第128話 集結する一族

 天候が落ち着いた日の朝方に白亜宮を出発となった。

 ゴーレムたちの背負子しょいこには宝物殿から持ち出したスクロールなど換金性の高いものが満載されている。これから領地に近い六都市に拝月騎士団の拠点を作るためだ。


 南方交易が見込める都市オルトス、クルツ。

 ご近所のハーフェン、イルキール。

 少し北方のレアール、アウグーン。


 クルツ伯とレアール教区長が情熱を秘めた瞳で「支援させて下さい」と言ってきたので、クラウディアと相談してから了承。現地で入団希望者を募る手助けもしたいとか。俺を尊敬しているような口ぶりであったが、やはり貴族や聖職者というのは賢く口が上手だ。俺みたいな若造に思ってもいない美辞麗句を使うとは……政治闘争は恐ろしい。

 何はともあれ都市への楔が打てた。

 王国における魔物退治と治安維持、街道保護による交易の安定化と王国への貢献。これで“父王が物狂い”で無ければ俺たちは王国における生存戦略を完成できたのだが。


 雪道を滑り落ちないように歩く。一度転べば立ち上がるのが難しいのは雪道でも人生でも一緒だ。




 ◆




 アーンウィルに着くと子どもたちが出迎えてくれた。


「おかえりなさいー!」

 フルドが飛びついて来るので受け止める。各都市で活動を始めたので出たときよりも騎士たちの数は減っている。やたらに濃いファルコの部下たちもだ。


「ただいま。いい子にしていたか?」

「うんっ!」

「お土産をあげよう。焼き菓子だから子どもたちで分けるように」


 お菓子の袋を手渡すとフルドは礼を何度も言いながら子供たちの集団に走っていった。通り過ぎた壁外の広大な大地では人、ゴーレム、牛が協力して小麦畑を作っている。

 農耕や牧畜、小麦を挽くための水車。竜殺しの聖槍ホーリー・ランスで地形を穿ったりゴーレムの土木により出来た人工の川は水車の動力として役立つだろう。防壁の周りに水を引けば堀にもなるのが良い。


「おかえりなさいアンリー」

 クリカラがオーケンにぞんざいに掴まれたまま挨拶してくる。二人は都市発展の最大功労者である。


「ただいま戻りました。どうですか調子は?」

「おうよ。この調子じゃと来年は小麦と芋だけで自領を賄えるのう。肉は冬前に家畜を潰せばええし」

「それは重畳」

「あと……ゴーレムのダンジョン在庫が尽きた……五百体しかダンジョンに置いてなかったからの」

「これからは遺物アーティファクトの在庫切れも考慮に入れますか……厳しいな……」


 頭を捻って考える。一番使い勝手が良いのは万能巨兵ウティリス・ゴーレムことゴレムス達であった。彼は広場の中央で子どもたちを肩に載せて楽しそうにしている。


「それとお客さん! アンリのおじいちゃんがずっと対応してるけど、驚く相手よー」

 クリカラが元気よく教えてくれる。


「誰だろうか。騎士団の入団希望者とか?」

「アンリの妹よ! それとお兄さん!」

「妹……いや、ありえませんよ。だって“ボースハイト家は男児しか生まれず”という言い伝えがあるくらいですし。それに兄って……相手によっては不味いな……」


 ボースハイト家に嫁いだ王妃達は妊娠したら“特別な薬”を飲む。

 だから女児は絶対に生まれない。


「勝手に入れたら駄目じゃないですか。危ないなあ」

「だって知り合いだって男の子がブーブー言うし……それに王族を無下に扱ったら危ないじゃない。政治的判断! 私無罪!」

「確かに」

「危ない人たちじゃ無いわよ。アロウも大丈夫って言ってたし」


 礼を言ってから兄妹が居るという円卓会議室に向かって歩く。




 ◆




 円卓会議室には仮面を被った男が居た。髪の色は俺と全く同じ灰色──軽薄な口調は紛れもなく兄、セヴィマールその人である。


「よ、よう! 久しぶり~弟よ……」

「うわぁ……二度と会うことは無いと思ってたのに……」

「うるせぇっ! 僕だって好き好んで来たわけじゃないし、このクソ怖い老人に叱られるつもりも無かったんだからなっ!」

「知らねえよっ!」


 セヴィマールは灰の剣士として活動していたらしい。話を聞くとオルウェ国の海賊戦団を壊滅させて第一位階冒険者になったが、王家から出された刺客に襲われてここまで逃げてきたらしい。


