第110話 パンとスープ

 五回ダンジョンに潜り五隊分の第一回育成を終えたので、しばしの休息を防壁の上で取ることにした。みんなゲッソリしていたし、死んでしまうものも多少は居たが仕方ない。


 この世知辛いご時世、魔物から人民を護る騎士になりたいのであれば、命を賭金として博打を撃つくらいの気概は必要である。

 事実、騎士や従士の精神性は戦闘や死によって揺らいではいない。落ち目の拝月教──没落的かつ正当なる指導者である教皇に与しているのだ。全てを覚悟の上なのだろう。


 防壁に繋がる階段を登る。そして狭間胸壁が作る影に隠れれば、夏の日差しが避けられ、なおかつ吹き込む風が体温を下げてくれる。


「すこし、疲れたな……」


 風の音を聞きながらしばし待つ。するとシーラがゆっくりと階段を登ってきた。手には小ぶりのかごが一つ。


「お話ってなんですかお兄さん?」


 左手に嵌められた指輪を一瞥し、隣に座るように勧める。


「ああ、最近は外に出てばっかりで話す機会が無かったから、世間話でもどうかと思って」


「嬉しいです。ホントに……外でのお話を聞かせてくれますか」


 背後から喚声が聞こえたので二人で振り返ると、獣人戦士が大弓で鳥型の大型魔物を撃ち落としていた。羽が撒き散らされ、ズサーと地面をえぐる。


「白亜宮だったか。中々に興味深いところだったよ。白の大理石で出来た荘厳な宮殿は綺麗だったし、雪の寒さにも驚いた。ケガをしている人も多かったけどシーラの治癒ポーションのお陰でみんな助かってたよ」


「お役に立ててよかったです。お兄さんはケガは──してそうですね。無茶をしたから首輪をしてるそうですから」


「多少の無茶はしたが、多少だぞ? それにこの首輪もシックリとしてきた。もう皆も慣れてしまったんだろうな、何の反応もしてくれないのが寂しいくらいだ」


 シーラが口元を手で抑えて、クスクスと笑う。

 しばし近況報告と世間話をしあってから、ポーションやスクロールの作成についても聞く。どうも素材が足りないようで、技術自体はすでにクリカラから教わっているらしい。


「必要な素材とかはあるか?」


一眼梟モノ・オウルの羽が欲しいですね。転移と帰還のスクロールの材料なんです。師匠に聞いたんですけど中々手に入れるのが難しいらしくて」


「分かった。外に出たら探してみよう」


「また……お外に行くんですか……?」


 シーラが困り顔を見せて、すぐに俯いてしまう。

 なんと言っていいのやら。俺には万民を魅了する王器も無ければ、特殊な技能スキルも無い。外に出て、足で稼ぐしか取り柄がないのである。


「師匠が言っていました。森人エルフには長い寿命を、只人ヒュームには短い寿命を与えたと。種の多様性……とか言うらしいです。ずっと考えていたんですけど、お兄さんだって只人ヒュームなんですよね……」


「そうだ。長生きできてもあと五十年くらいか。何もしないには長いが、大事を成すには短すぎる。俺たちを創ったエーファの民ってのは意地が悪い」


「師匠もオーケンさんもいい人ですよ……あの、森人エルフと同じ寿命を持てると言ったら……お兄さんは喜びますか?」


「七百年くらいか、長いなあ。いや長生きできれば、長く王国を見張れるから良いかもしれない」


 言うや青水晶の様な瞳でこちらを見つめられる──純粋で素朴だ、だがふと気づく。シーラがアーンウィルに留まるとなれば、ずっとこれから、先に亡くなっていく知り合いを見守る事になるだろう。


「……シリウスさんとサレハさんは頻繁にお兄さんの事を話してます。心配ですとか、ちゃんとご飯を食べているか──怪我をしていないか……最近では遺物アーティファクトでお兄さんを強化する計画も立てているらしくて。良かったですね」


