、お前は』
第一王子ヨワンが歯を見せながら笑った。
燃えるような赤焼けの空、欠けた聖剣、灰色髪の王女は魔法を掛けられたようにキョトンとして、差し出された手をそっと握る……。
『待てやヨワン、そいつは利用価値がある。俺が逃がすと……本気で思ってんのか?』
『出来損ないと呼んだ女に執着か、ミルトゥ? お前らしくも無い』
『違えよ!』
『く、くくく……』
廃墟と化した王宮跡、アルファルドの遺骸のそばで言い合う王族達。中心で困り顔をする女性はかつての母の教えを思い出し、深く息を吸い、声を発する。
『み、皆、仲良くしましょう! 仲良しが一番です!』
必死の声は皆に届かない。
傍らのサレハが感慨深そうに何度も頷いているが、言い合う兄たちを諫める気はなさそうだった。
『姉様は罪な女性ですね』
『どうしようかサレハ。一緒に逃げる?』
『そういう所ですよ姉様。姉様は相変わらず姉様ですね』
『意味わかんないんだけど! っていうか……兄妹で……何を……』
本当に意味が分からない兄たちである。あとたった一人の弟も最近怖い。
助けを求める為に目線を左右に動かすと、半死半生のセヴィマールが空を見上げ、吐血していた。
まるで噴水みたい。命の灯火が消え入りそう。
『死ぬ~~~!! じぃぬ~~~!! 助けろ~~~!!』
赤焼けより紅い朱。放っておけば死ぬので、アンリエッタは治癒術師を探す為に奔走する。破れたドレスを気にもせず、ただ必死に。
『おい、アンリエッタ』
用意のいい第八王子エイスはすでに治癒術師を見つけていたようだ。
『ありがとうございます。エイス兄上』
『勘違いするな、偶然だ』
『それでも……これでセヴィマール兄上が助かるのですから』
『ふん。下らない』
最近、毒気が抜けた彼は頬を指でかきながらそっぽを向いた。
かつて、派閥同士で争っていた王国最強の男達。彼らは数奇な運命に導かれある一つの結末を迎えた。多くの血と涙が流れたが、後生からすると歴史を彩る一場面に過ぎないのだろう。
だが、それでも荒れ狂う流れに一石を投じた行いは、多くの人の記憶に残る。
いつか、暖炉のそばで老婦人が孫に読み聞かせるようにして、この小さく偉大な英雄譚は語り継がれていくだろう。
終わり──。
「……何ですか、これ……?」
ラビルスの研究室と寝床を兼任している部屋で、俺は水晶に映る意味不明かつ不可思議な光景をぞっとしながら見ていた。
足下のルーベルは芋虫みたいに蠢きながら、一緒に水晶を覗き込んでいる。余りにも煩いので、ラビルスが先ほど口にハンカチを突っ込んでいる為モゴモゴ言っていた。
「あり得た世界。アンリが王女だったなら、こんな世界になっていたって事」
「不愉快極まります」
「あなたが女の子なら世界は丸く収まったのよね。ふーむ、宮廷ドロドロ憎愛劇は中々グッとくるモノがあるわ」
「だが、ここにはアリシアが居ない。こんな世界、認められない」
「そうね……けど、貴方が見てこなかった世界にも、大切なモノはきっとあったのよねえ。物悲しいわね……ちょっと……」
ラビルスがふうと息を吐き、水晶に手をかざして魔力を注ぎ込んだ。
舞台劇のように場面が移り変わり、アルファルドの遺骸がピクリと動く。それが終焉の始まりだった。
「あ、ヨワン兄上がアルファルドになった」
「そして皆を斬り殺す。最悪の終わり方ね」
「くそ……煮ても焼いても食えない男だ。父王は」
どう足掻いても勝てない。殺せば、殺される。
魂ある生き物は絶対にアルファルドを殺せない。
無生物に殺させる? だが、あの化け物をどうやって。ゴレムス達では鎧袖一触とばかりに壊されるだろう。
殺してから自害する? だがどれだけの猶予があるのか。三千年の試行錯誤がアルファルドにはある。当然、想定している筈だ。
膝の上のアリシアは卵を抱きながら眠ってしまっている。
