第109話 レベル上げ
いつの間にかシーラとリリアンヌが仲良くなっていた。
二人で話している様子はとても和やかで、まるで二輪の花が寄り添って咲いているようだ。何を話しているかは知らないが、まあ世間話とかだろう。
それとシーラの指輪が左手に嵌められていた。
気づいたのは会話の中で、理由はおぼろげに分かる気がする。だがシーラは本当にそう想っているのだろうか。生活の糧を俺に頼っており、とても特殊な環境である今では額面通りには受け取れない。
幸せになってほしい。
だが人生の選択は公正にして欲しいのだ。
俺を好きになるしかないから、好きになった。
それではシーラの人生がどん詰まりになってしまう。
シリウスに相談したら「早く二人とも娶って落ち着いてくださいと」と、オーケンには「孫的存在の顔が見たいのう。いやひ孫かの」と、クリスタには「殿下の血の特異性に鑑みると後継者として子供は多すぎる方が良いです」と言われた。
皆は結婚というのを軽く考えている。
俺は憤懣やる方なしである。
王族だから好き勝手に出来るとは思いたくない。
力を求め、財貨を集め、多くの妻を娶って──まるで父のようだ。俺は違うとどれだけ大言壮語を吐いても、己の人生が父の影を追うようであると最近気づいた。
セヴィマールに会いたい。
あの男ならなんと言って俺を罵倒するだろうか。
◆
やることをやろう。
騎士たちの育成はもう始まっているのだ。
「えー、君たちは……俺も含まれていますが、まあ我々はここではクズ以下の糞袋です」
オッサの地下墓所の入口で演説をブチかまし中。こちらを怪訝な目で見る騎士たちに一発かましているのだ。数は五人で中には騎士エーリカも含まれている。
ナスターシャなどの経験が浅いものは始まりの試練で手厚く
「殿下! 異議を申し立てます! 我々は多くの魔物を倒しており、強さにはそれなりの自負があります!」
ミスリル鎧を着込んだ同年代の騎士が手を上げて申し立て。俺は鷹揚に頷いてから言葉の先を勧めて、一通り主張を聞いておく。
確かにそれなりに強い。
彼女の
だが強いかどうかと言う問い──答えは否である。このダンジョンにおいて
エーリカが一歩前に出る。
「傾注! 殿下のお言葉をよく理解し戦闘に当たること! 我々は偉大なる御神イールヴァ・カティエルの尖兵、拝月の戦士である。死を恐れず使命を果たして神と教皇猊下の御心に沿うように、一同奮起せよ!」
頼りになる。エーリカはただ卑猥な妄想をするだけの淑女では無いようであり、胸に秘めた使命感に感心する。俺は神や王に仕える者では無いが、誰かを信頼して仕えるというのも羨ましいものだ。
「では行こう。三回くらい死ねば見えるものがあるが、できるだけ死なないように。沢山死んだものは精神的安寧のためにガブリールに抱きつくことを許可しよう」
「は、はっ!」
鎧をガチャガチャと鳴らしながら進む。ここは
仄暗い、長い長い回廊であり、時たま棺が安置されておりそこから
騎士たちは
治癒魔術を使える騎士とこのダンジョンは相性が良い。そもそも拝月騎士は自らを回復しつつ、有り余る身体能力と多彩な武器で敵を殲滅する集団なのだ。
戦闘が始まり、すぐに終了する。
十体もいた
深い呼吸を吐く騎士たちを横にして、俺は微笑んで先ほど見つけた召喚の罠を踏み、十体の
「罠が壊れるまで戦おう。頑張ってくれ」
「えっ……?」
「大丈夫だ。休息は後で取る。このダンジョンを踏破するまで一人あたり百体は狩ること」
絶望顔の騎士たち。
俺自身の
十二本の腕でブロードソードを乱雑に振り回してくるので、紙一重で避けつつ腕を切り飛ばしていく。
眼窩から覗く紫光が恐ろしげだが、宝物殿の悪魔と比べると雑魚だ。
最後の一閃を繰り出す。首がぽろりと落ちてくるので踏む潰して討伐。周りを見ると戦闘中のようなので、危なげな騎士がいればそれとなく補助する。
しばし後、戦闘が終わったエーリカが肩で息をしながら話しかけてきた。
「お伽噺に出てくる王子様は……みんな優しいのですが……」
「俊馬に乗って姫を助ける王子では無いからな俺は。諦めてくれ」
「そ、そうでしたね……。いえ! 甘えは騎士には不要でした! もっと鍛えて下さい殿下!」
素晴らしい。なんと素晴らしいのか。
もちろん死ぬ気で鍛える。
ダンジョンの外で死ねば、本当に死ぬのだ。
だからここで死ぬほど厳しく鍛えるのは必要である。
「ああ、この地下墓所は六階層あるから頑張ろう。大丈夫だ、俺が先行して罠は全て引き受けよう。君たちは死ぬ一歩手前の強敵と死闘を繰り返すだけでいいから」
「…………は、はい!」
やはり強敵と闘い、マナを己のものとするのが強くなる近道である。
「他の隊も鍛えたいから休息以外は強行軍となる。死なない程度に死ぬほど頑張ってくれ」
げっそりとした顔の騎士たち。
だが不平不満を言わないのは偉い。
その後も六階層分の敵を全て鏖殺して進んだ。
装備をダンジョン内で強化しつつ踏破すれば、
二百名近くいる騎士たち全てを鍛えるのは大変であるが、シリウス達と分担して進めれば、それほど日数は掛からない筈だ。
ダンジョン入口の階段を上がると、騎士たちが剣の鞘を支えにして膝をつく。目に生気が感じられないので肩を貸して慰める。
「お風呂があるから入ってくるといい。俺も死臭が染み付いているから後で入る」
「ありがとうございます……うぅ……疲れで吐き気が……」
騎士たちの生まれたての子鹿じみた足取りを眺めつつ、今後の予定に思いを馳せる。
ふと考える。
リリアンヌはどうしているだろうか。
今頃はゴーレムとともにハーフェンに趣き、修道院の治癒術師である修道女一五名、及び孤児二十名と一緒に帰ってくる手筈だ。
彼女たちは今後このアーンウィルに住んでもらう。もう俺の一派であると王国には知られているはずなので、外に残すのはあまりに危険である。
修道院の護衛を任せていたクロードたちへの謝礼も渡している。ベルナはこちらに来るだろうが、クロードは恐らく来ないだろう。
「クロードは面倒なのを嫌がるからな……」
「な、なにか言われましたか殿下……疲れて耳鳴りが酷くて……」
「いや、なんでも無い。独り言だ」
それと、落ち着いたら聖地巡礼の保護事業も進めたい。
ハーフェン伯のマティアス卿も渇望していたし、何かと誼を作っておくのも悪くない。だが、あの人は信仰深いただの善人ではなく、貴族社会で生き抜いてきた怪物であるのだ。
敵に回すと怖い。
俺が白亜宮に赴くと言った時、彼は軍兵を出すと言っていた。頷いていたらどこぞの草原で討たれて派閥に入る口実にされたかもしれなく、違うにしても恩を着せられて塩交易が不利になっていた恐れもある。
近い内にアーンウィルの人口は五百人近くになり、教皇領を全て取り込めば一万を超えるのだ。
勢力バランスを考えて動かないと危ない。シリウスとクリスタを頼りにしてよく相談しよう。
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