第118話 雑魚戦

 転移魔法陣でダンジョンの十階層へ潜る。


 総勢五十名近くでのダンジョン殲滅戦、だが殆どのものは付いて来られないだろう。魔物の露払いを頼むか、物資保管のキャンプ護衛など、それぞれ役割をこなしてもらうしか無い。

 十階層までは深い鬱蒼とした森の領域、だが十一階層へ続くであろう場所は大河で遮られている。沿岸には船が一艘あり、渡守だろうか背の高い老人がオールを片手に佇んでいる。


「渡るかね、渡らないかね」


「渡ります」


 不気味な老人だ。生気というものを感じられないし、そもそも人間かどうかも分からない。ダンジョン内に居るということは魔物もしくはダンジョンの維持をしている者だ。


 もしかすると以前に見たダンジョン維持を支えていた妖精と同質の存在なのかも知れない。

 怪しいが〈導きの結晶蝶ガイディングバタフライ〉は河向こうに渡ろうとしており、シーラが手を差し出すとゆっくりと戻ってきた。主の意向を伺っているようだ。


 ならば答えは決まった。


「我々を川向こうへ渡してください。船賃は如何程で?」


 答えはなく、船に乗るように目線で促される。

 船賃は不要。疑問は数あれど剣の柄を握りしめたまま船に乗り込む。老人はオールで岸を押して悠々と船を漕ぎ始めた。

 薄暗い水面、波紋が船の後ろに続いていくのをぼんやりと眺める。皆も不安げだが最悪の場合は帰還のスクロールを使って撤退すればいい。


 数十分たち、反対岸につく。


 一礼して降り立つと湿った土が靴裏にこびりつく感覚、薄暗い空のもとには大きな屋敷が見える。


「此処は、まるで魔術結界だな」


 ファルコが短剣に指を添えたまま呟く。


「空があったり無かったり、階段を降りたり魔法陣で飛んだりするからな。物質的な概念に囚われていないのではないか?」


「面妖な。だが重畳、魔術結界というのは内部を攻略する『道筋』が用意されているものだ」


 王宮魔術師も似たようなことを言っていた。独自の結界を作るならばあえて弱点を作るべきだと、そうしないと大規模結界を保てないのだと。魔術世界との契約とか何とか、高度すぎて俺には縁のない話だ。


「他に何もないし、シーラの妖精もあそこを示している。あの館にフルドとノワールが居る可能性は高い」


「ふむ、暗殺者の本領を一つ──見せてやる。〈影隠〉」


 不可視となったファルコが偵察に出てくれた。

 しばし待つと帰ってきて姿を現す。成果は有るようだ。


「恐らく娼館だな。部屋数と水回り、窓から覗き見た炊事場の規模からすると可能性が高い。窓からは子供の姿は見えないし入れない。防衛機構として石像鬼ガーゴイルが百ほど、どうする帰るか?」


