第131話 騎士団のおしごと

 アーンウィルの第一防壁の外には簡易の厩舎がある。

 屋根と馬房、木の匂いがする一角には五十頭程の軍馬が繋がれていた。ナスターシャに声をかけても返事がないのは、恐らく馬の世話が楽しすぎるせいだろう。


「ナスターシャ。聞こえるか」

「…………」


 聞こえていない。肩を叩くとようやく気づいてくれた。


「軍馬をハーフェン支部に十頭ほど移すから用意してくれ」

「しょんな……まだこの子達は私がお世話しないといけないでありますよ……」

「気持ちは分かるがクリスタとも話し合って決めた。騎士が馬無しでは示しがつかないだろう?」

「はい……では、体調が良くて足腰が丈夫な子を十頭用意するであります」


 軍馬というものは高い。農耕馬と違い適した品種は限られるし、育成のコストもそれなりに高いからだ。

 ここに居るのはハイドリヒ商会などの後援者から寄進されたものだが、自前で用意するとなると一頭で金貨二百枚はするだろうし、その金で農夫の一家が十年は生活できるほどである。


「そちらのお方は誰でありますか?」

「セヴィマール第七王子だ」


 そう言うとナスターシャは仰天した。セヴィマールがどこか誇らしげにしているのが、何とも言えない気分にさせてくれる。


「やあっ! 可愛らしいお嬢さん。僕と一緒に王国一幸せな夫婦にならない?」

「遠慮するであります」


 セヴィマールは従士にあっけなく振られた。

 胸の奥がほうっと暖かくなる感覚。この子は最高の部下だ


「……振られたんだけど。なあおいアンリ、平民に……振られたんだけど……」

「知らん。彼女たちは信仰が篤いから、生半可な気持ちで口説くのは良くない。あとハーフェンに早く転移門を出してくれ」

「……聖女様を口説いたくせに。偉そうによく言うよ」

「ぐぅっ」


 要らぬダメージを負わされたが、セヴィマールが〈転移門〉を開いてくれた。軍馬を見てヨダレを垂らすカマエルをナスターシャに渡し、祖父上、セヴィマールの三人で門をくぐる。

 付いた先は都市の正門にほど近い草原であり、一頭の馬に跨り、他の馬を引きながら進む。晩秋の風が冷たくあるが我慢して進むと正門に着いた。拝月騎士団である旨を告げると、衛兵は既に聞いていたのだろうか好意的に迎え入れてくれる。


 ダンジョンで鍛えたミスリルの鎧と軍馬が目立つ。目ざとい商人が瞳を光らせているのを横目に少し待つと、大通りの奥から一人の中年が駆け寄ってきた。


「団長ー! 従士マティアス、ただいま参上しましたー!」

 マティアスのふくよかな体が地面を跳ねているようだ。

 元伯爵は正式に拝月騎士団に入り、まずは従士から始めることになった。いかに高名な貴族であろうと、騎士団では優遇されない。神は生まれでえこひいきをするものでは無いからだ。


「りょ、領主マティアスさま……!」

 衛兵が目を見開き、周りに人が集まってくる。

 雲霞のごとき群衆は、この地を代々治めた大貴族が、従士が着る一段落ちる軽鎧をまとっているのが不思議でたまらないらしい。目を白黒させマティアスの動向を見守っている。


「これ、お主……わざとであろう?」

「ふふ……アロウか。何のことやら、だがしかし。これではアンリ団長が注目の的になってしまいましたな! 申し訳ありませぬ!」

「全く、昔から変わらぬ男だ」

「まあそう言うな。かつては同じ主に仕えた身ではないか、これからもよろしく頼む、友よ」

「…………ああ」


 マティアスが俺の馬の手綱を引いて大通りを歩く。窓から顔を出す都市市民たちの仰天した表情は無理もない。屋根の上を注視するとファルコの部下が手を振っており、暗殺対策に身辺警護をしてくれるのが大変にありがたい。

 しばし進むと拝月騎士団ハーフェン支部というか、聖ラトゥグリウス修道院に着いた。馬を庭に繋いで中に入ると騎士たちが数名いて、エーリカも周りに指示しながら書類仕事をしていた。


「やあエーリカ、リリアンヌはいるか?」

「はい殿下……では無く団長。二階の一室で治癒術士見習いに指導をしております」

「分かった。勤労感謝する」

「はい! あと、これを見て下さい団長!」


 エーリカが満面の笑みで籠を両手で持つ。中にはおがくずで保護された鶏卵がギッシリと詰まっており、エーリカが言うには拝月騎士団の初仕事の報酬だという。


「私達は冒険者みたいに魔物退治で金品を要求しませんので、報酬は寄進という形になるんです。近隣の村で魔物退治をしたら村長さんが寄進をくださったんですが、農夫の人が感謝の形で卵もくれたんです」

