第66話 ル・カインの試練1周目 9/99階層
六階層でシリウスとフェインをポーションで治療し探索を続行。七階層以降は特筆すべき点も無く、一度の野営を挟んで慎重に進めた結果、第九階層にまで到達した。ダンジョン初挑戦の三人にも血の力により『ステータス保持』を共有済み。死ぬほどクロードが嫌がっていたが押さえつけて無理矢理に飲ませた。林檎味にしてやったのだから我慢して欲しい。
《いやー潜ったねアンリ! お仲間も強い強い。この調子でドラゴンも倒しちゃってよ!》
「ええ、クリカラさんの魂も取り戻してみます」
俺の言葉を聞いたクリカラが陽気に笑い飛ばす。体を失っていると言うのにまるで堪えた様子が無い。生来の性格か、もしくは長きを一人で過ごした結果性格が変わったのか、とても聞けはしない。
ベルナとリリアンヌにマナポーションを渡して飲んでもらう。サレハに関してはマナ容量が膨大なため必要がない。ポーションを飲む魔術師たちの傍らでガブリールが不安げにしている。
「どうした、この階層にドラゴンが居るのか?」
「ガウゥ……」
「怖いならここで待っているか?」
「ガウッ!」
怯えてはいるが付いてくるらしい。生物としての格の違いか、魔物を恐れないガブリールでもドラゴンは非常に恐れている。無理もない。俺だって相対すれば足が竦みそうになる。
「シリウスとフェインも大丈夫か」
「ええ、快癒しています。戦闘に支障はありません」
「俺様も治った! あのトカゲ野郎をとっちめてやるぜ!」
戦意は失われていない。さすが狩猟の民、シルバークロウ氏族。
「みんな、この階層にドラゴンが居る可能性が高い。作戦を練りたいから集まってくれ」
皆で輪になって座る。ドラゴンについて得た情報──鱗の硬さ、足の速さ、ブレスの時間、腕力や知性に至るまで、知り得たことを共有し考察する。そしてそれぞれが持つ魔術やスキルを勘案し作戦を練った。
◆
開けた大地の中心に大きな門が見える。生者を羨むように手を伸ばす亡者が象られており、その前でブラックドラゴンが寝息を立てている。
ドラゴンが寝ているのは偶然ではない。眠るまで息を潜めて隠れていたのだ。
まずはリリアンヌに【
装備には泥を満遍なくつけてニオイ消しを施した。女性陣には大変不評だったが、帰ってから風呂に入れる約束で了承を貰えた。オーケンの鍛冶工房の排熱を利用した風呂である。
千里眼のスクロールを読んで敵と罠の位置を把握する。続けて寵愛のスクロールを読んで効果を顕現させる。何と全員の装備が光に包まれて強化値が増えた。法則性は分からないが寵愛のスクロールは何かしらの良い効果を付与してくれる。
初手はベルナの幻惑魔法。予め立てておいた棒に【
「サレハ、初手は頼んだぞ」
「はい!」
サレハが詠唱を始める。
「
ドラゴンの頭上に小さな光球が出現する。周りの空気を吸い込み光球ははち切れんばかりに膨張。ヒビが入った刹那、砕け散って暴風が如き氷嵐を周囲に撒き散らした。ドラゴンを巻き込んで地面と大気が凍りつく。
「やったか!?」
「いえ、まだです! 続けて行きます!」
サレハが同じ魔術を何度も唱える。ドラゴンは氷から抜け出そうと藻掻くが、凍った関節が邪魔をして叶わない。業を煮やしたドラゴンは火炎ブレスを吐き自分ごと焼き溶かす。急激な温度差により周囲に水蒸気が立ち込めた。
ドラゴンが翼を羽ばたかせて水蒸気を払う。
そして怒気を孕んだ瞳で『幻影』を睨みつけた。
──ドラゴンが激昂する。そしてその勢いのまま突進してくる。自身のブレスで灼いたにもかかわらず鱗は健在。シリウスが穿った首の一枚以外。
ドラゴンが幻影に突進する直前、サレハが詠唱して石の杭をドラゴンの進行方向に顕現させる。破壊音とともに杭は砕け散ったがドラゴンの肩口を大きくえぐって悲鳴を上げさせる。
「行くぞお前たちっ!」
前衛戦士全員で飛び出て応戦しつつドラゴンを誘導する。ギリギリで爪を避け、突進を躱す。クロードのハンマーがドラゴンの脚爪を砕く。氷結と火炎ブレスの温度差により一部が脆くなっているのだろう。シリウスも【
「こっちだ! ウスノロがああッッ!」
