第134話 王族との会話

 アッシュは目の前の騎士を不思議に思った。

 見たこともない綺麗な鎧を着た灰色髪の男──アンリは本当に騎士で貴族なのだろうか。丸太に一緒に腰掛けているエーリカと名乗った女騎士と一緒に砂糖菓子を食べるも疑念は尽きない。


「少し話でもするか? 俺は農夫の暮らしを知らない。アッシュに教えてもらえると嬉しい」

「いいけどさ。ツマンナイよ農夫なんて、じゃあ──」


 アッシュは普段の暮らしを話す。朝早くに起きて畑を耕し、村が共同で使っている農耕牛をたまに貸してもらう事。夕方には軽く体を拭いて床につくことを。

 貴族が平民と喋ってくれるわけがないのだが、アンリは興味深そうだ。だが、本題の消えた技能スキル持ちについて聞きたいのなら命令すればいいのだ。「喋れ、罰があるぞ」と言えばアッシュが逆らえるわけがない。


 横に座ったエーリカが優しくアッシュに語りかける。


「アッシュくんが村の秘密を喋ったことは誰にも言いませんし、少しだけ教えてくれると嬉しいです」

「……別にいいけどさ。教区長さまの使いは特別な力を持って生まれた子供を攫っていくんだよ。一人も帰ってこないんだけど、お金がもらえるから……大人はみんな黙ってる」


 思い返すと腹が立ってくる。媚笑いをする村の大人も、こちらを見下す聖職者や貴族たちも、何も出来ない子供の身を、アッシュはただ歯がゆく思う。


「なあ兄ちゃん、友達にロルフって奴がいるんだけどさ……」

「何かあったのか?」

「ロルフの妹……コリンナはさ、変な力があったんだ。いつも蝶々が周りで飛んでいて、大人たちは技能スキル持ちが生まれたって喜んでた……」

「蝶々か、蟲使いの才能があったのかもな」

「うん……けど三歳になる頃に攫われてったし、口答えしたロルフは殴られて骨が変なふうに折れてさ、今でも歩く時は辛そうだ」


 そのロルフも今は治癒術士が──村の人が聖女と言っていた女の人に治療されている。村での辛かった暮らしは騎士団がきて少し良くなった。アッシュはこの人達なら少し頼れるのではないかと、甘い考えを持ってしまう。


「どうにかならないかな、兄ちゃん。騎士団へ仕事を頼むのって出来るのかな……?」

 アッシュは首から下げた麻紐に通した親の形見──二つの結婚指輪をアンリに差し出す。かつてアッシュの母親が「暮らし向きに困ったら売りなさい」と死に際に託したもの。銀細工が施された指輪だが、騎士団を動かすほどの価値はないだろう。


「拝月騎士団は寄進を受けることはあるが、民から報酬をもらって仕事を請け負うことは無い。あくまで俺たちがすべきと思った仕事を、俺たちの意志で行うんだ」

「やっぱり駄目かあ……ごめんな」


 アッシュは指輪を戻そうとしたが、アンリはニヤリと笑って二つの指輪を奪い去る。頭に血が上り思わず声を上げそうになるアッシュだが、アンリが意地悪そうに笑っているのを見て──何故か毒気が抜けた。


「だが、騎士団長としてではなく俺個人への依頼と言うなら指輪二つで請け負おう。すまんが俺は人でなしだから……この、結婚指輪か? 依頼完了後に指輪を格好良くアッシュに返したりはしないぞ」

「いいよ。依頼だけどコリンナが生きていたら助けてくれ。けど、もしも……」

「ああ、もしもの場合は、次の被害者を出さないように元凶を叩いてくる、でいいか?」

「うん。けど危ないぞ、止めたほうがいいと思うけど……」


 アンリは丸太から腰を上げ、指輪を革袋にしまう。エーリカはアッシュの頭を撫でて菓子の残りを袋ごと渡した。


「構わない。それと俺の正しい名前はアンリ・フォン・ボースハイト・アーンウィル、指輪を取り戻したければ大人になって金を稼いで、俺から買い戻すように」

「農夫じゃ指輪代を稼ぐのはシンドいよー」

「ならば、拝月騎士団は近いうちに労役従士を募集するだろう。騎士見習いの従軍従士でもいいが……何にせよ俺のところで働くのも一つの手だな」


 アンリが村の入口へ向けて歩く。騎士や従士が集まり、聖女さまも嬉しそうに寄り添っている。陽光を浴びて輝く甲冑が、群青色のサーコートが、アッシュにはとても眩く映った。

 丸太に座り、菓子の残りを頬張っていると周りにアッシュの友人たちが集まってきて、仕方ないなあとアッシュは菓子を分け与える。


(そういや家名はボースハイト……ん、ボースハイトって……?)


 どこかで聞いた家名にアッシュは頭を悩ませる。足が治ったロルフが目ざとく焼き菓子を袋からすり抜くので、アッシュは友人の頭を内心喜びながら叩いた。


「ボースハイト……うーん、何だっけなあ。ロルフは知ってるか?」

「王様の家名じゃねえか。なに言ってんだよ」

「ええっ! オレ、王族と喋ってたのっ!」

「いやいやいや。王族がこんな村来るわけねえだろー」


 それもそうだ。アッシュはアンリにからかわれたのかと思い、してやられた気分になってしまう。もうアンリ達の姿ははるか遠くで文句を言うことは叶わないだろう。


「なあロルフ、オレが騎士になりたいって言ったら笑うか?」


 アッシュがそう言うや、ロルフは大声で笑った。




 ◆




 学術都市イルキールは他国家と国境線を有していない内陸の都市ということもあり、古来より学術や研究がさかんに行われていた。イルキールを治める伯爵は、都市における宗教の長である教区長に隷属しており権力は薄い。