「なるほど、拝月騎士団の三百年ぶりの報酬というわけか」

「はい! やっぱり……すごく嬉しかったです。私たち、団長が来る前はこのまま白亜宮で終わるだけかと思ってたんです……けど、こうして聖務があって……」


 エーリカが丁寧に一礼し、充実した顔を見せる。


「団長が白亜宮に来て下さって、私たちもいい方向に変われそうです。これからも誠心誠意お仕えします。神と剣に誓って」

「ああ、実務はクリスタに任せることも多いから。俺への忠誠はついでで良い。だが誓いの聖鈴ベル・オブ・オウにかけて、俺も拝月騎士団を大切にする。これからもよろしく頼むよ」

「はい!」


 俺の言葉を聞いた騎士と従士達が一様に跪く。

 彼女らの忠誠に内心緊張しつつ、それぞれに言葉を掛けてから階段をエーリカと共に登る。部屋のドアをノックしてから開けるとリリアンヌと少女の治癒術師がいた。少女の年の頃は俺とそう変わらないだろうが熱心にリリアンヌの言葉を聞いている。


「リリアンヌさま、次はどうすれば?」

「体内で深くマナを練り、対象者に手を触れるのですよ」


 軽いけがをした従士がベッドの上に横たわっており、治癒術師が淡く光る手で触れるが魔術は不発だった。

 魔術というのは才能がほとんど、俺のように全く素養のない者も居れば、サレハのように少し学ぶだけで体得していく者も居る。


「あぅ……」

「大丈夫ですよ。次は私と同じように……」


 治癒術師の手の甲に、リリアンヌの手がそっと添えられる。治癒術師は頬を紅潮させ、熱い息を吐いた。リリアンヌに気づかれない位の自然さで、そっと肩を寄り添い合わせ目を瞑っている。恍惚の表情で……。


「近くない……なあ、エーリカちゃんはどう思う?」

「あぁ~……あの子はちょっと……。まあ修道院とかって同性同士が多いですから……ほら、ねえ……」

「いや近いだろ。ほら、ちゃんと見てくれ」

「はぁ……」


 二人は熱心に鍛錬をしているせいか、小声で話す俺達に気づいては居ない。


「リリアンヌお姉さま……」

「はい、どうされましたか?」

「いえ、呼んだだけです……」

「ふふ、変わった子ですね。真面目にしないと怒っちゃいますよ?」

「……叱って下さい」


 胸の内がザワザワとする。なんだあのメス猫は、体内を内側から引っかかれるような不快感が走り、思わず眉間に皺が寄る。リリアンヌもリリアンヌだ。色事に疎いのは結構だが、特殊な好意に気づかない鈍感ぶりを発揮されても困る。


「団長ってもしかして嫉妬深い人なんですか……?」

「そんな事はない。リリアンヌは治癒術士長だぞ、部下と親しすぎるのが良くないと言っているだけだ。威厳を損なうだろ」

「あっ……はい。そうですねぇ」


 意を決して二人の間に分け入る。治癒術士が目に見えて不機嫌になるが、構わずリリアンヌに話しかける。


「リリアンヌ治癒術士長、何かハーフェン支部で変事は無かったか?」

「あら、いらっしゃってたのですね」

「いらっしゃってましたが」

「……何か、怒ってますかぁ?」

「怒ってない。ハーフェン支部の報告を頼む」


 簡単な近辺の報告を受ける。魔物は弱い個体が多く従士でも対処可能であるが、ハーフェン東部にあるイルキールでは手が足りてないそうだ。支部設立の為の土地買い上げも難航しており、少し不穏な気配を感じているとも聞く。


「分かった。ではこの村に出向いて手助けする。その後はイルキールで教区長とかとも話してみるよ」

「私もお供します。あの地はミルトゥ殿下の領地に近く危険ですので、お側でお守りしますね」

「助かるよ。じゃあ“俺”は“リリアンヌ”と出るから、君は引き続き治癒魔術の鍛錬に励むように」


 俺はメス猫……ではなく治癒術士に勝ち誇るような笑顔を見せた。


「くっ……卑劣なぁ……」

 治癒術士の負け顔を見て、俺は騎士団長としての威厳を見事見せつけたのだった。

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