第147話 戦後処理
防衛戦が終結してより五日。
「──以上が本件の報告となります。仔細は書面にてご確認を」
平時の格好をしたクリスタがイルキール防衛戦の報告書を俺に手渡す。
死者──約八千人。
行方不明者──約二千人。
多くの命が奪われた。職人や商人などを失ったイルキールの未来は暗くなるだろう。
教区長宅の革張りのソファーに座りながら思う。『かつての』教区長アダルブレヒト・ドルが使っていただけあって豪奢な造りだ。肘置きに宝石を使うのはどうかと思うよ俺は。
「それでは、私は瓦礫の処理や炊き出しがありますので、これにて。団長は……ご不便かとは思いますが、もう少しのご辛抱を」
「そろそろ領地に帰りたいのだが」
「……中々、難しそうですね……」
帰る──そう言うと周りの目がギラリと光る。周りに立つのはアダルブレヒトの『死』により権力を取り戻した伯爵家や取り巻きの貴族。他にも冒険者・魔術士・商会のギルド長など、その他諸々が居ており……無駄に飾った教区長邸宅の客間はおっさんがひしめき合う、何とも言えない空間となっていた。
いや、美女も居る。ドレスの胸元をありがたい位に開いた女性陣が向かいのソファーで微笑んでいる。何なら横にも座っているし、妖艶な笑みを向けてくる人もいる。
「俺にそういったもてなしは必要ありません。あなた方も不本意でしょう……こんな男の周りで侍るなど」
「あら…………美しい女騎士を従えた殿下でしたら……お好みかと思いましたのに……」
「……女騎士なのは教皇猊下が女性であらせられるからです。騎士団が復活した今、今後は男の騎士も多く入ってくるでしょう」
「あっ、なるほど。…………男のほうがお好みですかぁ?」
「ちゃんと聞いてます?」
この者たちはどこの所属なのだろうか。それにしても、おっさんたちがハラハラとしつつ眺めているのが腹立たしい。
「喉は渇かれておりませんか? ぜひ我が商会にいらして下さい。南方の珍しい果実を取り揃えておりまして」
「あの……あの天に煌めく結界ですが──あれこそまさに魔導の真髄。僭越ですがご教授願いたいのです」
「あの神々しさは
窓から外を眺める。俺たちが出来るのはゴーレムで瓦礫をどかすぐらい。王都に避難していた人も戻ってきているが、人の手は足りないだろう。
「そもそもですが、なぜ俺の所に来たのですか? 第一王子と第三王子も数日前までは居ました。彼らのほうが将来有望ですよ」
「我々は殿下の人徳に惹かれて集ったのですよ」
「なるほど……兄上たちが恐ろしすぎて、という訳ですか」
権力者たちはニンマリと笑ってごまかそうとした。
ドアをコンコンと叩く音がしたので、俺は頷いて入室させる。入ってきたのは顔を青くした衛兵だった。貴族に対する深い一礼をし、復興の現状報告や、都市で起こっている物資不足などを報告した。
「それとなのですが伯爵閣下、衛兵で査察に入った所……教区長宅から巨人の剥製が見つかりました。街を襲った魔人と姿が似通っておりまして、今回の襲撃との関連性を調べております」
「なるほどのう。だが魔人の縁者だとして……なぜ魔人がそれを知り得たのだろう。それに大規模な転移など、どう見ても誰かが手引をしたとしか思えんな」
「はい。今後も調査を続けます」
報告が終わり衛兵が退出する。
──教区長は死んだ。
防衛戦後に、棒か何かで殴打された死体が見つかった。殺したのは誰かは分からないが、あれは都市民によって殺されたのではないだろうか。暴力と悲鳴がこだまする動乱のさなか、あの男は権力者然とした姿勢を崩そうとしなかった。
それが誰かの気に障ったとすれば?
