第73話 ドゥーガン将軍

「主ぃいいいいいッッ!」


 シリウスが防壁より跳躍しつつ矢を三発放つ。そして空中で【祖霊の猛りコール・ビースト】を発動し人狼へと変貌した。


「不意打ちで俺が殺せるものかッ!」


 ドゥーガンが槍を一薙ぎして矢を払う。シリウスが爪をドゥーガンに突き立てようとしたが全て紙一重で躱した。


 シリウスは不利を悟ったのか俺の横まで下がってくる。


「本当に、本当に、無茶をしないで下さい」


「説教は後にしろ!」


「私が悪いみたいに言わないで下さい! 主が死に急ぐから怒っているんです!」


 見事な連撃であるがドゥーガンは全て受け流した。数多の戦場を駆け抜けた英雄は伊達ではない。個人の武としても王国最高峰であろう。しかしドゥーガンは話し合う俺たちを見て青筋を立てている。


「殿下ァッ! そうですシリウスです! なぜシリウスが殿下に付き従っているのですか! 俺の士官の誘いは断ったくせにぃッ!」


「相変わらず喧しい。獣人がヒュームの軍隊に混ざれるわけがないでしょう。それに主は既に決まっております」


「やはりそうか……お前は操られているんだシリウス! 殿下の精神操作スキルで……クソッ!」


 シリウスとドゥーガンの因縁。それよりも気になる言葉、精神操作とは如何なる事か。


「精神操作……そうなんですか?」


「初耳だが?」


 シリウスと顔を見合わせる。訳が分からない。そんな便利なスキルを持っているならここまで人生苦労していない。誤解であろうが憤怒に顔を歪めるドゥーガン。


「誤解だと思うが将軍!」


「精神操作では無かった……? いや、まさかそんな。だが、ならば、ならば……!」


 肩を震わせるドゥーガン。一歩踏み込むだけで地面が抉れてめり込む。


「そんなに、そんなに殿下の方が良いと言うかッ! この俺よりも!」


「うわぁ」


 男の嫉妬。いや嫉妬なのだろうか。何にして得も言われぬ不快感。シリウスも頬がひくついている。あの無駄な熱量を見ていると仕官を断った気持ちが分かる気がする。


「真相は力でねじ伏せてから問おう! 殿下ァアアアアッッ!」


 地を蹴るドゥーガン。一瞬で二十歩の距離を詰めてくる。勢いを活かしたランスチャージを繰り出そうとしているのか。


 防ぐ。

 剣で受け流す。

 衝撃に備える。


 だがランスチャージは寸前で横薙ぎに姿を変えた。疾風の如き速さ、変幻自在の手捌き、馬に跨がらずとも将軍は騎兵であると言うのか。


「ぐおおおおッ!」


 フェイント。

 僅かにディレイが掛かった横薙ぎ。


 受け流すことが敵わず鎧の胴で受けてしまう。わずかに凹むブレストプレート。ダンジョン製の防具が人力で傷つくなど想定外だ。


 手が空いたゴレムスに視線で指示。ゴレムスは意図を汲んでドゥーガンの背後から襲いかかる。しかし肩を掴もうとする鉄腕は勢いを利用されて滑り落ちる。


「ぬぉおおおおおおおおッッ!」


 ドゥーガンは槍を地面に突き刺し、ゴレムスを両手で持ち上げた。本当に人間なのかあの男は。ありえない膂力だ。


「だりゃあああああっ!」


 防壁に投げつけられるゴレムス。鉄と石がぶつかり合う音が響く。ドゥーガンが槍を持ち直される前に斬りかかる。何とか戦闘力を削ぐしか無い。


 だが突き出されたシリウスの腕を、振られた俺の剣を、ドゥーガンはそれぞれの手で掴む。滴る血、不敵に嗤うドゥーガン。そのまま両者とも投げ飛ばされた。


 地面に叩きつけられる。

 肺腑から空気が全て抜ける。


 まだ剣は持っている。剣を杖にして立ち上がると荒く息を吐くシリウスが見える。防壁の上を走るフェインの姿。こちらを認めるや跳躍してドゥーガンの背中に取り付いた。


「この男が頭目かアンリィ! 俺様に任せておけい!」


 首を絞めるフェイン。隙だらけの胴を切りつけようとするが足蹴りで防がれる。何をしても攻撃が届かない。魔物しか殺したことがない俺の剣、考え戦う相手には届かないと言うのか。


「グウウ──ッ!」


 ギリギリと首を絞められるドゥーガン。だが前に頭を反らし、勢いをつけてフェインに後頭部をぶつける。フェインの歯が折れ鼻血が舞う、死ぬほど痛そう。俺でなくて良かったと考えることは罪なのだろうか。


「グェエアアッ! なんじゃあコイツはッ!」


 悶え苦しむフェイン。後で治癒ポーションを掛けてあげなければ。もはや躊躇する暇は無く、灰なる欠月に手を伸ばして精神統一。そして【抜剣】を発動し全ての力を体から絞り出す。


 今回は気を失わないように留意する。【血刃】と【骨雷】も使わない。使うとすれば奥の手だ。自分がどこまで戦えるか、己より強き武人相手に試させてもらう。それに、ここで負けるようなら兄たちには絶対に勝てない。


 体勢を立て直すドゥーガンに肉薄する。驚いた表情のドゥーガン、槍を持ち直すその動きは遅い。いや実際は早いのだ。俺が早くなり過ぎたため遅く見えている。


 剣を左下より切り上げる。とっさに出された槍の穂先を切り飛ばして、胸に前蹴りを入れる。苦痛の表情。だがドゥーガンは反れた上体を揺り戻すようにして折れた槍を突き出してきた。


 首の寸前で止まる槍。灰なる欠月の切っ先はドゥーガンの瞳、その寸前で止まっている。互角、全力を尽くしてなお互角。同じ武具を使って戦ったならば確実に負けていた。


「殿下! 久方ぶりに本気を出せましたぞ!」


 折れた槍を放り捨ててその場にドゥーガンが座る。後ろを見やればゴーレムと敵兵の戦闘が終結している。結果はこちらの圧勝。骨が砕けた敵兵がうめき声を上げている。


「ファルコとその部下の助命を願おう! 貴君らの勝ちである!」


「どうしますか主、これ以上の戦闘は危険です。あの男は無手でも侮れません」


 ドゥーガンの一方的な敗北宣言。だが戦闘を続ければ俺たちの命が危うい。剣を突きつけているというのに勝った気が全くしない。拳で弾かれてそのまま俺を縊り殺すことすらドゥーガンは出来るだろう。それを見越しての宣言か。自身の武を賭け金にして交渉の座に付かせようとしている。


「認めよう将軍。ここに居る全ての者、その身の安全を保証しよう。だが拘束はさせて貰う」


「ぬう、恐れ入ります」


 いかめしい顔で了承するドゥーガン。


「ファルコとドゥーガンを鉄鎖で縛ろう。厳重にな。その他は普通の縄で良い。負傷者には敵方が持っている治癒ポーションを使って治癒するように」


 ゴレムスたちに指示を飛ばす。百体あまりのゴーレムは了承の意を示して作業に掛かった。ファルコに伸し掛かって取り押さえていたガブリールもすくりと立ち上がる。舌打ちをするファルコ、気づかぬ内に意識を取り戻していたらしい。


「殿下、楽しい闘争でした。次があるなら命の奪い合いではなく互いの武を高め合いたいものですな!」


「もう嫌だ。俺は武人ではない」


 頭がズキズキと痛む。短時間でも【抜剣】の影響は残るようだ。

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