第65話 ル・カインの試練1周目 6/99階層

 転移魔法陣を見つけてドラゴンから逃げ切る。


 リリアンヌがスキルを併用して治癒魔術を二人に掛ける。だがシリウスの意識は戻っていないし、フェインの欠損した肩と腕は治っていない。リリアンヌが申し訳無さそうに頭を下げる。


「申し訳ありません【ヒール治癒】ではこれが精一杯です」


「そんな事はない。これだけの大怪我で死ななかったのは奇跡だ」


 治癒魔術は万能ではなく、才能あるリリアンヌですら完璧な治癒は叶わない。四肢の欠損や内臓の重大な損傷、その治療を成し得る人物は王国には居ないだろう。


「治癒ポーションを探しにいく。俺とガブリールで行くから、皆は二人と一緒にここで待っていてくれ」


「まあ二人の負傷者だからな……守りながらだとそれ以上は割けねえがよお。大丈夫か?」


「ああ任せてくれ。行くぞガブリール」


「ガウッ!」


 不安げにこちらを見つめるサレハに別れを告げて、森の中を散策し始める。当然だが魔物とは戦わない。隠れてやり過ごすか、見つかれば逃げればいい。治癒ポーションさえ拾えればよいのだ。


 森の中は不気味なほどの静寂が支配している。

 戦力の低下のせいだろうか──無性に心細くなる。木の葉が揺れる音に怯え、その場で姿勢を低くするが気のせいであった。不安げにするガブリール、主がこうでは示しが付かない。無理矢理に笑顔を作ってガブリールを元気づける。


 また木々がざわめく。

 静かな音に混じって少女の囁き笑いが聞こえる。耳がおかしくなったのかと思ったが、まだ聞こえている。クスクス、クスクスと。


「幻惑魔法か、新手の魔物か……」


 ガブリールはこちらを見つめて軽く吠える。まさか精神的に参って幻聴を聞いてるとは思いたくない。何かが俺たちの邪魔をしているに違いない。




 ◆




「クスクス、ねえヒュームがいるわよ」

「死ににきたのかしら? かわいそう」


 囁き笑いは嘲笑を含んだものに変わった。少女の声は何処からともなく聞こえてくる。


「無視されてるわアタシたち」

「ねえ、すこしイタズラしましょうよ」


「おい! さっきから煩いぞ!」


 無視しようと努めていたのだが我慢できずに声を荒らげる。


「あら怒ったわ」

「こわーい。じゃあ死んじゃえ」


 カチリと音がする。聞き慣れた罠の作動音。考えるより先にガブリールを押し倒してその場に伏せる。鼓膜が破れんほどの爆発音が響く。熱風が背中を撫で、弾け飛ぶ土石が鎧をガンガンと叩いた。


「くそ、罠を起動させやがった」


 ガブリールに傷は無い。立ち上がって土埃を払って声の主を探す。


「生きてるー。すごーい」

「つぎはどの罠にする?」


 胸がムカムカとし頭に血流が昇るのを感じる。遊んでいる暇は無いというのに、この声の主は悪ふざけを続けている。殺意や悪意ならまだ耐えられるが、ただの興味心でこちらを弄ぶのは耐えられない。


「ガブリール、あいつらの場所は分かるか?」


 ガブリールが鼻を上げて匂いをたどる。


「可愛いおおかみさん。むだよー」

「アタシたちに匂いなんてないのにね」


 ガブリールが木のウロに向かって吠える。跳躍して木々を足場にし、標的が逃げる前にウロに手を突っ込む。仰天した──妖精が俺の手の内で暴れる。まさかガブリールが妖精の持つマナまで追えるとは夢にも思わなかっただろう。


「うそ! ちょっとまって! はなしてー!」

「ちょっと、その子をはなしてよー!」


 もう片方の妖精に頭を叩かれるが痛痒すら感じない。剣を抜いて切っ先を突きつけるとすぐに大人しくなった。


「妖精か、俺の言うことを聞くなら殺さないでいてやる。時間がないから即答しろ。俺に従うか、それとも死ぬか」


「うるさーい! はなせ心の汚いヒューム!」

「そうだ、空っぽのヒューム! 何も持ってないくせにえらそうー!」


 好き勝手に罵倒される。妖精というものはここまで短絡的なのか。


「やはり死にたいのか。もういい、邪魔をするなら殺す。遊んでいる時間はない」


 剣の切っ先を妖精の体に這わせる。軽い悲鳴を上げて妖精が体を硬直させた。死の恐怖というものは感じるらしい。


「治癒ポーションを探している。瓶を見かけなかったか?」


「話したら、放してくれる?」

「ころされるー。瓶ならしってるから、はなしてあげて!」


 木の枝から飛び降り、観念した様子の妖精に先導されて進んでゆく。羽根を片方掴んでいるので逃げられはしない。案内されたのは身長ほどもある草が生え並んだ一角。妖精が進むと草が避けるように左右に割れていった。