 その反面イルキール教区長は辣腕を振るっており、都市を誰が治めているか──と領民に聞けば誰でもイルキール教区長だと答えるだろう。


「本日はようこそおいで下さいました」

 剃髪して法衣を纏った教区長は自らの邸宅の隠し部屋に一人の人物を招いている。

 横柄に足を組んで椅子に座っているのはミルトゥ第三王子であり、教区長は冷や汗を堪えながら、内心の動揺を感度られないように苦心していた。


「ヴェルドギアとの戦役、お前は何人兵を出すつもりだ?」

「は、はい。一万ほどを……考えております、ミルトゥ殿下」

「二万出せ。理由は言わなくても分かるな」


 無理な要求だ。そこまで出すと麦の収穫に支障が出る。

 教区長がミルトゥが第二派閥に入ることを決めたのは、領地が近いという地政学的な理由もあったのだが、それと合わせてヨワン派閥の落ち込みにより、ミルトゥが次代の王に一番近いという確信もあったからだ。


(この荒い気性と身勝手さ。まるで陛下の生き写しではあるが……しかし、面と向かっては話したくないものだ……)


「二万……努力します」

「努力はいらん。兵を絞り出すだけでいい」


 部屋に沈黙が訪れる。教区長は会話の主導権を握るために、まずは言うべきことを言うことにした。


「ミルトゥ殿下。この度はご兄弟にご不幸があったこと、このアダルブレヒト、我が身を裂かれるように辛く感じております」

「知ったことか。セヴィマールのクソは逃げやがるし、使えねえカスどもは父王が殺しやがった。分かるかお前、これはな、父王が俺を認めたということなんだ! 俺は選ばれて、他は脱落した、それだけだ!」

「申し訳ありません。次代の王に対して不遜を働いた不作法を、どうかお許しください」

「おう、急に怒鳴って悪かったな。だが心を推し量ろうとニヤケ面で美辞麗句を並べ立てるのは、お前の仕事じゃねえだろ」


 教区長は謝罪の祈りをミルトゥに捧げてから、机上に大紙を広げて説明する。


「遠征に出ていた神官から知らせが届いております。アンリ殿下がわが領内で活動されていると」

「アンリか……アイツも生き延びていたな。活動とは何だ?」

「拝月騎士団を称して魔物退治をしていると。報酬は一切受け取っていないので、村民からは広く支持を集めております。人気取り……でしょうか?」

「騎士団ねえ。何の意図がある」


 教区長が間者から集めた情報を地図に書き込んでいく。まずはハーフェン伯爵とレアール教区長を籠絡して支部を設立していること、他都市に進出する気配があることを。


「各都市への支部か……特殊な形態だな……アンリの野郎は何を考えてやがる?」

「軍事力を高めるなら自都市で徴兵すべきではと存じます」

「いや……馬鹿かお前は。これは……策としては最上だろうが。信仰心を依代とした各都市への影響力波及なんて常人の考えじゃねえぞ。国家や領地という概念を超えて、アンリ個人の権力域が無限に伸びていくじゃねえか。神をも恐れぬとはよく言うが、なぜアンリ如きが信者からの反発を撥ね退けているんだ……」

「あの、報告はしておりませんでしたが……教皇猊下が……アンリ派閥に入り、ました……」

「殺すぞエセ神官が。それを、何で、俺に言わなかった?」


 ミルトゥの射殺すような視線に教区長は怯えを見せた。


「言っていただろ。東方にいる俺は情報戦において遅れがあると、だから何一つ報告を怠るなと……クソッ、言っても仕方ねえか。セヴィマールが居ればもう少しマシなんだがな。惜しい」

「あの……イルキールにアンリ殿下は近く入るかもしれませんので、私めで暗殺しましょうか? 護衛の騎士たちは若い女ばかりで……只の情婦でしょう。兵で囲んでしまえば容易いかと」

「倒した魔物の質は? 情婦が殺せるほどの雑魚なのか?」

「無理ですが……アンリ殿下は多数の遺物アーティファクトを保有していると、人を強くする仕掛けを何か持っているのではないでしょうか。また、一部の街道を高度なゴーレムで保護しているとも聞きました……」

「……街道を保護されるのが、どれだけ恐ろしいかお前は知っているのか?」


 舌打ちをして、顔を歪めながら詰め寄るミルトゥに、教区長は仰け反りながら答える。


「い、いえ……民心がアンリ殿下に流れるだけかと……」

「物と金の流れをなあ、アンリは自由自在に操作できるんだぞ。安全な街道と、魔物と盗賊だらけの獣道、自由商人がどちらを選ぶか考えてみろや。これだから聖職者は……人ってモンを何も分かっちゃいねえ」


 ミルトゥは背もたれに深くもたれ掛かり、ため息をついた。

 教区長は吐き気を堪えながら、縮こまって座っている。


「邪魔だな……ヨワンの野郎より……」

 ミルトゥはそう言うと、教区長に策を伝え始める。ただ殺すだけでは強盗と変わらない。腰に下げた革袋から金貨を奪うのではなく、正当かつ効率的な手段で相手の金庫をこじ開けて奪える策だ。


「必ずや、汚名を返上してミルトゥ殿下のご期待に応えます」

 教区長は今までは王とヨワン王子の動向しか気にしてなかった不備を悔やみつつ、己をここまで追い詰めたアンリに対してやりようの無い、濁った怒りを覚えた。

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