「娼館……悪趣味な趣向だな……だが、帰らない」


 ふつふつと怒りが湧く。少女を娼館に拐うなど悪趣味極まるし、シリウスも顔に青筋が立っているから怒りの程は推し量れる。


「行きましょう主、戦士と騎士たちも河を渡ったようです」


「ああ」


 精鋭騎士と獣人戦士を合わせれば五十人はいる。

 騎士と戦士で分かれて陣を組む。騎士はクリスタを中心として囲うような方陣、戦士は二人一組となり槍を構える。

 館の正門前に進むと、シリウスが手で合図を出してきた。敵襲の探知──クリスタが騎士に下知を出し、シリウスも同様にした。


石像鬼ガーゴイルが来るぞ!」


 一人の騎士が大声を上げる。他の騎士たちは示し合わせたよう腰に下げた戦鎚を片手で持った。


 館の一部として擬態していた石像鬼ガーゴイルの群れが雲霞の如く湧き出してくる。シリウスが大弓を引き絞り、教皇領製のミスリル矢を射出する。


 ──それが戦闘の開始を告げる嚆矢となった。


 騎士は空から来襲する魔物を戦鎚で砕き、獣人戦士は槍で貫く。石の砕け散る音がそこかしこで響き、俺自身も苦戦している場所へ飛び込む。


「ギぃャアッ!」


 戦闘の混乱で孤立気味になった騎士の腹部に石槍が突き刺さり、勢いよく吐血した。助けに行こうかと思った矢先、殺到した魔物により殺害される。


 死体が光の粒となって消える。これで一名、石碑の部屋送りになってしまった。


「密集しろ! 陣を絶対に崩すな! 突撃に備えろ!」


 クリスタの命令を聞いた騎士が動く。自らの傷を〈軽治癒ライトヒール〉で癒やしながら戦鎚を振るう姿が見える。

 だが、まだ弱い。この階層で戦うには強度レベルが足りない。獣人戦士はまだ幾分か余裕があるようだが、重症を負っているものが散見される。


「リリアンヌ、獣人戦士の治療頼む。終われば騎士たちに補助魔術をかけてくれ」


「はい!」


 飛んでいる魔物に〈血刃〉の刃を飛ばし両断。五体ほど仕留めると襲撃の頻度も落ちてくる。だが屋根の上から投槍してくる一団が厄介に過ぎる。

 ファルコが「殺れ、獣人野郎」と言い矢に細工して爆薬を括り付けた。シリウスは頷き、爆弾矢を引き絞り宙の魔物に正確に当てる。


 爆発と轟音。

 鼓膜が破れそうなほどの衝撃。

 三体の魔物が石片を撒き散らしながら死んだ。だが警戒を強めた残りが屋根の上に消える。


「おじさん! 屋根の上にいる魔物を仕留めるぞ。付いてきてくれ!」


「応よッ!」


 わずかな凸凹を掴んで館の外壁を登る。屋根には十体ほどの石像鬼ガーゴイル。石槍をこちらに向け、全てが石の翼をはためかせて宙に飛んだ。


「スクロールを使う! 耐えろよ!」


 道中で拾った重力のスクロールの効果を顕現させる。

 ズン──と屋根の上で莫大な重圧が発生して全てを地に貼り付ける。魔物は手足をバタつかせるが動きはままならず、今なら何とでも出来る。


 体の骨が軋むほどに動きづらいが一歩ずつ歩み、魔物に止めをさす。後ろを振り向けばおじさんが体を引きずるように一体ずつ仕留めている。


「老体に……これは……辛くありますな!」


「だが効果的だ。早く仕留めて戦線に復帰しよう」


 スクロールの効果が切れるといけないので急いで魔物を斬り、足蹴りで砕いていく。


 屋根の闘いが終わったので上から戦況を俯瞰。シーラは戦士に守られながら治癒ポーションでの治療をし、時たま何かしらの薬品を投げつけたりしている。石が溶けていることから錬金術製だろう。

 戦果はかなりあるが、危険なことに変わりはない。やはり置いてくるべきだったかという後悔が襲ってくる。


「殿下、あれを殺りましょう」


 ひときわ大きな石像鬼ガーゴイルが正門前で暴れている。

 あれが一番の大物だ。屋根から飛び降りて、落下の勢いのままに縦に斬りつける。


 一閃。

 羽が砕け散る。


 石の喉を震わせて石像鬼ガーゴイルが吠えた。

 騎士が萎縮したように後ろずさり、一人の戦士も生唾を飲んで遠巻きに見ていた。


「殿下! 鍛錬の成果を見せてくだされ!」


「おうっ!」


 魔物が迫る。

 音よりも早い石槍を紙一重で避け、片手を添えて後方に引っ張る。すると勢いを制御できない魔物は体勢を大いに崩した。


 石の体に右手を添えて、右足で足元を払い、体幹と膂力そして敵の勢いを全て利用して背負い投げる。

 技は成功し、石の巨躯を轟音とともに叩きつけた。


「ぬう、まさしくあれは体技・絡手上下迷子!」


「なんだそれは、老人」


「我が家に伝わる合戦技法で御座います。ふふふ、及第点と言ったところですかな」


「何流なんだ、勿体ぶらずに教えろ」


「くはは、ファルコ殿と言えど流石にそれは御免こうむる」


「…………」


 聞き流す。技を出すときは技名を叫ぶのが作法だとか何だとか、いろいろと言われるが無視だ。倒れ伏した石像鬼ガーゴイルの石槍を足で抑え、喉元を剣で突き刺す。

 何度も、何度も、少しずつ石を穿っていけば次第に動かなくなった。勝利を認めた戦士たちが鬨の声を上げ、騎士たちも疲労困憊だろうか、肩で息をしていた。


 戦闘の終結を悟ったシリウスとクリスタが負傷者数の確認を進め、リリアンヌとシーラが重傷者に治療していく。


 負傷者は快癒、だが死亡者は二十一名。殆どが騎士だ。

 これは戦力の半分近くを逸失した事を意味する。やはり十階層以降は半端ではない、彼らは一流の職業戦士であると言うのに。


「準備急げ!」


 正門前をキャンプ地として物資の準備が進められている。すぐに救出隊を組んで出発するべきだろう。蘇生して戻ってくる兵たちを待つ時間が惜しい。


「フルド、ノワール……」


 館の正門がこちらを見据えている。まるで腹を空かせた獣が、弱った獲物を見つめているような──そんな錯覚を覚えさせられた。





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私事ですが報告があります。

カクヨムコン5受賞の件:https://kakuyomu.jp/users/hunazu/news/1177354054897749496

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