第76話 塩

 正門を通りハーフェンに入る。ゴーレムの巨躯では裏道を歩けないので、大通りを荷車を牽かせて進む。俺が王族であることはハーフェン伯の使いが証明してくれたので、話し合ってひとまず衛兵詰所で待つことに決めた。後で正式な迎えを寄越してくれるとの事だ。


 大通り。

 かつては冒険者として歩いた道。物珍しいと言った感じでゴーレムを眺める人たち。ゴレムスが近づいてきた子供に「警告──前方注意」と話しかける。喋るゴーレムを見て人々がポカンと口を開ける──信じられぬものを見たと。


「それで井戸から死体を、いや骨を引き上げたのです」


「ど、どうなったのでしょうか」


「お察しの通り被害者の骨でした。ですが侍従は驚いた事でしょう。被害者は一人であったのに骨はどう見ても二人分あったのですから」


「おぉ……聞きしに勝る壮絶さ。殿下は話し上手であらせられる」


 壮年の衛兵が何度も頷く。


 最初はほのぼのとした小咄で衛兵を喜ばせていたのだが、二十分も持たずに話の種が枯渇。最終的には血なまぐさい実体験を喋る他無かった。これなら何時間でも話せる。


 噂を聞きつけたのか様々な人が見物に来る。積み荷の内容を問われることもあるため「塩が入っています」と告げる。喜色を浮かべる人が多い。只でさえ塩が不足しているのだ。嬉しい知らせなのだろう。


 詰め所に着いたのでゴレムスとガブリールを入口前で待機させる。


 衛兵の詰め所、椅子を動かすと石を引っかく音がする。入り口に群がる衛兵たち。珍しい動物を見るような眼差しである。珍しいことは珍しいのだが。


 衛兵と話して暇をつぶしていた所、一時間もしない内に来訪者が現れた。


「失礼いたします」


 衛兵たちをかき分けて入ってくる男性。


 紺の肌着に黒いタイツ、ゆったりとした上着を纏う男性。見たところ貴族である。ハーフェン伯のマティアス、もしくは家中の者。


「この様な粗末な場所で殿下をお待たせした無礼をどうかお許しください。ハーフェンの領主、マティアス ・フォン・タウト・ハーフェンで御座います」


 一礼するマティアス。

 虚飾を省いた服装。だが胸につけられた杖と月が象られたブローチは拝月教の敬虔な信徒であることを表している。


「直接お話をするのはお互い初めてですね。アンリ・フォン・ボースハイト・ラルトゲンです。急な訪問にも関わらず、当主が御自ら来て頂けるとは光栄です」


「何をおっしゃいますか。ラルトゲン王国に捧げたこの身、王家の方がおられると有れば飛んで参ります」


 両手を広げて喜びを表すマティアス。貴族らしい立ち振舞だ。だが俺を信用していないのは見るだけで分かる。探る瞳──なぜ俺はこの場にいるか、何が目的で来たか、突き詰めようとしている。


「どうぞ私宅の方にいらして下さい。旅の疲れを癒やして頂ければと思います」


 マティアスは衛兵を碧眼でギロリと一瞥する。少し太り気味の体躯は温和そうに見えるが、眼差しはそうでもない。顔を青くした衛兵は部屋から退出していった。入り口で覗いている者たちと一緒に。