怒り狂ったドラゴンがフェインに突進する。だが進行方向にあった腐食の罠に誘導されドラゴンがその身を酸で焼かれる。さらにフェインが読んだ重力のスクロールにより重力で押しつぶして巨体を酸で焼き続けた。
──咆哮。いやドラゴンの悲鳴が響く
飛び出したガブリールが跳躍してドラゴンの眼球に牙を立てる。左目を失ったドラゴンは悲鳴を上げ、さらに滅茶苦茶に暴れて土石が乱れ飛ぶ。シリウスとクロードが流れ弾に当たり負傷したが直ぐにリリアンヌが治癒魔術を掛けた。
戦況は優勢。だがドラゴンは強大であり、攻撃が当たれば皆は一撃で死ぬだろう。
「皆、頑張っている」
全力を尽くしている。
なぜ灰なる欠月は応えなかったのか。
力を貸してくれなかったのか。
前回のドラゴンの戦いより考えた。
「分かったんだ、灰なる欠月よ」
力を貸してくれ。
それでは駄目だと。
「俺には何の才能もない」
俺と結びついた剣。
歪んだ写し鏡。
白でも黒でもない、灰色の剣。
「ならば答えは、力を貸せでは無い!」
俺は持たざる者だから。
写し鏡のコイツに無限の力は無い。
剣が応える。剣が鳴動する。
我を抜け、
──魂を寄越せと叫んでいる。
「灰なる欠月よ! 魂はまだやれない! だが魂以外、全てを使え!」
灰なる欠月に手をかける。
そしてスキルを発動する。
──【抜剣】
白鞘から剣を抜き放つ。
体に力が漲り、全ての光景がゆっくりと流れてゆく。心臓の鼓動は早鐘のように早く、割れるような頭痛が襲う。戦闘で付いた小さな傷が全てふさがるが関係ない、これからもっと傷つくのだから。
ドラゴンに向かって突き進む。奴は二度目のブレスを吐こうとしており、その射程範囲にはサレハとリリアンヌの姿。声が響く。我を使えと、力はまだ隠されていると。
「──ッ! オオオオオオオッッ!」
腕の動脈を掻き切る。吹き出た鮮血が地に落ちる前に【血刃】を発動。剣が血を、漆黒を纏う。
「喰らえエエエエエッッ!」
灰なる欠月を全力で振るう。空を切る剣、しかし血は飛刃となりてドラゴンに命中。鼻先がズルリと切れ落ちてドラゴンが苦痛の声を上げた。睨む瞳。ドラゴンは俺を天敵と認識し相対する。
捨て身の攻撃──ドラゴンが全力で奮った前肢、避けられるが敢えてギリギリで食らう。体内に衝撃が走り肋骨が露出する。
「弾け飛べッ! 【骨雷】!」
肋骨を対価としてスキルを発動。痛みは歯を食いしばることで我慢。骨は雷となりてドラゴンの頭上に降り注いだ。マナを吸い込み成長した人体は、すなわちそれ自身にマナを蓄えている。ならば骨が雷に化けるのは道理である。
俺は【抜剣】の効果で傷が塞がっていくが、反対にドラゴンは穿たれた傷に苦痛の声を上げる。
「グガアァアアアアアッッ!」
このドラゴンに何の罪があろうか。確かにクリカラを殺害したが、それは生存活動の一環だろう。弱きを食み、強きに備える。生物としての自然原理であり、侵してはいけない神聖な領域だ。
だが殺さなければいけない。俺が、俺の目的を達成するためには、この魔物はここで死ななければいけない。ダンジョンを更に進み、世界を変える力を手にする為に。
この世を正と邪で分ければ、俺はおそらく後者なのだろう。妄執に取り憑かれた男が正義であるわけがない。だが非道と言われようが、俺がこの体を使い切って、汚れた血をすべて流しきり、その挺身をもって人類が少しでも良い方向に向かえれば
──俺の人生は価値有るものだったと、胸を張って死ねる。
「死ねえェエエエエエッッ!」
シリウスが穿った一枚の鱗、その傷跡に剣を深く突き刺す。血が流れる。肉が削げる。腕の筋肉がブチブチと音を立てるが、構わずに剣を切り上げる。切り上げた剣を上段に構え、さらに渾身の力を持って叩きつけるとドラゴンの首を両断せしめた。
首を失った巨体が横倒しになる。ゆっくりと倒れてズシンと音を立てた。そしてドラゴンの中に囚われていたクリカラの魂が
「……終わった」
ドラゴンは死んだ。皆も生きている。完璧な終わりだ。だが全てを出し尽くしたせいか、ひどく気分が悪い。
リリアンヌとサレハが駆け寄ってくるのが見える。だが次の瞬間、目の前が真っ暗になり意識が途絶えた。
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