 進んだ先には家があった。

 領地の錬金工房と酷似している。

 いや全く同じと言っていい。


「ひみつのばしょ!」

「じゃあワタシたちはこれで、じゃあね心ないヒュームさん」


「まあ待て。治癒ポーションを見つけるまで放しはせん」


 妖精の羽根を掴んだままドアをノックする。返答がないのでそのまま室内に入ることにした。家の中身も錬金工房じみている。ポーションの精製機などの錬金道具が所狭しと並んでいる。素材らしき物も見つけたが、手に取ると崩れ落ちた。


 棚にある治癒ポーションを取ろうとした時、脳内に声が響いた。これはル・カーナ石碑が語りかけてくるときと同じものだ。


《来訪者──お前は誰だ?》


「俺はこのダンジョンを攻略しているものです。そちらこそ誰ですか?」


《ヒュームか……ああ待った甲斐があった。私はラ・クリカラと言う。錬金術師をしているのだが知っている……訳はないか。もう三千年以上も前の話になるから》


「いえ知っています。貴方が培ったポーションの技術体系、それを友人が習っていますから。それより姿を見せてくれないでしょうか?」


 クリカラの姿は見えない。左右を見渡しても錬金道具くらいしか目に入らないが、何処かに隠れているのだろうか。


《目の前にフラスコがあるでしょ!》


「ええ、ありますね。光の玉が浮いていますが」


《それが私だ! ていうか助けなさい! 『階層渡り』のブラックドラゴンに喰われて魂の殆どを持っていかれたの! 消えたくないよー!》


 クリカラの話を聞く。どうやらあの黒いドラゴンに喰われてしまい体を逸失、非常時に備えておいた遺物アーティファクト──魂籠のフラスコアニマ・クナブラに自身を封じ込めたらしい。何たる生への執念か。


「階層渡りって……もしかしてあのドラゴンは別の階層へ行けるのですか?」


《そうよ! この森の守護者なんだから! ちなみにアイツを倒さないとこの森を抜けられないわよ。ル・カインのアホが仕組んだせいでね!》


「聞きたいことは山のようにありますが、治癒ポーションを頂いていきます」


《私も連れてって、もうここで籠もるのは嫌!》


 元よりクリカラは救出するつもりだった。フラスコを手に取り、持ち口を紐で縛って腰のベルトに括り付ける。歩く度に少し揺れるが我慢してもらおう。治癒ポーションと他にも使えそうなポーションを数本貰う。


「私の領地にオーケンハンマーさんも居ますよ。同郷ですよね?」


《懐かしい! あの髭親父まだ生きていたのかー》


「クリカラさんの事は忘れていたみたいです」


《ふーん、まあ別にいいけど。あと妖精を放してあげたら。あんなだけどダンジョンの維持を手助けしてるのよ?》


 クリカラの言葉に従い妖精を放す。さんざ悪態をつきながら妖精たちはふわふわと飛んでいった。


《じゃあ行きましょうか。死なないでねー。あとあんまり揺らさないで!》


「了解です」


《何を焦ってるか知らないけど怖い顔してるねキミ! あそこのポーション飲むとイライラが削がれるわよ。代わりに女の子になるけどね》


「捨てておきましょう」


 クリカラが喋る度にフラスコの中の光が明滅する。


《そうねー。よし外に出て魂の入れ物を作るわよー! 美少女がいいわね。十五歳くらいにしようかしら。ねえアンタは何歳くらいの女の子がグッとくる?》


「三千歳以上なんですから、年相応にしては如何ですか?」


《まー、可愛くない返事! 私の見立てだとアンタは年上好きね! 女性に優しさを求める口でしょう。やだやだ、これだから男ってのは!》


「……ガブリール、背中に乗せてくれ。早くフェインとシリウスの元へ行こう」


 ガブリールに跨り跳ねるように地面を駆けていく。フラスコを手で抑えて揺れは最小限に抑えた。

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