第132話 たったひとつの冴えたやりかた

 ハーフェンからイルキール周辺まで〈転移門〉で一瞬で移動する。兄上のあまりの便利さに感動しつつも、騎士二名と従士六名、リリアンヌ達を含めた十四名で、魔物に困らせられてるという村まで移動した。


 大都市を中心として人類の領域は広がっているが、どうしても外縁部の村などは魔物の魔手が伸びやすく、二百名ほどが住まう目的地の村も暮らし向きは良いようには見えない。

 名前はダモット村──平凡な農村であるが畑には男手が少ない。徴兵による労働人口の減少は由々しき国難であるが、簡単にどうこうできる物でもない。これでは自警団の規模も期待は出来ない。


 村の入口で馬から降りると人が集まってくる。

 先頭に立つ、顔に深いシワが刻まれた老婆が村長だろうか。


「我々は拝月騎士団である。古くからの誓約により魔物退治を使命としているものだ、あなたが長か」

「は、はい。村長のマーヤと申します」

「マーヤ殿、我々に手伝えることはあるだろうか?」

「よろしいのでしょうか……? その……お礼を払えるほど私どもは……」

「この地は街道に近く、周辺の安全保護には公の益がある、報酬は富める者から奉加されているので不要だ」


 尊大な口調は人を偉そうに見せてくれる。だーとか、であるーとか、これらは使う度にこそばゆい気持ちになるが、下手に丁寧だと部下まで侮られてしまう。我慢である。


「拝月騎士団というと……おとぎ話の……?」

 村長が興味深そうに俺たちを見つめている。

 村の子供や老人、クワを持つ夫婦や開墾用の牛を引く男たち、五十程の瞳には武装した騎士に対する不安、生活が良くなるのではという期待が見え隠れしていた。


「そうだ。香の匂いが染み付いたような、古臭い誓約の騎士ではあるがな。この一帯に領主の兵は来ないのだろうか? 男手も少ないように見える」

「あまり……伯爵様は西方の戦争の準備に忙しいと聞きます。男たちなのでが……その……あの、騎士さま。実は……」


 村長が次の言葉を喋ろうとした時、息子だろうか壮年の男性が青ざめた顔で村長の口を塞ぐ。


「母ちゃんが失礼しました。村の問題ではありますので騎士さまにご心配して頂くほどではねえです」

「俺は騎士だが、貴族の家系に連なる者でもある。何か王国の不利益になる事があれば遠慮なく言って欲しい」

「……ああ、いえ。穀物倉にネズミが出たって話ですよ。母ちゃんもボケてきましてねぇ、そんなの村総出でやれば解決できやすよ」


 嘘を言われている。俺たちは真相を話すほど信用されていないという事か。


「そうであったか。では魔物の生息地を教えて欲しい。騎士エーリカ、地図をここに」

「はっ! 只今っ!」


 地図を広げて村長たちから場所を聞く。

 話を聞き終わると、遠目に見える畑にて子供が一人でクワを振るっている。たまに他の子供や女たちが手伝っているが──親らしき者は見えない。


「あの子は?」

「アッシュですかい。ああ、母親は病気で死にやして、父親は……徴兵されて戦場で死にやした」

「……子供一人で畑を持つなど無理だろう」


 村長がフルフルと首を振って会話に入ってくる。


「偉大なターウ王子のご差配ですよ、騎士さま。農村で出た土地持ちの孤児は、村全員で成人するまで面倒を見る。これが習わしなんです。税も少し軽うなりまして……ほんにターウ王子はお優しくて……」

「母ちゃん! もうターウ王子じゃなくて陛下とお呼びしろって! 間違えたら首を刎ねられても文句言えねえぞ!」

「そうだったかい?」

「そうだって……」


 祖父上がこちらを見て頷いている。父王が昔に定めた法だろうか、俺は知らなかった。あの人は賢王の素質があったと聞くがなぜ変わってしまったのか。


「いや、俺が不勉強だった。では騎士と従士で魔物討伐に向かう。野盗なども処分しておくが──重ねて言うが謝礼は不要だ。これは貴族流の遠回しなお願いではなく、教皇猊下の真意であるゆえ、勘違いなされぬようにお願いする」


