第72話 大義

 残存敵兵約百名、魔物は戦力喪失。

 対してこちらはゴーレム百体とガブリール、防壁上で弓を構える獣人戦士たち十名。その他戦力は全て非戦闘員の保護と他方面の警戒。余剰戦力など一切ない。


 一兵たりとも内に入れない。

 アーンウィルの民が一人でも死ねば俺の負け。これはそういう戦いだと考える。その為には全力を尽くすし、防壁を登られる前に敵を釘付けにする必要がある。


 こちらを心配げに見つめるシリウス。

 安心させるために呼びかける。


「大丈夫だシリウス、こいつらは俺が食い止める」


「私が! 心配しているのは! 貴方です! 戻って下さい!」


 分かってはいたがまた怒らせてしまった。なに、説教など生きて帰ってから受ければいい。


 しかし敵が俺の首を求めているならば問う責務がある。なぜなのか、なぜ殺す必要があるのか。高みから問いかけては駄目だ、危険はあるが矛を交えてでも聞き出す。


 敵の首魁らしき男に向き直る。重装鎧の大男、漆黒の法衣を纏った男、あの二人から感じる圧力は尋常ではない。


「問おう! 諸君らは王族に恨みあるものか!」


 オルウェの民、ダルムスクの民、彼らは俺を恨む理由がある、殺す大義名分がある。ボースハイトの血がこの世に存在していることを俺以上に呪っているだろう。


「俺の首一つで諸君の恨みが晴れるのか! 大義を問いたい!」


 答えは返ってこない。

 ただ戦場に沈黙が通り過ぎる。


 居並ぶゴーレムの圧力が口を噤ませているのかと思い一歩前に進む。距離は二十歩程。シリウスが嘆きの声を上げつつ弓を構え、大声で彼らが王国の者だと教えてくれた。


 法衣の男が無言でナイフを投げつけてくる。

 地面に弾き落とすと草が枯れた。毒ナイフ、殺意は十分にある。だが殺意に足る理由がなければ俺は殺せない。


 ガブリールが牙をむき出しにして唸る。ゴレムスたちの眼光も赤く、鋭くなった。一触即発な味方を宥めて敵に相対する。


「ファルコ! 俺が出よう、殿下には聞きたいことがある!」


「阿呆が! 俺の名前を軽々しく漏らすな!」


 鎧をガチャガチャと鳴らし内輪もめをする二人。法衣の男はファルコ、もう一人は全身鎧のため素性はわからない。声からすると中年男かと思うのだが。男は少し悩んだ後ヘルムを外した。


「ドゥーガン将軍……何故ここに?」


「如何にも! 覚えてくださいましたか殿下、いや立派に成長された。昔に見た昏い瞳、少し色が薄れたようで嬉しい限りです」


「将軍が居るということはやはり王国の兵か。今は身内で争っている場合では無い。兵を引かせろ!」


「それは出来ん、教えて下さい殿下よ! この不毛の地で何故、ここまでの力を手に入れられた。他国と手を結んだのではないですか!」


 ドゥーガンが拳を握りしめる。誤解である。だがダンジョンで手に入れた力は漏らせない。


「黙れドゥーガン、話していても時間の無駄だ」


 ファルコがドゥーガンを押しのける。


「……殺せ!」


 法衣の男たちが音もなく動く。早い、やはり正規の軍隊ではない。特務を請け負う部隊だろうか。


「手足の骨を叩き潰すに留めろ! 殺すな!」


 応戦するゴレムスたちに命令。すぐに両者はぶつかり合い、拳と武器がぶつかる音が響き渡った。戦況は圧倒的にゴレムスたちが優勢。秩序と統制の取れたゴーレム、只の人間が適うわけが無い。骨の砕ける音と男たちの悲鳴が響く。


 シリウスと獣人戦士も狙いを付けて矢を放つ。血と悲鳴。だが殺してはいない、殺す理由がない。同じ王国の民なのだ。彼らも理由があってこちらを襲ったのだろう。おおかた派閥闘争に巻き込まれた──そんな下らない理由で。


