第126話 拝月騎士団

 マティアス元伯爵が訪ねてきてより四十日、ダンジョンで騎士たちを鍛錬し続けれていれば強度レベルは当初と比べてかなり上がった。

 騎士たちは平均して十五から二十五ほどへ、従士も八から十五へと成長。俺もトールに測ってもらうと前より五上がっての四十五だと言われた。外で言うなら第一位階冒険者、もしくは英雄と謳われる類の強度レベルである。


 魔人イサルパに敗北を喫した経験が、眷属衆ブラッドジニスと騎士たちをより強くさせた。負けと痛みを知った人間はより強くなれる。

 そして秋が深まりつつある昨今。

 教皇クラウディアたちと議論を重ねて「もう十分だろう」との結論に達し、大きく動くことに決めた。


 拝月騎士団の再発足である。

 場所は聖地白亜宮、かつてボースハイト家が滅ぼした人類の守護者たちを、三百年の時を経てボースハイト家の末裔が蘇らせる。

 後世の歴史家は頭を抱えるだろう。このアンリという馬鹿王子は一体全体、何を考えてこんな暴挙に出たんだろう、と。




 ◆




 聖地巡礼の旅が始まった。都市ハーフェンの正門前には元伯爵のマティアスを始め、信心深い権力者たちが三十人ほど集まっていた。南方の大領主クルツ伯、織物を扱うハイドリヒ商会の若旦那、見知った顔のハーフェン冒険者ギルド長は恐らくゴーレム目当てだろう。

 貴族、経済の重鎮たち。決して甘い人たちではなく俺を見定めようともしているのだろう。他にも教皇寄りの修道会長や教区長たちも散見される。聖地巡礼に参加するだけで王国に目をつけられるだろうが、それを物ともしない本物の聖職者たちだ。


「ほんとに良いゴーレムです……一体譲って下さい……殿下……」

「ダメですギルド長殿。何度言えば分かってもらえますか?」

「何度言われようとも、私は諦めの悪い男なのです……」


 ゴレムスが死ぬほど嫌がっているのでギルド長をゴーレムの群れから離す。護衛はミスリルゴーレム二十体に騎士たち百名。山の麓までは馬車で進んだ。悪路も多く道のりは容易くなかったが、颯爽と魔物を屠る騎士たちを見て、感涙の涙を流すものも多かった。


 山登りもたいへん辛かった。最初は聖地巡礼者たちが根を上げてその対応に追われると思っていたのだが──。


「殿下、休憩を早く切り上げて参りましょうぞ」

「おやめ下さいマティアス殿、あまり急に登ると死んでしまいます!」

「死んでもいい……ああ、雪より白き白亜宮よ……」

「ええい、このおっさんは」


 目を爛々とさせる巡礼者たちを宥めすかし、なんとか山酔いの症状を防ぎつつ山頂まで登る。かつて残したゴーレムたちが近隣の魔物の巣を潰しきっているので、道中で魔物に会うことは一切なかった。

 そして白亜宮正門前。

 白磁が如き聖地の威容を見て歓喜に打ち震える一同。滂沱ぼうだの涙を流す権力者と聖職者たちを見て──このおっさんたちは、よく泣くなぁと胸の中で思っていたのだった。




 ◆




 一日を白亜宮で過ごし、今日は就任式となる。

 以前に泊まったことのある部屋でリリアンヌに鎧を着るのを手伝ってもらっている。シャツを着て上に鎖かたびらを一枚。さらにミスリルの輝きを放つ鎧を装着して軍衣である群青色のサーコートを羽織れば騎士の出来上がりだ。


「よく似合っていますよ」

「そうかな? 鎧に負けてない俺?」

「大丈夫ですよ、私の騎士様」

「騎士か、俺が信仰に篤くないと知っているだろ。そんな俺が名誉を頂いていいものだろうか」

「あらあら、弱気なことを。これからは拝月教徒二千万があなたを見るのですから、しっかりしてください」


 リリアンヌが微笑むので、察した俺は軽い抱擁を交わす。鎧越しであるのが残念な気分にさせてくれた。


 騎士というと王や皇帝に仕える職業戦士だと考えるものも多い。だが歴史を紐解くと騎士の始まりは宗教であったのだ。

 高い壁を作る技術も無かった古の時代──魔物の驚異から民を護るものが自然発生し、魔物のマナを取り込み、神の如き力を発するものはいつしか崇拝されるようになった。

 それが騎士。

 二つの月と御神イールヴァ・カティエルを崇める拝月騎士団は武によって起こった。千年も昔の話であり、当時は愛と平和のみを御大層に崇める他の宗教もあったのだが自然と滅んでいる。


 さもありなん。

 実利無き宗教など塵芥にも等しいのである。


 拝月騎士団は最初に従士と言われる騎士の側仕えから始まる。騎士の馬を世話し戦場では常に傍で戦う。出世すれば騎士になり、さらに目覚ましい功績を立てれば聖騎士となれる。