 村長と、その子の礼を聞きながら馬に乗る。

 遠目に見えるアッシュが畑仕事をしているが──徴兵絡みで問題がありそうなので、村から離れた所で待機していたシュペヒトに都市イルキールの調査を命じておく。


「イルキールの調査、了解です~。ドキドキ潜入日誌第一項ですね~」

 長身の諜報員は妖艶な笑顔で了承の意を示す。

 後半は意味不明だった。


 ファルコの部下は遠目から見ても濃い者が多い。

 一度、一人一人と話してみたいものだ。

 いやどうだろうか。多分疲れそうだな……。




 ◆





「魔物二十体確認。団長、指示願います」

 マティアスが遠眼鏡を覗きながら言う。

 はるか遠くに見えるのは牛の原種──言わば野生の牛だ。それが“何かを食べて”しまい魔物になってしまった。食べたのは野盗の死体か、それとも弱い魔物か。

 ひときわ大きい、人を丸呑みできそうな個体がいる。群れの長だろうか顔面に深い傷があり、こちらを認めるや咆哮を上げて突進してくる。


 砂塵が舞い、道中にあった大岩が頭突きで粉砕される。

 膝立ちになった従士がクロスボウを構えているので、魔物を限界まで引きつけてから射撃指示を出す。


「放てっ!」


 ヒュンヒュンと風を切る音と共にボルトが一直線に飛ぶ。

 一射すればボルトを装填し、さらにまた撃つ。一射ごとに魔物の眉間に大穴が穿たれ、地面をえぐりながら滑り、倒れる。


 ──鈍く、低い、魔物の長の咆哮が響く。


 魔物たちはこちらを怨敵と認めるやさらに勢いをまして突進してくる。

 従士を後方に下がらせ、リリアンヌが軍馬に補助魔術をかける。筋力や耐久力が増した馬たちの目が爛々と光り、背中に乗る主の指示を待っている。


「騎士は群れの左側を攻めろ。すれ違いざまに斬りつけ、出来るだけ怒らせて魔物を引きつけろ」


 軍馬の腹を足で叩く。祖父上も俺を守るように横で馬首をめぐらせてから、馬の腹を蹴った。

 風を置き去りにする速度で、群れの右方から攻める。魔剣を抜き放って〈血刃〉で間合いを無理やりに伸ばし、まずは中ぐらいの個体を横薙ぎに斬ると、容易く四本の足を切り落とせた。


「では、御免!」

 祖父上が馬上から飛び降りて、魔物の背に乗る。怒り狂った魔物は角を振り回して祖父上を振り落とそうとしたが、技能スキルを発動した祖父上はそのままに魔物を雷で灼き殺した。

 肉の焦げる香ばしい匂いだ。

 祖父上は倒れる魔物に巻き込まれる前に、さらに跳躍して次の獲物を探す。やはり強い技能スキルを持つ人は格段に強い。だが、祖父上の強さは長い人生の努力の賜物なのだし、妬んでも仕方がない。


「次っ!」

 馬上のエーリカがミスリル剣で魔物を切り裂く。巧緻な剣捌きにより眉間を鋭く切り裂かれた魔物が死に絶える。さらに馬上で魔物を挑発して、徒歩かちの従士から注意を逸らしている。


「ヴォオオオオッーー!」

 魔物の長が哭いている。

 この群れは非常に厄介であり、最悪なことに人肉の味も覚えてしまっている。領主兵で討伐しようとすれば損害覚悟の上、三百の兵を差し向ける必要があるだろう。

 危険度はハイオーク並、それらを難なく討伐する騎士や従士は本当に強くなった。そもそもダンジョン内が冥府じみた難易度であるので、そこで鍛えれば誰しも規格外の強さになるというものだ。