「武器を捨てて投降しろ!」


 ファルコに投降を促す。兵の動きからしてこの男が指揮官でドゥーガンは一兵卒として付いてきたのだろう。理由は分からないが。


「殿下の首一つ、それで全てが片付くのです。死んではくれませんか……?」


 苦しげに呟くファルコ。その姿が夜の影に溶ける。これはスキル、おそらくは隠形術の類。ベルナの幻惑魔術より高度で存在感すら消え失せている。


 ファルコが走っている筈。だが音もなく、地面に土埃一つ立たない。これは暗殺者の動き、ガブリールが虚空を見据えて吠える。瞬間、虚空に向かって剣を振るう。


「──ッ! なぜ分かったッ!」


 ファルコが実体化する。ファルコの双剣とオリハルコンの剣が鍔迫合う。火花、ファルコが口元を歪ませ巧みに双剣を操る。俺の力を受け流し、片方の剣を滑らせた


 ゾッと悪寒が背中を走る。

 ファルコは俺の親指を切断しようとしている。


 剣を手放して親指を保護、あれは達人の技だ。繰り出された突きを鎧で受け、肘鉄で双剣を叩き折る。驚愕するファルコ、ダンジョン製の防具を知らぬのなら無理もない。顎に掌底を入れて意識を奪う。


 これで残り一人。ガブリールはドゥーガンに対峙している。俺が一対一で戦えるように睨みを効かせてくれていたのか。


「殿下……なぜここまでの力を、この力を使って何をするつもりなのですか?」


「俺たちの間で誤解があるようだ将軍。俺は王位を望んで無いし他国の傀儡にも成り下がっていない。このアーンウィルを──拝領した領地を守っているだけ。降りかかる火の粉は払おう。だが、約束できる。俺たちは自分から王国の民を決して傷つけないと」


「口では何とでも言えます! 誰が信じれるでしょうか! 獣人を支配下に置き、見たこともない魔術で魔物を殺戮し尽くした。この脅威を決して王国は見過ごしませんぞ!」


「俺もそう思っている。おおかた無実の罪を着せられて……反逆者としてアーンウィルに大軍を差し向けられるかもな」


 ドゥーガンが拳を握りしめる。力と使命感を兼ね揃える軍人は貴重だ。絶対に殺してはいけない。


「考えたことはあるか将軍? 父王は五十歳を超えた、後二十年、いや十年も持たないかもしれない。それに派閥、崩御されたら内乱が起こる」


「父王が後継者を決めれば……内乱は防げます」


「まだ決めていないし、恐らく決めるつもりが無いんだろう。諸侯はもう内乱の準備を進めていてどの派閥に付くかを決めかねているだけだ。それに父王は我ら兄弟が相争うことを望んでいる。まるで蠱毒では無いか。毒の内で争わせ、より強き種を残そうとしているのかもしれん」


 強い後継者は必要だろう。小国から始まり軍事で成り上がった王国。未だ諸外国と戦争を続けて版図を広げている。率いる王は強くなければいけない──そう父王は妄執に囚われている。


「もはや王国に自浄は望めない。俺は俺のやり方で王族としての責務を果たす」


 まずは教皇領に行き新種の魔物を倒す。アーンウィルの正当性を認めてもらい、信仰の力を持って調和を作る。拝月教の力は失われつつあるが、人心から信仰心は奪いきれるモノでは無い。


「子供の世迷い言です。殿下の行動が世を乱すとは思いませんか」


「その時は俺を殺せ」


「……覚悟は口にすると安くなります。大言を吐くだけ吐き、何事も成せずに死んだ者など数え切れぬほど見てきました。殿下、本当に覚悟が有ると言うのなら──」


 ドゥーガンが槍を構える。英雄と謳われる大将軍が大地を踏みしめてこちらを真っ直ぐに見つめている。


「力を示して下さい! ここで殺されるようなら全て只の妄言。力なき大義など何の意味も無いと、教えて差し上げましょう!」

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