第111話 ゴブリンスレイ
正門前のサレハたちと合流する。
クラウディアとクリスタ及び精鋭騎士十名の一団は今まさに出発の間際であったので、手を振って己の存在をアピール。俺も付いていく旨を伝えると、サレハが泡を食って中央庁舎の方へ走っていった。
怪訝に思いながらクラウディアに話しかける。
「どうしたんですか弟は」
「さぁ……? お兄ちゃんと出かけるのが恥ずかしいんじゃないかしら。あの位の年頃の子は気難しいから」
「そうであれば悪いことをしてしまった」
「まあまあ少し待ちましょう。仕事をほっぽり出すような子じゃ無いでしょ」
「そうですね。サレハは真面目ですから大丈夫です」
武具を確かめつつ行き先を聞くと、近くにあるゴブリンの巣だと言われる。なるほど、試しとしていいだろう。そもそも生活圏内にゴブリンの巣がある事自体が大問題なのだが仕方ない。
足音──感心顔をしているクリスタが横に並んでくる。
どうやら褒めてくれる雰囲気。久しく、懐かしい。
「騎士たちが言っておりました。殿下の心構えは素晴らしいと、ダンジョン入口前の頭蓋骨ですが──あれは死を思いつつ使命を果たせという、強い意思の表れなのでしょう?」
サレハの帰りを待ちつつ世間話を進めていると、塩交易と王国内の魔物退治の話に移り変わる。クリスタは軍学を学んだ秀才なので話はぜひ聞いておきたい。
「一見、関連の薄い二つの大目標ですが私は素晴らしいと思います。塩交易により経済影響力を深めて、何なら北方オルウェの塩も視野に入れれば王国内で絶大な力を持てます」
「そうそう。エルフの国ともつながりを持ちたい」
「ですが本命は違うのでしょう? 私は殿下の大器を測りきれてませんでした」
「本命……だと?」
「ご謙遜を。魔物退治を大々的に進めるということは、魔物からマナを奪い力を得る機会を我々で独占しようという戦略だと理解しております。我々の教義を満たし、なおかつ勢力としての基盤を強固とするとは、殿下が敵で無くてよかったと我々一同は胸を撫で下ろしています」
そうだったのか。魔物がいなくなれば王国民が助かるかな、あと塩交易路が安全になるかな、という程度の考えだったのだが。
取り敢えず得意気に含み笑いをしておくことにした。尊敬を一身に集めている感覚が俺に冷や汗を出させる。
「おっ、サレハだ」
遠くからサレハが小走りで戻ってきた。
後ろには背負い袋を持ったシリウスもいる。
「主よ、出られるなら事前に言って貰わねば困ります。夕餉の支度などありますので」
「ごめん。次から気をつける。で、用事があるのか?」
「ありますね。大いにあります」
シリウスが背負い袋に手を突っ込む。すると見慣れぬ神々しい
シリウスが俺に袋を背負わせる。
「これは
シリウスの次はサレハ。
ゴツゴツとした黒い石を手渡される。
「これは
次は緑水晶で出来た二枚貝だ。
「
さらに金属製の水筒を腰につけられる。
「砂漠とか水場がない所、それと普段使いとして
もう好きにしてくれという気分。
さらにサレハが首飾りを俺に進呈。
紫の鮮やかな石が、見事な意匠で象られている。
「幻惑、魅了、精神支配などの恐ろしい効果を防ぐ
頷くと、最後だと言われる。
足元にサレハ、腕にシリウス、なにやらゴソゴソと武具を付けられる。
「主よ。これはどんな悪路でも踏破出来る
「ああ、ありがとう……だけど俺はダンジョン報酬は有意義に使えって言ったよな?」
「これも有意義……主が死ねば我々は路頭に迷い、というのもありますが心配なのも事実。きちんと昼食は摂られましたか? 外出先で餓死されては困ります」