手に持った凶器の意味を誰かが悟ったかもしれない。
「いくら尊い身分でも。暴力には抗えないか」
ボソリと言葉を漏らすが、周りには聞こえてないようだった。
◆
場所も変えずに接待や歓待に応じ続けたら日がどっぷりと暮れていた。権力者や美女たちには帰って頂き、この場には従士マティアス、そしてクリスタがいる。
「そう言えばマティアス。教区長は俺を死刑にしようとしていただろう。あれはどう対応するつもりだったんだ?」
「神前裁判ならば判決は覆せません。あのクズは死罪もしくは財産の全没収を突きつけて来ておりました。本命は財産の方でしょうがな」
「ふむふむ」
「そこで団長はサインするのです。全ての財産を譲り渡すと」
「駄目じゃないか……」
「そこはですな。署名をアンリ・フォン・ボースハイト・『ラルトゲン』とするのです。あくまで王族としてサインをして契約を結びます。しかし団長の正式な名前は今やアンリ・フォン・ボースハイト・『アーンウィル』で辺境伯なのですな。これをあのボンクラ坊主は知りえませんでした」
「ほーん」
俺は頷いて続きを促す。
「団長が持っている財産は辺境伯に帰属しています。もしくは騎士団長としてですな。そうすれば……王族としての財産はお持ちですかな?」
「無いが……詭弁では無いだろうか?」
「詭弁ですよ。ですが辺境伯就任は国王陛下の勅命です。この詭弁は王家を後ろ盾としたもの。覆すにはあのゴミカス程度では難しかったでしょうなあ」
マティアスは大口を開けて笑う。
「それと新しい教区長の選定に教皇猊下が関わるべきだろうか?」
「それは辞めたほうがよろしいです。我々に反発する神殿勢力はまだ巨大。権力を奪おうとすれば揺り返しは熾烈なものになります」
「なるほどなあ」
感心することしきり。元伯爵は頼りになる。いや、頼りにしすぎている感は否めないが。
さらにマティアスは紙を五枚机に並べて、何事かを説明しようする。
「今回の騒動で都市民は財産の保護に対して危機感を覚えております。我々、拝月騎士団が財産を預かり、銀行として運用できるよう各位と調整してきました。既に財産を預け入れたいとの声も届いておりますよ」
「平民では無く、もしかして貴族から来たのではないか?」
「おお……その通りです。その彗眼……お父君の若い頃のようですな」
「父の話はよしてくれ。それでどうなった?」
「多くの資産を持つ貴族が中心でした。それとヘルナー商会を始めとした商人も少しながら」
マティアスは朗々と話す。構想もあるそうだ。商人が他都市と取引をする際は多額の金銭を持ち運びする。だが騎士団の銀行があればそれは不要となる。商人は銀行間で金を引き落とせばいいのだ。もしくは為替などを発行すればいい。
これは巡礼者の財産保護にも併用できる。安全安心、快適な巡礼をモットーに拝月騎士団はよりよい巡礼事業を提供できるだろう。
「今やアーンウィル、ハーフェン、イルキールの三つの拠点間で──我々は流通と経済を牛耳れる力を手に入れつつあります」
マティアスの言葉にクリスタも同意する。
「その通りです団長。私も監査の為に確認したのですが──マティアス殿の構想は完璧です。資金面はそれでいいとして、戦力面でも朗報です。騎士の志願者も日増しに増えておりまして、有望なものを取り込めそうです」
「イルキールでの拠点はどうする?」
「この教区長宅がよろしいでしょう。神殿勢力は混乱していますので、簡単に買い付けられそうです」
「分かった。また書面で細かいところを報告してくれ」
騎士団による街道と交易の保護、銀行制度、騎士による独立した軍事力──これによりアーンウィルの正当性は盤石たる──と言えるだろうか。王位継承争いを跳ね除けられるかは疑問が残る。
それはそれとして帰りたい。
「明日には帰ってもいいだろうか、クリスタ」
「宜しいのでは。団長は転移門でこっそりと帰りましょう。一部のものは復興要員と拠点造りに残しますが」
「助かるよ。接待は疲れる」
「弟君と妹君も寂しがっているそうです。優しくしてあげてくださいね」
防衛戦中、勢いに任せて遺言を残してしまったが──サレハとアリシアはどう思っただろうか。
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