第133話 消えた四人

 洞窟を水没させた後は森近くの平原へ向かう。

 これまた魔物の生息地である。


 馬の背にクロスボウを構えた従士を乗せて駆ける。背後から追いすがってくる魔物は人の全速力より速いため、鎧をまとった従士ではいくばかの危険があるためだ。

 左手で松明を持って従士が持つボルトに点火させる。馬上であるというのに従士は器用さと有り余る腕力でボルトを装填し、射撃する。その度に耳をつんざくような魔物の悲鳴が聞こえてきた。


「よく燃えている。火は文明の力だな」

「はい。どんどん燃やしましょう」


 森から抜け出してきたトレント──マナを帯びて変質した木の魔物を火葬しつつ呟く。これまた他所の村から苦情が殺到している魔物であり、森に入った狩人や薬師を喰らって成長したらしい。


「後続は見えるか?」

「いえ終わりです団長。トレント七体殲滅、任務完了です」


 背中合わせの従士がはきはきと答える。確か名前はカトリナと言ったか、彼女らが大切にしている教義を満たした喜びが何となく伝わってくるようだ。


「ニコラ、ゼルマ、クララ、ツィツィ、ドロテ、怪我はないか?」

 同じようにクロスボウを一心不乱に撃っていた従士に問うと、彼女らは疲れた様子もなく、むしろ「まだまだ行きましょう団長」と口を合わせて申し立ててきた。やる気が満ち溢れていて団長は嬉しいし、彼女らの名前も間違えて無かったようで一安心。


 だが反面、一人具合の悪そうな騎士がいた。

 怪我でもしただろうかと思い、声をかける。


「どうしたエーリカちゃん?」

「エーリカちゃん先輩……大丈夫ですか?」

「騎士エーリカちゃんさん?」


 ゼルマとクララも心配そうだ。悪ふざけ感は否めないが。


「ちゃん付けはやめなさい……。じゃなくて、ちょっと精神的疲労がありまして……」

 エーリカが馬から降りて深い息を漏らす。

 俺も倣って降り立つとエーリカが手招きをしてきた。リリアンヌが虚無を湛えた表情で見つめてくるので、手短に澄ませるように伝えると、エーリカは僅かに怯えながら耳打ちをしてくる


「タウト伯爵です……どうにかなりませんか……?」

「何か無作法をしたか? それと……もう彼は伯爵ではない。エーリカは騎士なんだから、彼は従士マティアスと呼びなさい」

「あの……私の生家、シェール子爵家はタウト伯爵家の、先祖代々よりの配下なんです……なのにマティアスさま……マティアスは従士らしく、私を敬ってきまして……」

「上役が配下になる……つまり下剋上であると……血湧き肉躍る展開じゃないか」

「……踊りません。すごい負担なんです。従士マティアスは大貴族なんですよ、戦場では二万の兵を率いれるほどの……今は隠居してますけど……」


 心なしかエーリカはげっそりとしている。

 親の上役が自分の配下になるとは数奇な運命だ。マティアス自身は神に仕えられる嬉しさが勝っているようで、年端も行かない少女の部下になることは全く気にしていないのだが。


「ああ~、ナスターシャが羨ましい……あの子は大好きな馬の世話ばっかりして……」

「適材適所。俺だって人の上に立つのに向いてないのに、辺境伯だの騎士団長だの務めてるんだから。エーリカも頑張ってみないか? なあに、元伯爵ごときアゴで使いなさい。血の尊さが人の偉さでは無いんだ」

「はい……また、相談してもいいですか……?」

「ああ、人間関係の悩みは世に尽きまじ。騎士団内の不和は俺の望むところでも無い」


 部下に頼られると嬉しいものだ。

 快諾してから周りに下知を出し、〈転移門〉経由で焼け残ったトレントの素材をアーンウィルに送らせた。何かしらの錬金術の素材になるらしいが、俺にはさっぱりと分からない。


 その後も村々を周って依頼を聞き、騎士団で対処していく。夜になれば領地に〈転移門〉で帰って疲れを取り、また翌朝から依頼をこなした。


 十程の村から感謝の言葉を受け取るのに、三日しか時間を要しなかった。

 異常な殲滅速度にむしろ村の人は少し引いていたかも知れない。




 ◆




 平原の岩場に腰を降ろしているとシュペヒトが音もなく現れる。


「団長~、調査完了しました~」

「早いな」

「もともと大都市には諜報要員を潜ませているのですよ~。え~と、徴兵名簿を拝借してきたのですが、確かにダモット村から消えた人員と軍に配属された人員で差がありますね~。数は四人ですが~この数値ってすごく怖いと思いませんか~」

「四人、数にしては少ないが……村人二百に対して四人、五十人に一人……となると、まさか……!」

技能スキルを持って生まれてくる人の割合と殆ど一緒なんです~。これって偶然ですかね~」


 技能スキルは万能ではない。指先に小さな火を灯す程度の者が居れば、兄たちの様に天候を操作したり、大精霊を使役する者まで千差万別。血統も重要であるから村人からは大層な技能スキル持ちは生まれないと思うが。