「過保護すぎる。ゴーレムや防衛兵器とかにもっと注力してほしい」
「聞こえません。ええ、聞こえません。独り言ですが強力な
眉をしかめつつ頷く。安いのであれば仕方がないのだろうか。
サレハが褒めてほしそうなので頭を乱暴に撫でる。
嬉しそうに目を細めるサレハを見ると怒る気も失せた。
「ちょっと外に出てくる。夕飯までには帰るから」
「はい、お待ちしております。どうか武運長久を」
正門が開き、一団で草原に出る。
背後でシリウスが「計画の第一段完了……」と呟くのが聞こえたので、次は邪魔してやろう。
◆
草原に出て少し。
振り返れば騎士や獣人戦士に護衛された大工衆が、オーケンの指示で建築を進めている。まずは家と防壁、第一防壁の内部は二百人が定員なので第二防壁が必要となる。
「敵襲ー! 射弾観測準備よし、ってーーーー!」
獣人戦士が叫ぶ。
すると大工衆に近づいてきた哀れなオーガ五体が
オーケンは何食わぬ顔。
むしろ新人大工の仕事ぶりに興味が行っている。
「ごるぁありゃあっ! そこの坊主! ノコの姿勢がなっておらんっ! つま先を斬り落としたいのかボケナスがあっ!」
「すんません親方ぁっ!」
「怪我したらどうするんじゃっ! ひっぱたくぞっ! 姿勢と持ち方はこうじゃいっ!」
ブチギレである。
放っておこう。
草原を徒歩で数時間進めば、目の前に斜めに走る大穴が見える。ここからはよくゴブリンが団体で出てくるので困っていたのだ。川の水で水没させようかとも思ったのだが、ゴーレムの土木の手は建築に使いたいので後回しになっていた。
推定ゴブリン数は千体以上。縦横無尽に走る穴と罠の数々を備えた、狡猾な魔物の巣であり、もし一掃するならば一軍を差し向けるべきだろう。
騎士が布の包を解いて
クラウディアが目線で了承の意を示すと、サレハに手渡された。
「ちょっと使ってみますね。マナの器の大きい僕が使うのに向いているらしいです」
「使用時の反動が凄いから俺も手伝おう」
聖槍を挟んで二人で準備。念の為に力の強い騎士も四人ほど参加させた。クリスタが物知り顔で顎を指で支えている。
「〈龍閃〉を放つ際ですが、魔法陣の数で魔術師として力量が分かります。あの山羊頭の悪魔は七つでしたが……」
あの珍妙な光線は〈龍閃〉と言うらしい。
サレハが深呼吸をしてから聖槍を力強く握り直す。
「行きます!」
聖槍の先端から十の魔法陣が顕現する。クルクルと回りつつ、莫大なマナをサレハから吸収しているのだろうが苦しげな様子は見えない。
「教皇猊下! 十です。これで聖人ラトゥグリウスに並びました……何という……!」
「そうねクリスタ、さすが王族と褒めてあげたいわ。けどまだ並んだだけ……大丈夫よ」
聖槍が指し示す方向──ゴブリンの大穴に向けて照準固定。サレハが深く息を吸うと、なんと更に魔法陣が五つ顕現した。
「イヤーーーー! 抜かれたーーー!」
クラウディアの悲鳴。これで十五の魔法陣による〈龍閃〉が発動するのだが、なんともマズイ。俺たちの腕力で支えきれるのか。
「行けるか……?」
──地面が鳴動する。
大気が震え、誰かの唾を飲む音がいやに大きく聞こえる。
手汗を拭き、再度聖槍を力強く握り直す。
灰なる欠月以外の武器を俺が使っているが、
出来れば基準を文章にしたためて残してほしい。手助けは大丈夫なのか。それとも剣ではなく槍だから許されているのか。
聖槍の先端が小刻みに震える。
「行きますっ!」
サレハが吠えると〈龍閃〉が発動。
紫の破壊的な光線が眼前を支配した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます