第127話 神なき世界の迷い子

 謁見の間、ファルコは部下とともに護衛の任についている。


《シュペヒト、変な動きは無いな?》


 ファルコは〈声飛ばしフライングボイス〉で部屋の向かいにいるシュペヒトに確認を取る。謁見の間には十を超えるダンジョンで鍛えた部隊員が潜んでおり、いかな暗殺者とて入り込むことは不可能であろう。


《はい~、愛しの隊長様》

《……フザケているとまた減給する》

《真面目ですよぉ……ごめんなさい隊長》

《分かればいい。お前は優秀だ、務めを果たせ》

《はいっ! がんばりますっ!》


 クリスタ、リリアンヌと続いて教皇から拝月騎士団の役職を拝領している。次はアンリであり、ファルコは注意深く見守る。


(鎧姿はなかなか騎士様ではないか。まあ悪くない……もっと拝月教側に引きずり込みたいが……教皇猊下とご成婚してくだされば……いや、なんて不敬な考えだ……)


 ファルコは元ハーフェン伯やクルツ伯の後ろに不可視状態で回り込む。為政者の反応を窺うのも任務であるからだ。


「聖痕……殿下は血涙を流されておりますぞ。クルツ伯よ、この様な神々しき光景を見たことがありますか?」

「おぉ……御神イールヴァ・カティエルの預言書の一節を覚えておりますか、マティアス殿」


 貴族同士が肩を寄せ合って歓喜の表情を浮かべており、目ざとくそこにハイドリヒ商会の若旦那が来る。


「──業火の滅びより始まり、灰のうちより新たな息吹が芽生える、ですね」

「然り。そして──マナの真月と安寧の偽月、終わりをもたらす破壊の御子は冥府に潜りて答えを得る」


 さらに都市レアール教区長が敬虔な信徒に瞳を細めつつ、最後の一節を述べる。


「──そして偽りの月を打ち崩し、混乱の後に救世を成し遂げるだろう。預言書の三章十五節より……確かに拝月教は荒廃の一途を辿っており、一致する部分は多くあります。そして神がもたらす聖痕、もしかして皆様はアンリ殿下を預言書になぞらえておいでかな?」


 元ハーフェン伯が深く頷いて答える。


「そうですとも教区長様。北方では戦乱の余波で民が苦しみ、王位継承戦争の予兆は王国に燻っております。この滅び──神は旧弊を打破し新風を吹き込む御仁を、この世に遣わしたのでしょう」

「些か浅慮に過ぎます……だが、聖痕……血涙の痛みにも一歩も引かず……まるで痛みに慣れているようですが、貴族の棟梁たる王族が肉体的な痛みに慣れている訳がありません」

「ゆらぎ無き信仰心が殿下にはあるのでしょう。だからこそ神は殿下に使命を与え──そして預言書の通りに神の使徒として遣わした。私は全面的に殿下を支援するつもりですぞ」

「確かにこれは……驚きです。殿下が只の王位簒奪者、信仰を踏みにじる暴虐の徒であれば、討ち滅ぼすつもりでしたが、帰って周りのものにも伝えませんと」


 ざわざわと揺れる一同。ファルコは複雑な気持ちで眺める。


(……魔剣の呪いが勘違いされてる。だが確かに預言書と盟友は不自然なほどに一致しているな。業火の滅びはボースハイト一族の悪行、偽りの月は王国民の信無き狂王アルファルドと捉えることもできる)


 破壊と救世の御子と化したアンリが退出していく。ファルコは立派な騎士団長を眺めつつ、なんだか大変なことになった、と考えていた。


(人は信じたいものを信じるものだ。この勘違いは利用すべきか……いや、そもそも勘違いなのか、盟友は本当に全てを終わらせる存在なのでは無かろうか)


 御神イールヴァ・カティエルの預言書、先ほど会話に上がった一節は諳んじれる程に読み込んでいる。


 確かに三章の十五節。“欠月かけづき”から引用されていた。




 ◆




 謁見の間を退出してより二時間後。ひとまず騎士団長になった俺であるが、もう一つ仕事が残っている。


「ファルコよ。汝に特別執行長の位を与える」


 騎士団の要員が揃う一室で、クラウディアが傅くファルコに拝月騎士団での位を与えた。見事な装飾が施されたミスリルの短刀を二振り受け取るファルコは歓喜の身震いを押し隠していた。