少々退屈だったのだろう。俺の人生譚は……そう思えば悲しい……。
「本題なのですが……魂が半分、重ね掛けされた呪い、魔物の組成が混じった体。救う手段はありますか?」
「魔物の組成はあんまり問題ないのよね。元々新人類は魔物の要素を入れ込んであるから。けど輪廻の輪に否定されているのが駄目ね。生き物のルールを外れているから、通常の手段じゃ絶対に無理」
「通常じゃ無い手段を聞きに来たんです」
「私たちの時代の最盛期ならねえ、まだ人手があったんだけど。今は私と、そこの芋虫女しか居ないし……」
「そう、ですか……」
「本当にごめんね。けど、無理よ。割れた卵を元に戻せるのは神様だけ」
「神には逢えないのですか? 本物の、神に」
「……諦めなさい。それは本当に思い上がりよ。二度と口にしてはいけない」
ラビルスが白衣から石灰のような小さな粒を取り出し「薬」と言った。足下の芋虫はむーむー言いながら薬を手に入れようとしている。
「その芋虫が欲しがっていた薬」
「与えるおつもりですか。お優しい」
「これ、安楽死の薬よ」
ルーベルがひときわ大きく「むーっ!」と言う。そして真意に驚く俺の顔を見て、意気消沈してしまった。
「最初の長命種は本当に苦しんだ。どだい無理な設計だったのよ。馬鹿女も頑張っていたんだけどね、その子は木のベッドを掻きむしってボロボロにするくらい、苦しんだ」
「そのための、薬」
「馬鹿女に頼まれて、私が作った。けど無理だった。その根性なしはピーピー泣きながら、ずっと患者の手を握って、長く苦しめた」
「恐らくですが当時の統治者との板挟みもあったでしょう。責めるのは酷です」
「まあね。ねえ、ルーベル。あんたはどうしたいの? この薬を飲んで死にたいの? それがケジメだと思ってるんでしょ」
「むぐぅ……」
「根性なし。本当に嫌い。死にたければ一人で、死になさいよ……」
双方、涙目である。俺も鼻の奥がツンとして、痛い。
「ぼへぇっ!」
ルーベルがハンカチを吐き出した。べちょっと音がした。汚い。
「私は一人では死なないよラビルス」
彼女はキメ顔でそう言った。ウィンクもしていた。
「外から人が来たら」
「答えを出す約束」
「おお、覚えていたんだね。うれしさ極まるよ」
「はいはい」
何か、話が進んでいる。俺の与り知らぬところで。
提案をすべきだ。割り入るようにして会話を中断させる。
「二人とも、ハクもですが。外の世界で、俺の領地に住みませんか?」
「嫌」
「無理だ。少年が私を選んでくれたのは嬉しいけどね」
「むりやり、力尽くで連れて行くと言えば?」
「必死に抵抗する。妹さんが大怪我するかもね」
「君の貞操を奪う勢いで抗って見せよう」
「……………………」
意志の固い瞳を二人が見せる。大人のそれだ。
「だが……ハクだけ、お願いできるかな? あの子は外の世界をしきりに気にしている。私は後で付いていくと言えば、連れ出せるだろう」
「それではハクが傷ついてしまう」
「時間が癒やしてくれるさ。あの子の時は、永遠だから」
「大人はそうやって言葉で騙そうとする。俺は嫌いだ」
「君もいつか分かる。しかし手ぶらで帰すわけにはいけないね。ここまで来たご褒美に望むものを言ってみるといい」
「……ホムンクルスの安定に必要な材料が足りていません」
「お安いご用さ」
クリカラさんから貰ったメモ紙を渡す。ラビルスは得心がいったと片っ端から袋に詰め込んでいく。それは袋に入った黄色の液体であったり、何かの粉であったりした。
「では、さらばだ。早く帰って、妹さんと楽しい時間を過ごすのだよ」
「じゃあね」
二人が手を振っている。
卵を
軽く頭を下げて部屋から出る
得たものは確かにあった。だがハクになんと言えばいいのだろうか。
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