「何もよくない! 遺物アーティファクトは領地防衛と発展に使えと言っていたのに……。全く仮にも俺は領主だと言うのに……やはり威厳がないから子供扱いされてるのか」


「それだけ心配なんです」


 淋しげな顔をまたさせてしまった。


 シーラの故郷を戦火に巻き込んだボースハイトの男として、責任を持って娶る──というのは違う気がする。

 好きとか嫌いとか、誰が言い出したかは知らないのだが、何でもかんでも婚姻や色恋沙汰にくっつけて考えるのは違う。


 ──幸せになって欲しい。

 ──いや違う。

 ──俺が幸せにするのだ。


「唐突だがシーラの幸せってなんだ?」


 俺はその幸せを昇華させて、より良い人生計画をシーラに提供する。罪滅ぼしではない。俺個人がそうしたいのだ。


「私は皆で一緒に、ご飯を食べるのが幸せです」


「ささやかだな。もっと贅沢な幸せを教えてくれ」


「贅沢ですよ。お姉ちゃんがいて、フルドさんがいて……師匠はご飯を食べられませんけど、私たちが食べているのを楽しそうに見てて、たまにオーケンさんも来て、師匠と喧嘩するんですけど、最後はみんなで笑って食卓を囲んでいるんです」


「…………」


「もうお昼ですから、お兄さんもお腹へってますよね?」


 シーラが籠のふたを開けると中には昼食が入っていた。切り込みが入った細長いパンに肉が挟まれている。説明を聞くとヤギ肉を使っていると、鉄瓶には暖かな野菜のスープ、それと二人分の食器。


「はい、どうぞ」


 二人で言葉もなく、もそもそとパンを齧る。


「行楽──とは違うが、野営以外でこうやって食事をするのは初めてかもしれん」


「えへへ、嬉しいです」


「ははは」


 悪戯っぽく微笑まれる。朱に染まる頬を見て、時が止まったかのような錯覚を感じた。


 可憐だと思う。白百合のような清廉さ、気高く、触れてしまえば壊れてしまいそうな儚さ。


 だがそう思うのはリリアンヌに対しての浮気、冒涜である。

 不義には鉄槌を、悪徳に栄えなし。

 不浄なる男には、血と石の制裁が必要だ。


「──ふんっ!」


 背中に当たる狭間胸壁に後頭部を打ち付けることで罰とする。ドガンと音がして胸壁にヒビが入ったが、俺自身には毛ほどの痛痒も無い。


「ど、どうしたんですか、急に!」


「自身の半生を鑑みてたんだ。結果、こうなった……」


「ぽ、ポーション! 頭を出して下さい!」


 頭髪を手で触られ、傷跡を探されるが見つからなかったようだ。体を鍛えすぎたのが仇となったか、俺は自分を罰することすら出来ない。


「お兄さんはたまに情緒が迷子になりますね……お疲れですから暫くアーンウィルで静養してください」


「ああ……遠出は控えよう」


 食事を再開し、またパンとスープを頂く。滋養ある食事が心と体を満たし、明日への活力を生み出してくれた。食器を籠に戻してシーラに礼を言う。


 そして立ち上がる。

 膝を払ってシーラに向き直る。

 心に決めたことが一つあるのだ。


「俺はシーラの幸せを守るよ。みんなで笑って食卓を囲めるように、アーンウィルをもっと発展させて、どんな敵も寄せ付けない無敵の都市にしてみせる」


 シーラが頷く。


 シーラの幸せを守ろう。大切にしているものが重なるから、俺が手助けしよう。


「まずは近隣の魔物を倒し回って生存領域を広めてくる。待っていてくれ」


「はい。一日以内に帰ってこられる距離でお願いしますね。あとお供は絶対につけて下さい」


「ああ、任せてくれ。こう見えて、そこそこ戦えるんだぞ俺は」


 正門の方を見やればサレハと教皇の一団が準備をしている。

 布に包まれて厳重に守られているのは竜殺しの聖槍ホーリー・ランスだろう。試しに使うと言っていたから、護衛として参加しよう。

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