「ご厚意感謝します。ですが宿を取っておりますのでお気持ちだけ頂きます」


「それは残念です……」


 邸宅に泊まると暗殺対策が大変なので断る。どうしても食事が必要な際は布に染み込ませた各種ポーションが活躍するだろう。舌の裏にでも仕込んでおけばいい。


「領地拝領の噂はかねてより聞いておりました。使いの者も出せずに申し訳ありません」


「いえアーンウィルは魔物が多き地、マティアス殿の部下がいらぬ危険に合う必要はございません」


「アーンウィル……なる程なる程。してこの後のご予定は?」


 思惑を図ろうとしている。

 大量の荷物が気になるだろう。あとゴーレムとガブリール。貴族にしては直接的に聞いてきたなという所だ。もしや焦っているのだろうか。


 喋るだけで疲れる。貴族同士の会話というのは本題を遠くに置く悪癖がある。本音を隠して話芸で利益を引き出す手練手管。俺に欠けているものだ。


「塩の袋を交易品として持ってきたのです。どこぞの商会にでも売れればと思うのですが」


「庶民同士の売買であれば自由ですが、領地同士の取引となると難しいですな。殿下はまだお若きゆえ父王にもお伺いを立てませんと」


 伺われると困る。

 最悪の場合は塩の採掘権を没収される。


「もう十六歳になりましたので父の保護からは離れているのですよ。あの魔物多き不毛の地を任されたのはその思いあってこそ。ですが……マティアス殿のご懸念も分かります。ご迷惑となるのなら手頃な商会と友誼を結ぼうかと思います」


「お待ち下さい」


 席を立とうとしたところ引き止められる。王族のイザコザに巻き込まれたくは無いが塩は欲しいのか。冒険者であった頃にいろんな店を見たが、塩の相場はかつての五倍以上に跳ね上がっている。


「いやはや手厳しい。分かりました殿下、正直な気持ちを申し上げます。これ以上商会ギルドを潤わせるのは不本意なのですよ。塩は是非とも欲しいのです」


「そうなのでしたか! 私も不勉強なもので塩など有り余っているのかと思い、いささか不安だったのですよ。いやあ嬉しいです。しかし……そうなると少しマズイことをしてしまいました」


 少し嘘を混ぜる。


「なにか御座いましたか?」


「衛兵詰所に来るまでに塩袋を運んでいることを知らせてしまいました。商会の使いも居ましたね」


 目元がわずかに動く。「何しやがったボンクラ王子が」とでも思っているのだろう。領主も人気商売。不足している資源を独り占めなどすると民衆の不満も高まる。商会ギルドも公正公平をお題目に口うるさく介入してくるだろう。


「申し訳ありません。世俗に疎いせいでマティアス殿にご迷惑をかけてしまいました」


「いえいえ迷惑など、とんでもない」


「一度商会ギルド長などの有権者一同を招きませんか。そこで公正な取引であることを示し、皆の前で契約を交わしましょう。もちろんマティアス殿が取引に前向きであるならばですが」


「むうん……」


 領主同士の密約でなく、多くの者を証人として契約を交わしたい。ただでさえ立場が危うい俺。約束を反故にされては敵わない。


「交易量とレートが分かれば皆の不満も減るでしょう。我らは公正な取引をして、民草はマティアス殿の御厚情により塩が安定供給される。有情なご差配によりお立場はより盤石なものになるかと」


「そうかもしれませんな」


 取引をする、しないの話でなく、どうやって契約を結ぶかの話にすり替える。マティアスは乗ってくれているのか、それても乗っているふりをしているのか。よく分からん。人心というのは荒波に揺れる草舟のよう、まるで読めない動きをする。


 言い方は悪いがハーフェンという都市自体をアーンウィルに依存させたい。もちろん王国の為になるという必要条件もある。アーンウィルの価値が高まるほど派閥連中は手を出しづらくなるだろう。そのための塩取引。取引相手は大きければ大きいほうが良い。


「では、後日に使いの者を出しますので宿をお教え下さい。それと塩ですが一時的に倉庫に入れるのが良いでしょう。場所はこちらです」


 宿泊先と倉庫の場所を教えあってからマティアスと別れる。別れ際の話もまた長く疲弊させられた。貴族というのは口が何個付いているのだろうか。俺には一つしか無いというのに。


 詰め所を出て体を伸ばす。


 地面の上で寝息を立てるガブリール。俺を認めるとスクリと立ち上がる。足元にすり寄られるので歩きづらい。


「上手く出来たとは思うが、どうだろうか」


 ガブリールも首を傾げる。

 簡単に取引が出来るとは思えない。マティアスも戻ってから情報を集めるだろうし、利害関係者に相談もするだろう。いらぬ横槍が入ることも覚悟しなければ。


「宿に行こうか。ガブリールは馬小屋で寝るけど馬を食べないようにするんだぞ」


「ガウ?」


 また首を傾げる。他所様の馬を食べないように夜中に見に行こう。

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