第75話 捕虜

 空は高くジリジリと熱さが肌を焼く。ハーフェンまでの路、荷車を引くゴーレムと共に草原を歩いている。後ろを振り返る。アーンウィルはもはや見えない。


 百名の捕虜の拘束を解かせる。武装は解除済み、大してこちらは五十体のゴーレムとガブリール。今さら抵抗は出来ないだろう。


「ファルコと言ったか。お前たちはここで開放する。このまま行けばハーフェンに着くから好きにすると良い」


 返事は来ない。同じく鎖に囚われたドゥーガンが横に来てファルコに頭突きをする。怒っているらしい。


「こらファルコ! きちんと礼を言わんか!」


「痛い」


「申し訳ない。こやつも悪気はないのだ。ただ殿下のご厚意が分からず困惑しているのみ。どうか許してやってくれませんか」


 頷きながらドゥーガンの胴を縛る鎖を解く。まるで猛獣の口に手を入れるような緊張感。襲ってくることは無いと思うが怖いものは怖い。


 こちらを睨むファルコ。

 経緯はどうであれ任務を失敗した彼ら。今後の風当たりはキツイものになるだろう。俺を恨むのも当然か。横を見ると鎖を解かれたドゥーガンが肩をグルグル回している。


「我らを生きたまま開放するとは驚きですな。指導者たるもの非情な決断をするのも大切ですぞ」


「俺たちは敵同士ではない。敵同士になって欲しいという思惑が裏で動いているだけ。得をする人間を考えれば将軍たちを殺す気にはなれん」


「むむ、そう来ましたか」


 誰かが一人でも死んでいれば、こんなに甘いことは言えない。憎しみのままに彼らを殺して取り返しの付かない事態になっただろう。


「次は戦場以外で会いましょう」


「俺は王国の臣なので約束は出来ませぬ。一先ずシリウスは殿下に預けます。けして無碍になされぬよう。友であれ、配下であれ、彼は殿下の支えとなるでしょう」


「分かった」


「会えて良かった。報告を聞くだけでは人となりは分かりませんからな」


 ドゥーガンは足を引く隊員を背負いこちらに黙礼する。ファルコも部下を背負っている。隊員を見れば彼が尊敬される隊長であることは分かる。


「ファルコ、恨むなら恨め」


「恨みなど無い。負けたのみ」


 無表情、だが奥に隠された感情が見える。

 記憶が蘇る。暖炉に焚べられた薪で頬を焼かれたあの日。熱さと痛さよりも、何もやり返せない自分の不甲斐なさが、無力がただ悔しかった。あの時の俺もこんな顔をしていたのでは無いかと──そう感じた。


「仕える人間を選べないのは苦しいだろう」


「何を……言って……」


「ファルコが我慢している顔をしていたから喋りたくなった」


「…………」


 口が僅かに動いた。恐らく歯を噛み締めている。


「俺だって憎い連中がいる。何の後腐れも無いのなら皆殺しにしてやりたい。実際は出来ないんだけどな。すると困る人が多すぎるから」


ほだす気か。自分語りで同情を買えると思うな」


「いや違う。何と言うか……俺が話して楽になりたいと思ったんだ。ファルコだって不満はあるだろ。俺たちは主従でも友人でも無い。境遇が違えば敵同士でも無かった。少し話してみないか?」


「そうかもな」


「ムカつくだろ。利用した馬鹿どもが」


「ああ」


 ファルコが歯をむき出しにする。鋭い瞳、意思を感じさせる顔つき。フードから覗く黒髪を握りしめている。


「神の名を不当に使う者、俺たちを捨て駒扱いする者、たまに思うときがある。俺は短刀で奴らの首を切り裂けるのに、なぜ我慢しているんだろうと」


 少し俯き気味に零される言葉。不満を口にすると荷物が軽くなる気がする。俺はそうだがファルコはどう感じているのだろうか。


「……殿下の前で無礼をしました。助命頂いた事を感謝します」


 ファルコが俺から離れていく。あの方角はハーフェンへは行けない。渡した食料はあるが数日分しか無い。いや特務をこなす彼ら、人知れず補給できる手法があるのだろう。


「行こう皆」


「了承──追従します」


 ゴレムスが付いてくる。ガブリールも機嫌よく吠えて了承の意を示す。大量に積まれた袋入の塩。売り切れればかなりの資金が入るだろう。


 汗をかきながら進んでゆく。夜になれば袋の上で寝よう。歩けば、歩いた分だけ前に進める気がする。




 ◆




 ハーフェンの正門が見える。入り口で入市税の取り立てをする衛兵たち。ゴーレムを見て驚いたのか馬を走らせてくる。そりゃそうだろうなって気分。俺だってそうする。


 俺の前で三頭の馬が前足を上げて止まる。壮年の衛兵が困り顔で声を上げる。


「と、止まって下さい。軍属の方でしょうか! それとも貴族様! な、何にしてもゴーレムは困ります。その大きい狼もです!」


「俺はアンリ・フォン・ボースハイト・ラルトゲン、ここより西方のアーンウィルで領主をしています。ゴーレムを都市内に入れてはいけないと言う法はないでしょう。狼に関しては申し訳ないが許して貰いたい」


「ボースハイト・ラルトゲン……? お、王族では無いですか! 誰か顔が分かるものがいるか! 私では分からん!」


 慌てふためく衛兵たち。申し訳ない気分はあるが事前に連絡が出来ないのだから仕方がない。アーンウィルから手紙を出すのは不可能だ。道中に魔物が多すぎる。


「ハーフェン伯マティアス殿にアンリが来たと伝えて欲しい。家中のものを寄越して確認してくれるでしょう」


「は、はい! 少々お待ちくださいませ!」


 馬が二頭走っていく。残された壮年の衛兵。ものすごく気まずそうだ。俺だって気まずい。何か会話をすべきだろうか。


「あの、名前をお聞きしても?」


「ヒィッ! ご無礼をお許し下さい! 私には妻と子がいるのです! どうか御慈悲をッ!」


 勘違いされた。

 会話は互いを知ることから始まる。

 名前すら知れぬとは。


 だから王族はよろしくない。普段から尊敬される統治者であればここまで恐れられない。ため息をつこうとしたが我慢。こちらが怒っていると誤解されるとまた恐縮されてしまう。


 なにか面白い会話。

 彼を和ませる会話を考える。

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