 その上の聖人はまさに天地を動かす神の使徒だ。聖人と聖女は同義なのでリリアンヌもこれに属するのだが、どちらかと言うと彼女は拝月教の喧伝目的で聖女になっている。


 だが、これからは本当の意味で聖女と言われるだろう。リリアンヌはこの数十日で前人未到の領域である〈大治癒グランドヒール〉を会得したのだ、あらゆる傷を癒やし欠損すら修復する神の御業。いま王国内で扱えるものは彼女一人のみだ。


「さあ参りましょう。皆さんがもうお待ちですよ」


 リリアンヌに導かれて謁見の間に赴く。

 椅子に座したクラウディアの前まで先頭として進む。一つ遅れてクリスタとリリアンヌ。その後方には騎士と従士が続いている。

 入口の方ではマティアスを始めとした見届人が息を呑んで見守っている。ステンドガラスから入り込む光が一団を照らし、さながら天上の風景となっていた。


「クリスタ ・ラウ」

「はっ!」


 片膝をついたクリスタがミスリルの剣をクラウディアに捧げる。クラウディアは剣を受け取り、厳かにクリスタの肩を剣で三度叩く。最後はクリスタが剣を受け取ってから朗々と誓いを述べた。


「汝に聖騎士及び副騎士団長の位を与えます」

「御神イールヴァ・カティエルと剣に誓い、ここに位を拝領します」

「クラウディア・ルーディ・ヘンデルの名において誓いを聞き届けよう」

「強きに屈すること無く民を護り、清貧に努め、魔の暗雲から教徒を救うために、この身と一生を捧げます」


 クラウディアが了承して、ここにクリスタは白亜宮の騎士長から、拝月騎士団の副騎士団長になる。同時に拝月騎士団が三百年ぶりに復活したことを意味しており、後方の見届人たちが感嘆の息を漏らした。


「リリアンヌ・ルフェーブル」

「はい」


 同じようにリリアンヌが誓いを立てる。既に聖女の位を持っているので、ここで言い渡されるのは拝月騎士団での役職だ。


「汝に治癒術師長の位を与えます」


 拝月騎士団の治癒術師のまとめ役。戦場においては後方支援の要となる、非常に歴史的意義の高い要職である。騎士団長より一つ役職は下だが、それでも十分に地位は高い。


「アンリ・フォン・ボースハイト・ラルトゲン」

「はっ!」


 俺の番だ。何度か練習した騎士の誓いを立てるのだが、分かってはいたが大きな問題──魔剣の嫉妬が発生した。ミスリル剣を捧げるのだが、俺が他の剣に浮気したことを灰なる欠月は執拗に攻め立ててくるのだ。

 頭痛、目眩、吐き気、視界が歪んですごく気持ち悪い。さりとて「体調が悪いので今日は帰ります」と騎士の誓いを中断は出来ない。そんな事をしたら歴史に名を残してしまう。


「……汝を聖人とします。また同時に騎士団長の位をイールヴァ・カティエルの神名の元、汝に与えます」

「……強きに屈すること無く民を護り、清貧に努め、魔の暗雲から……教徒を救うために、この身と一生を捧げま、す」


 いかん、鼻血が出そうだ。渾身の精神力で耐えると目元が熱くなった。感涙の余り涙を流しているのかと思ったのだが、手で拭うとそれは血涙であった。

 クラウディアの顔が引きつっているのは怒りからか。俺は前にも儀式礼典で恥をかかせたので二度目は許されないだろう。


「これは聖痕──神も言われております。今日、この日、拝月騎士団が魔を払う兆しとして──この男を遣わしたと。この血は神の痛み、聖人アンリよ、これからも謙虚堅実に務めを果たすと誓えますか?」

「御神イールヴァ・カティエルと剣に誓います」


 クラウディアが機転を利かせてくれた。

 どよめきが後方より湧き上がる。ああ、やってしまった。教皇のフォローが入ったが白亜宮の謁見の間を血で汚すなど、俺は何たる不心得者なのだろうか。

 立ち上がり剣を腰に差し、神と教皇に誓いを立てた三人で謁見の間を退出する。さぞかし見届人も怒っているだろうと、チラリと目線を寄越す。


「破壊と救世の御子……預言書の通りだ……」


 マティアスが訳の分からない事を呟いていた。後方の権力者たちも”信じられぬものを見た”とばかりに大口を開けている。

 俺は教典とか預言書の類はあまり読まない。そもそも興味が無いので読んだ傍から忘れていくのである。だから破壊と救世の御子と言われてもピンと来ない。


 救世はともかく破壊とあるから悪名だろう。少し落ち込むが、何とか俺たちの就任式は終わった。


 これで俺はお飾りの騎士団長となる。教皇と交わした十九の誓約の一つに”拝月騎士団の保護”があるので、俺自身は騎士団を取り込む必要があるのだ。

 クラウディアは言っていた。「為政者と対立する愚はもうしない。歴史に学ばされた」と。教徒の保護を第一に考えたクラウディアはこうして拝月教を売り渡し、俺は命を対価とした誓約により全力で護る羽目となる。


 互いが互いに全力で依存する。これが俺とクラウディアの出した答えであった。俺は内乱を防ぐための抑止力を得て、クラウディアは王家から拝月教を護る地盤を手にする。

 十六歳の小娘と小僧が出した策がどういった結果となるかは──後世の歴史が否が応でも証明してくれるだろう。

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