「……光栄の極み。強きに屈すること無く民を護り、清貧に努め、魔の暗雲から教徒を救うために、この身と一生を捧げることを神と剣に誓います」

「謁見の間で位を与えられなくてゴメンね」

「何を言いますか教皇猊下、諜報要員など使い捨ての木っ端。こうして目を掛けて頂いて……これ程の喜びはありませんとも」

「自分を卑下するのはよしなさい。教皇の名において、神に誓ってファルコを無下には扱いません。大切な部下ですもの」


 歯を食いしばるファルコ。特別執行長とは諜報・暗殺の長、世間に公表できる役職ではない。ファルコは長々と感謝の念をクラウディアに伝えてからこちらに目線を寄越した。


「盟友……いや団長、これからは配下として働かせて頂く。部下一同、よろしくお願いしたい」

「分かった。だが俺はお飾りの騎士団長だからな、喋り方とかは今まで通りにして欲しい」

「……承知した、盟友」


 満足そうに頷くクラウディアに話しかける。


「それと教皇猊下。俺って騎士団長ですよね」

「そうだけど」

「騎士団長は白亜宮の大図書館の閲覧権限がありますよね」

「うん」

「見てきていいですか」

「えぇ~、なんか悪いこと考えてない? 別にいいんだけどぉー、なにか見たいものがあるの?」

「アリシアという子が居たでしょう。あの子の呪いを解く手段が無いか書物で調べたいんです」

「あら……なら、いいわよ。ファルコをお供に付けるならね」


 一礼し、零れそうな涙を堪えるファルコを従えて退出した。




 ◆




 白亜宮の大図書館は知識の砦である。世界各地の地図や気候情報、魔物の生息域から討伐の詳細録まで何でもある。

 この二日間、不眠不休で呪いに関する資料を漁っているが上手く行かない。リリアンヌや騎士たちに手伝ってもらい効率的に調べているのにもかかわらずだ。


「魂を縛る呪いは──非常に高度な呪術です」

「リリアンヌか、確かに解呪方法は見当たらないな。生まれて直ぐに掛けられているのも厄介だ。とても解けやしない……」

「セヴィマールさんが、何とかしてくだされば良いのですが……」

「兄上はクズだから。人様の為には働かない」


 断言すると少し悲しげな顔をされた。

 伯爵たちを送り届ける任があるため時間がもう無い。関連する書物を何冊か借りることにするが、望みは薄い。


 二階建の広大な大図書館は壁一面に書物が並んでいる。本棚自体が建物を支えているようだ、その一角にちらりと見える怪しい影。後ろから忍び寄り首根っこを掴む。


「ひぃっ! お許しをっ! 出来心なんですっ!」


 フードを深く被った冒険者ギルド長であり、どうしたものか思案していると、後ろからファルコも音もなく現れ「俺が何とかするつもりだったのに」と言い放つ。法衣を深く被っており顔は見えず、声色もいつもと違うのでまるで別人だ。


「その本はなんですかギルド長殿。ここは部外者の立ち入りを深く禁じております」

「こ、これはですね。古代人の遺産について書いてあるのですよ。学術的興味がありまして……」

「勝手に読もうと……? なる程、ギルド長殿は本を読むために白亜宮に付いてきたのですかね?」

「ははは、殿下はお鋭い。いや~、どうしましょう?」


 それはこちらの台詞だ。


「だって古代人の研究が進めば遺物アーティファクトを手に入れる機会が増えるんです!」

「そうならそうと、俺に言って下さい。認めませんけど」

「やっぱり……処断されますよね。破門でしょうか……? 破門されたら国ではとても生きていけません。お許しを……」

「難しい。初犯で未遂ですからね。そうだ俺に遺物アーティファクトに関する情報を教えるというのはどうでしょう。それで無罪放免です」


 俺はきっと悪い顔をしているのだろう。ファルコの口角が僅かに上がっているように。


「では私が知り得た情報をお伝えします」

「お願いします」

「まず殿下はエルフと獣人とヒューム、他にも亜人や各種種族がおりますが、その全てで統一言語が使われていることを不思議に思いませんか?」

「そういうモノでしょう。言語は一つに決まってます」

「それが可怪しい。長年私は思っていたのです! 文化的生物の発祥地が複数あれば、言語も分かれるはずなのです。それなのに……はるか遠き地でも言葉は訛りがあるだけで一緒……これは作為的です」


 ファルコが怒気を強めて発言する。


「言の葉は神が定めし聖なるもの。あまり疑われると不愉快だ」

「神ですか、世の者は神の威光に囚われ過ぎです。私は推察します。“すべての種族は一箇所で生まれ、言語を与えられてから各地に散った”と」


 正解だ。オーケンを始めとした古代人が言っていた世界の真実と一致している。この人は独学でたどり着いたのか、何たる知性と洞察力か。


「ですが、それと遺物アーティファクト、何の関係があるのですか?」

「ここからが本題です。宜しいですか?」

「はい、どうぞ」

遺物アーティファクトは古代人の遺産、三千年の時を経ても輝きを失わぬ剣、高度に制御されたゴーレム、マナの動きを自在にコントルールした旧世界の知識の結晶です」


 ギルド長が興奮した様子で語り始める。各地の伝承、エルフの長老から聞いた逸話、全てを勘案すると結論はこうであると。


「私は提言します。神とは! 古代人であると! 天上の御方は我々を造り、言語を与えて育てた! 神の御業など無いのです、すべてが高度なマナ技術によるものだと言えるでしょう!」

「ホントに破門されますよ」

「ですがこの仮説は信ずるに値します。御神イールヴァ・カティエルですが、これは長い時間をかけて言葉が变化したはずなのです」

「ほう」

「エルフの長老が言うには正しい発音は“ル・カイン”! 遥か東国で発見された石碑にはこの名が古代人として刻まれていました! すなわち、神話とこの名を追えば! 遺物アーティファクトが手に入るのですよ殿下ぁっ!」


 ル・カイン──ダンジョンの創設者にして古代の大魔術師。


「神と古代人の同一性。なるほど興味深いお話でした」


 さらに話を聞くとオーケンは鍛冶の神ゴルディア・オースドースであり、クリカラは錬金術の神ラロウズ・アルクリティウスであることが分かった。

 三千年も経てば人は神となれるのか。ファルコは信じていない様子だが、これはたしかに興味深い。


「それでは、私はこれにて……」


 ギルド長は話し終えて満足したのか、颯爽と大図書館を去っていった。


「ファルコはどう思う?」

「信じない。神はいるのだ、俺たちを愛してくれている。見守ってくれている」

「そうだな……」


 神はいない。そりゃそうだろう、全知全能の神が居るならば、俺たちの一族を罰しているはずだ。ここに俺がいる事自体が神の不在証明と言える。

 一つ分かったことは、どれだけ人類が苦しもうと神の助けは決して無い事。この世界の真実は知れば知るほど救いがない。

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