第74話 外へ
中央庁舎の二階、円卓を囲んで議論が行われている。議題は捕虜の処遇について。そのまま開放するか、何かしらの『手段』を取るかどうか。
攻めてきた者たちはドミール修道会の異端審問部隊だろう。彼らの背中には烙印があった。他者を異端と断定するもの、それもまた罪人である、その考えに則り刻まれた烙印──彼らの強い信仰心と覚悟を表している。欺瞞工作の可能性は拭えないが現段階ではそう仮定する他ない。
クロードが渋面で呟く。
「国同士の戦いなら捕虜交換でもするんだがなあ。同じ国内だしどうすっかね。拷問でもして情報を引き出すか?」
「拷問を得手としている者は居ない。それにドゥーガン将軍に身の安全を保証したから駄目だ」
「そうかよ、しかし捕虜ってのは扱いが難しいなあ」
捕虜は飯を食う。当たり前だが百名の捕虜を養う余裕は無い。開放する必要があるだろう。手を叩いて議論を交わす皆の注目を集める。
「いつかこの日が来ると思っていた。むしろ遅すぎたくらいだ」
誰かが悪意を持って襲ってくる。その日は絶対に来る。その為にダンジョンに潜って力を蓄えてきた。だが今日この時よりは──
「王族として外に出る。何故アーンウィルが襲われたか、それは誰にも顧みられない存在だからだ」
俺たちが皆殺しにされても王国の懐は傷まない。むしろ邪魔な存在であり片手間で潰そうとするのは自然な動きである。
「アーンウィルの正当性を世に訴える。俺たちは王国に必要な存在になる。力を正しく使って魔物の脅威から民を守り、不足した資源を流通させ経済の安定を図る」
前々から皆で話していたことだ。ダンジョンで得た力を正しく使う。それにアーンウィルも非戦闘員が増えた。逃げ場所として外部拠点を作れるようにしたい。その為には外、外である。
「まずは都市ハーフェンに赴き塩の交易を行う。塩は王国内で不足していて需要が高い」
王国内の塩の殆どは北部オルウェ海岸線で採れていた。戦役が始まって以降は流通量が激減している。だが魔物だらけの北西の塩湖までのルート、ゴーレムの力を借りれば安全に運搬できる。
「どうだろうか。と言っても皆で決めた内容の反芻だがな」
疑問に思ったのかサレハが手を上げる。
「僕たちが採った塩、買ってもらえるでしょうか?」
「難しいがやるしか無い。まずはハーフェン伯のマティアス殿に会って交渉の場を設ける」
第一王妃派閥──いや世間では第一派閥と呼ぶか。第一でも第二でもどちらにせよ、都市ハーフェンの領主マティアスは睨まれることを恐れているだろう。俺の提案など飲む訳がない。俺はどちらの派閥からも邪魔者とされており、関係者扱いはマティアスも望まない。普通ならば。
「オーケンさん、ゴーレム用の荷車の準備はどうですか?」
「五十台は出来ておるよ。デカイだけの荷車じゃが充分じゃろう」
「分かりました。後で塩を満載しましょう」
塩の採掘・運搬はゴーレム任せ。二百体のゴーレムの労働力は恐ろしいほどまでに高い。普通の人間なら疲れる、食事も要る。人を使って塩を運ぶならば食料用の荷車、護衛の人員が要る。夜は歩けないし魔物に襲われれば荷物は逸失する。だがゴーレムはそうではない。
「クリカラさん、帰還のスクロールは出来そうですか?」
「ん、まあダンジョン報酬を使って純度の高い素材を使えば出来るよ。作るのはシーラだけどね。ここらの素材で再現するのはまだ無理かなー。使っても良い?」
「スクロール一枚分だけ使って下さい。それでリリアンヌ、クロード、ベルナをハーフェンまで送ります」
三人とはここでお別れ。巻き込んでしまって申し訳ないくらいだ。
「閣下とお会いするのですね。とても信仰心の厚い御方とお聞きしております」
「そんなマティアス殿だからこそ交渉相手に選んだ。イルキールとアウグーンの領主はそこまでだと聞いている」
「実は私、修道院長を務めているのです」
「知ってるけど」
リリアンヌがガラス玉みたいな瞳でこちらを見つめている。何を言いたいのだろうか。真意が分からない。
「私を頼ってくれないのですか?」
「危ないから駄目」
「……私はお役に立てるのですよ? 拝月教関係なら顔が広いのです」
だがリリアンヌをこれ以上巻き込むのは良くない。今ならまだ無関係で通せる。だが王族と関わってしまうと危険だ。修道院の孤児たちもいる。リリアンヌはまだ分かっていないのだろう、人の善性を信じて甘く見ている。
「あまり表立って関わるのは駄目だ。ハーフェンで待っていてくれ」
「……はい」
俯いて意気消沈するリリアンヌ。罪悪感が胸を苛む。俺を攻める厳し目の視線たち。俺が何をしたというのだ。俺は悪くない。悪くないのに。
自問に苛まれているとクリカラが円卓の上をテクテクと歩いてくる。そして俺の頭を叩いた。ポフンとした感触、痛くも痒くもない。
「少しは大人を頼んなさい」
「えー」
つれない返事を返した所、クリカラに頭を乱打された。ポフポフうるさい。大人とは言うがリリアンヌは何歳なのだろうか。見た所二十歳近く。だが女性に年齢を聞くことは良くないと言う。聞いたら怒られるだろうか、いや考えるまでもない。余計な発言は悪果を招く──ベルナのジットリとした視線が証明している。
「……交渉の場で一つだけすることがある。そこでリリアンヌに手伝ってもらって良いかな?」
「ふふ、はいお任せ下さい」
リリアンヌは顔を上げて嬉しそうにしている。そして左手の指輪をさすった。あれは癖なのかな。見るたびに汗が背中に滲む。もしかして俺はとんでもない事をしてしまったのでは。
気を取り直す。
交渉の場には商人や街の有力者も来るように手筈する。そこに修道院長であるリリアンヌが混じっても怪しまれないだろう。後で打ち合わせをしなければ。
彼女もこの国を憂いている。だから俺を手助けしてくれているのだろう。勘違いしてはいけない。穢れた王族、聖女と謳われる修道女、どう見ても相応しくない。
「シリウス、また出かけるから留守は任せる」
「承知しました。誰を伴いますか?」
「索敵にガブリール、それと防衛に支障が出ない範囲でゴーレムたちを連れていきたい」
「ならば五十体が限度ですね」
それだけあれば充分。こちらの有用性を示すためには力を見せつけることが必要だ。王国にあれほど自律性のあるゴーレムは居ない。彼らは
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