「何のためだ。軍に配属されないなら……領主の私兵にしているのか……?」

「いえ~、試しに数人追ったのですが……行き先は恐らく都市イルキール内にある王立魔導院ですね~」


 思案に耽っていると「……潜入するのは少し厳しいですが、如何されますか?」とシュペヒトが真剣な顔で問うてくるが、ファルコの大切な部下を失うわけには行かないので共鳴する指輪を使う。


《ファルコ、今は大丈夫か?》

《何だ、シュペヒトが問題を起こしたか? あいつは夜這いしてくるから気をつけろ。頬を叩く程度なら許すぞ盟友》

《いや……王立魔導院に技能スキル持ちの村人が誘拐されている恐れがある。心当たりは?》

《……研究目的だと思うが、あそこは王家管轄だ。ミルトゥ殿下と都市教区長が支援している場所であるから、触れると火傷では済まない》

《神の名のもとに誘拐が行われているなら、ファルコは許せるのか?》

《許せるものか! 百度、千度、八つ裂きにしても足りない! イルキール教区長は愚物だ、俺はあいつの蛮行を許したことは一度たりとも無いぞ! 見損なうな!》


 確かに彼の良い噂は聞かない。

 あとファルコの大声念話が煩かった。


《教皇猊下に報告してくれ。必要があれば大暴れしよう》

《承知した。俺の力が必要なら、いつでも呼んでくれ》


 念話が切れる。

 目の前のシュペヒトは期待が満面といった感じである。


「隊長はワタシの事、褒めてくれてましたか~?」

「最高の部下だと言っていた。惚れ直したと」

「やった~。ありがとうございます団長!」


 シュペヒトが胸の前で手を合わせて喜ぶ。

 美人の部下に好かれるとは羨ましい男だ。


 ふと、胸の奥がズクリと痛んだ。


「……これは、まあそうなるな」

 誓いの聖鈴ベル・オブ・オウで交わした誓約が疼いたのだ。十九の誓約が一つ、教徒の保護は死を対価とした俺の誓い。ここで拝月教の腐敗を見て見ぬ振りするならば、俺は体を誓約に蝕まれて死ぬであろう。




 ◆




 場所は変わってダモット村に到着する。最初に依頼を受けた村であり、俺たちの到着を見るや村人たちは快く迎え入れてくれた。


「私は村人の治療に出向こうと思います」

 リリアンヌは戦役で手足を失った者の治療に行くと言うので、従士二人を護衛に付けさせて出向かせる。


 村長がリリアンヌに祈りを捧げてから、こちらに話しかけてくる。


「ありがとうございます……治癒術士様までいらっしゃるとは……」

「マーヤ殿、少し世話になるぞ。飯や宿の準備は要らない、少し話を聞くだけだ」

「はい騎士さま。この老骨めに答えられることでしたら、なんなりと」

「アッシュはいるか。彼に手土産を持ってきたんだ」

「まあまあ、あの子にまで気を使って頂き……感謝の言葉もございません……」


 畑の方を見るとアッシュが丸太に座っていた。

 村長の許可をもらってエーリカと一緒に出向く。見栄えの良い女騎士が相手なら、アッシュも大変気持ちよく口を滑らせるでのは無いかとの打算もある。


「やあ、アッシュ。俺の名前はアンリと言う。少し話を聞きたいんだ」

「……騎士や貴族さまとは、話したら駄目って言われてる……」


 年の頃は十歳ほどだろうか、少し生意気そうな少年は不信感を募らせながら応対してくれた。


「まあまあ、貴族は嫌いか? ちなみに俺は嫌いだな。生まれが良いだけで威張り腐るバカどもは、片っ端から張り倒したいと思ってるよ」

「貴族は嫌いだけど……兄ちゃんは貴族なの?」

「ああ……残念なことに三流貴族の十二男なんだ」

「じゃあ平民みたいなモンだね。長男以外の貴族はあんまり贅沢できないって聞いたよ」

「おう、父親から冷遇された貴族未満の男って所よ。じゃあ平民同士、おしゃべりと洒落込もう。お菓子もあるぞ。焼き菓子と砂糖菓子、どちらが好きかなアッシュは?」


 袋から菓子を出すとアッシュは生唾を飲んだ。

 甘味と子供、暴力的な組み合わせだ。抗えまい。


「兄ちゃんはすごいグイグイ来るね……」

「アッシュから村の秘密を聞きたいからな。消えた四人の技能スキル持ち、何か知ってるんじゃないか?」

「本題から話す男はモテないって、母さんが言ってた」

「おっ、中々良い返しだ」


 お返しとばかりに菓子の袋を頭上に持ち上げてやると、アッシュは子供らしく笑って、俺から菓子を奪おうと背伸びしてきた。

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