「アリシア、ワシの事をおじいちゃんと呼んでみなさい」

 円卓の座に座った祖父上がアリシアを膝の上に乗せて溺愛している。


「おじいちゃん……?」

「おじいちゃんですよ~」


 見たことがないくらい頬が緩んでいる祖父上。アリシアの翼と尾と角は呪い由来らしい。なんてカッコいいんだ、体を蝕んでいるので即刻治したいが──手段が限られている。


「妹が居ると聞いたんだが……どういう事ですか祖父上」

「セヴィマール殿下に聞いたのであるが……どうやら経緯はこうで──」


 祖父上から語られる話。身重の母が死んだ日、王宮で行われた“人体実験”とアリシアのこと。額に汗を滲ませながら語る祖父上は、俺を傷つけないように言葉を選んで、優しく教えてくれた。


「母上が死んだのは……実験のためか……それとも政治闘争か……」

 母について──俺の中の決着はもう済んだ。今は生きている人間を大事にしたい。

 異母兄弟であるサレハを部屋に呼んで経緯を軽く説明する。憤慨した様子であったが不安そうにしているアリシアを見てサレハは口を噤んだ。


「こっちに来なさい。アリシア……」

 椅子の陰に隠れたアリシアを呼び出す。恐る恐る歩くアリシアは翼が引っかかったのをひどく嫌がっていた。


「けど、アリシアは化け物……」

 サレハとアリシアを二人まとめて抱きしめる。化け物なものか、俺の妹だ。誰にも傷つけさせはしない。兄ってのは弟と妹を護るものなんだ。


「これからは兄妹三人、力を合わせて生きていこう」

「うぅう~~」

「呪いは……解く方法が一つある。それは禁忌だから……最終手段だ。もっとマシな方法を兄が探すから我慢してくれ」

「おにいちゃん……」


 アリシアが歯を食いしばって嗚咽を漏らし、サレハはもらい泣きをしていた。アリシアの黒の翼が少しはためき、向こうに見える祖父上は満足そうに瞳を細めている。


「おいっ! 僕をハブんじゃねえっ! 四人だろうがよぉっ!」

「まだ居たんですか兄上……アリシアは俺が育てるので帰っては?」

「帰る場所が……ナイっ! 僕の豪邸は刺客により灰燼に帰しましたー。あぁああああ゛あ゛あ゛ああっっ! ク゛ソ゛ーーーーーー!」

「人の名前を騙った天罰ですね。灰の剣士よ、悔い改めなさい」

「うっるせえっ! 豪邸の為に灰の剣士名義で死ぬほど借金したからな! これはお前の借金でもあるんだぞーーーーー!」

「馬鹿かお前はっ! 人が作った仮身分を……なんてアホなんだ……兄上は……」


 どの派閥が寄越した刺客かは知らないがアリシアを傷つけなかったので、そこだけはセヴィマールを評価する。


「それはそうと、アルファルド……陛下から手紙が届いておる。目を通して下され」

 祖父上が蝋で封をされた手紙を差し出してくる。

 手で開き内容を検める。そこには“第十二王子アンリをアーンウィル辺境伯に封ず”とあった。余った爵位を俺に押し付けたのだろうか。辺境開拓の功を労う文言が所狭しと書き込まれている。


「辺境伯……伯爵より上の要職だな」

 辞退したい。爵位の権力は利用できそうだが、これでヨワンとミルトゥの二人に危険視される……だがむしろ父王はそれを望んでいるだろう。

 早く正当な王を見つけて王位を継がさなければ。

 だが俺は駄目だ。王になる力も魅力も人徳も無い。ヨワン兄上は幾分マシだが、あの人の心根を俺はまだ知らない。だがミルトゥは危険過ぎる。あの人は父王に似ている、本人がそう望んで振る舞っているのだろうが。