 血の斬撃を馬上より二つ飛ばす──ひときわ大きい魔物の長は雄々しく伸ばされた角で一つを吹き飛ばすが、二発目は防げずに片目に命中する。

 咆哮──俺を危険と感じたのだろうが、土塊を後ろ足で巻き上げながら進路を無理矢理に変え、俺を押しつぶそうと突進してくる。従士が何発かクロスボウを撃つが、硬い獣皮がそれらを防いだ。


「何体、何人喰えばここまで肥えるのか。兄上ッッ! 援護頼むッ!」

「いや~無理だってー。速く動く相手は苦手なんだ……僕は……」


 目線で遺憾の意を表明すると、セヴィマールはすっとぼけて口笛を吹いた。

 だが確かに〈転移門〉も〈亜空穴〉も発動に時間差がある。補助魔術がかかった軍馬と同じスピードで疾駆する大牛とは相性が悪いのは分かる。


 いつの間にか乗馬していた祖父上が俺の横に並ぶ。


「良いですか! 儂は上から行く故、殿下は下から攻められよ!」

「……んん? 下、下とはどういう事だ!」

「四足獣は前足の間、その真上当たりに心の臓があります!」

「分かった!」


 了承すると祖父上はまた跳躍して〈雷纏〉を発動。確かに馬上で発動すれば馬が死んでしまうだろうし、理に適っている。

 雷光が頭上で煌めく。剣に纏った紫電が魔物に命中し、ひときわ大きい叫声が天に響いた。祖父上は背中を足場にして更に飛び、別の魔物に狙いを定めている。


 馬を魔物に併走させ、体を横に乗り出し、剣を胸に突き刺す。

 硬い皮を力任せに貫き通し、やや柔い肉を剣で食い破る。ドクンドクンと跳ねる心臓らしきものを見つけ、剣に纏った血の刃を体内で無茶苦茶に暴れまわらせた。

 魔物の鼻から血が吹き出す。馬で距離を取ると──こちらを恨めしそうに見つめ、数度歩いた後、魔物の長はその場に横倒れになった。


「素晴らしい! 素晴らしいですぞ団長!」

 マティアスが遠くで狂喜乱舞している。

 その後は統率を失った集団を順当に弱らせていき、経験がまだ足りない従士に止めをささせて経験を稼がせた。




 ◆




 魔物の残骸は〈転移門〉によりアーンウィルに運ぶ。良い革と角が手に入ったし、これらは良い武具になるであろう。

 その後は周辺を散策して弱い魔物を何十体か討伐し、村長から聞いた魔物の巣穴も見つけられた。ぽっかりと口を開けた洞窟であり空気を吸い込む音がどことなく不気味だ。


「どうすんの? 今から入るの?」

「いや、面倒くさい。兄上なら一人で攻略できるのでは?」

「あ、悪鬼、悪魔! 一人で行ったら僕が死ぬでしょーーー!」

「違いますって。転移門で湖とか海とかをここに繋げて、水没させればいいでしょ」

「なるへそなぁ。そういやお前は海って行ったことある? 僕はあるけど中々のもんだったよ」

「無いですね。死ぬまでに一度は見たいな」


 下準備として〈転移門〉でアーンウィルと現在地を繋ぎ、シーラの〈覗き見の黒蜥蜴ピーピングリザード〉を三体ほど連れてくる。可愛い可愛いクロトカゲたちは洞窟をくまなく探索し、内部に人が居ないことを教えてくれた。


「じゃあ兄上、水没作戦、よろしくです」

「あいよー。あ~スキル使うのって結構疲れるんだからな。程々にしてくれよ」

「はいはい」


 肩に乗ったクロトカゲが頬を舐めてくる。こそばゆい気持ちを感じていると〈転移門〉が開き、宙に空いた大穴は莫大な質量の塩水を放出した。


「あのー、こんなに簡単でいいんでしょうか?」

 エーリカが不安げに聞いてくる。


 俺は「楽できるところは楽しよう」と答え、皆で水を吸い込む大穴をボーと眺めた。

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