「それと……封印された樽が三つか……」

 サレハとアリシアの涙を拭って、ひとまず俺の部屋に行くように告げる。この樽からは嫌な予感がするからだ。


「後でね……お兄ちゃん……」

 ドアの閉まる音を聞いてから、セヴィマールと祖父上で樽の前まで進む。


「開けんの? やばい匂いがプンプンするんだけど……」

「俺もだ。爆発物では無さそうだな……これは、肉の匂い?」

「極上肉かな。辺境伯就任を祝ってるのかも」

「あの父が子を祝うわけ無いでしょ」

「そりゃそうだな。早く死なねえかな~父上~」


 かなり高度な魔法が掛けられている。力を込めて三つの樽の蓋を開けるが、“中身”を見てセヴィマールの顔が青ざめた。祖父上は舌打ちをしてから「見ないほうが良い」と言った。


「あぁ……王位継承の争いも佳境ってことなのか……」

 魔法で防腐処理が施された肉。セヴィマールが手のひらで目を覆った。


「ワシに任せて欲しい。これは……見てはいけない……」

 祖父上が俺の肩に手を置く。怒りの気配が色濃く伝わってきた。



 ──樽の中の目が俺を睨んでいる。呪術のフォウクス第四王子、獣魔のシルヴァ第六王子、神弓手のナイールス第九王子、变化のテレン第十王子、身体操作のイレルト第十一王子。



 彼らは物言わぬ首となって、憎悪の表情を目に走らせたまま、樽の中からこちらを睨んでいる。王子たちの胴体を台座とした悪趣味なトロフィーは実に父好みだろう。

 手紙を読み進めると「時間切れ、この者たちに王器無し」と何の感情も感じさせない言葉が綴られていた。


「僕もこうなってたの……? やべぇよ……どうしよう~アンリィ~」

「ああ……これで残った王子は五人か……」

「やべえ。やべえ……逃げててよかった……」

「この中で王を決めろって事か……ん、手紙の続きがあるな」


 手紙には二枚目があり、西方の獣人・亜人地域で戦乱の気配ありと記されてった。心を落ち着けて二人に聞こえるように手紙を読み上げる。


「アンリ・フォン・ボースハイト・アーンウィル辺境伯に命ず。来春に五万を援軍として差し向けるゆえ、王家の務めとして国土防衛に尽力すべし。援軍の指揮官はこちらで選び、兵糧・軍事物資の手配も行う──との事だ。王命であるから逆らえば──」

「我らは逆賊として五万の兵で行きがけに討たれると」

「そうです祖父上、獣人・亜人の軍隊がこちらを攻めてくる確証は無いですが……ファルコに聞いてみないとな」

「戦争において情報は肝要ですぞ。このアロウ、多少は剣に覚えがありますゆえ、戦場で縦横無尽に暴れてみせましょう。敵の後方に一人で忍び込んで兵站線をズタズタにするのを得意にしておりますぞ」

「俺もそれは得意になれそうだ。頼りになる兄上も居ますし……」


 セヴィマールを二人でじろりと見る。


「戦争か~頑張ってね、皆……」

「兄上の能力って便利ですよね」

「嫌だぁあああああっ! イヤっっっーーーーー!」

「兄上……俺には大切なものが増えて、本当に失いたくない人たちが居て、弱くなってしまったなって……最近では思うんです」

「何言ってんの……?」


 セヴィマールが汚物を見る目を向けてくる。


「その中で兄上は傷ついても、唯一心が傷まないんです。だから俺と一緒に死ぬほど働いてもらう」

「ふざけんなよぅっ! 僕は逃げるっ!」

「刺客には気をつけて下さいね。外で少しでも目立てば兄上は死にますけど」

「ああぁああ……」


 セヴィマールが地面にバターンと倒れ、手足を幼子のようにバタつかせていた。

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