第59話 帰路

 領地への帰路は慎重に決めた。


 まず二頭立ての幌馬車を買い求め冒険者ギルドで依頼を受けた。内容は北にある都市アウグーンへの魔物素材輸送依頼。都市ハーフェンはラルトゲン王国の西端に当たり魔物素材も潤沢に取れる。それを王国内に輸送する依頼はひっきりなしにあるのだ。


 リリアンヌとベルナとはハーフェンで別れた。


 徹夜したのであろうか二人とも目に隈が目立った。別れ際に修道院で作ったワインを樽で二つ貰い、そしてその際に母上の形見である『無貌の騎士』の本を貰う。後は輸送依頼をこなしてその足で領地に帰ることにした。ハーフェンからいきなり領地に向かうと、俺が灰の剣士ではなく王子だと疑われる恐れがある為だ。


「クロード、本当に領地に来てくれるのか?」


 都市ハーフェンを出て数時間、都市アウグーンへの道の途中、御者の真似事をしながらクロードに問いかける。


「別に住むわけじゃねえぞ。お前には借りがあるから返しときたいだけだ」


「そうだな……じゃあ約束通りダンジョン攻略を手伝ってもらう。あと、これを飲んでおいてくれ」


「何だこりゃ? 真っ赤なポーションだな」


「俺の血が混ぜてある。林檎味だから飲みやすい、さあグイッと空けてくれ」


 クロードが幌馬車の後ろにポーションを放り投げる。平原の岩にガツンと当たり砕け散った。酷い男だ。


「怖いんだが、嫌がらせなの?」


「兄様は嫌がらせなんてしません。ダンジョン攻略には兄様の血を分けて貰う必要があるんです」


「訳が分からん。なんかお前ら兄弟が本当に怖くなってきた」


 サレハは俺の血の効能、スキル共有について説明しだす。クロードは半信半疑で聞いているようだが無理もない。俺自身も聞いたことがない話であるから。


「まあ焦るなサレハ、領地に帰ればたっぷりと時間はあるんだ。クロードに逃げ場なんて無いからな」


「そうですねえ。やってやりましょう!」


「元気になったなあサレハ。お前さ、修道院の孤児と別れる時にあんなに泣いてたのなあ?」


 クロードの指摘にサレハが顔を真っ赤にする。意趣返しとばかりにクロードがニヤニヤと笑いながらサレハの頬を小突く。なんとも平和。少々性格は悪いが。


「泣いてません!」


「いーや泣いてたね。俺には分かる」


 ポケットに入れていた小石を取り出す。まだなおクロードはサレハをからかっている。頃合いと思い親指に小石を乗せ、人差し指で弾いて射出する。


「そこまでにしておけクロードッ!」


「ゲエエエッ!」


 額に小石が的中しクロードがもんどり打つ。ジタバタと幌馬車内でのたうち回る姿は憐憫を誘うがクロードは少々からかいすぎた。報いである。


 帰路を祝福するような暖かな陽気。車輪は滞ること無く回り、景色がゆっくりと後方へ流れてゆく。


 そして幌馬車は進む。


 少しして寝転びながらクロードが問いかけてくる。


「そういやさ、リリアンヌだけれどさ。あんな別れで良かったのか」


「あんな?」


「いやまあさ……二人とも大した会話もしてなかっただろ。本を渡して挨拶して、はいサヨナラ。それで良かったのか?」


「うーん……どうなんだろうか。それを言うならベルナとクロードだって素っ気なかっただろ」


 向かいから来る馬車があったので会釈してすれ違う。通り過ぎた事を確認してからサレハが口を開く。


「また冒険者として会うから良いと思いますよ。それと兄様、リリアンヌさんが帰ってきてから指輪を付けていたじゃないですか。どういう事なんですか?」


「マジでっ!? やるなあアンリ、修道女に指輪を渡すなんてお前も男だねえ。いよ! この悪鬼! 鬼畜!」


「違うんだ……あれは違うんだ……俺は悪くない……」


「けど気をつけろよ。たまに冒険者の中にいるんだよ。いつ死ぬか分からないから生き急いでプロポーズする奴。そいつがどうなると思うアンリ?」


「どうなるんでしょうか?」


「魔物から運良く生き延びても怒り狂った女に刺されることがある。まあ指輪を何人にも渡すアホとかいるからなあ」


「……へー」


 空を見上げると雲が流れている。お前はなぜ流れているんだと問いかける。俺は流されていないだろうか。疑問は尽きない。


「けどありゃあ良い女だ。お前さんがちゃんと女を好きになれる人間で嬉しいよ俺は」


「そんなんじゃ無い。それに俺如きにリリアンヌの様な女性は相応しくない」


「卑屈になるのはよせよ。実際の所どう思ってるんだ? 冒険者仲間で恋仲になるのは騒動の元だが、特別に応援してやってもいいぜ」


「優しげで綺麗な人だと思う……見た目だけの話ではないが」


 話しているとワイン樽がゴトリと揺れる。幌馬車の揺れではない。まるで中に何かがいるような不自然さ。


「いまワイン樽が揺れませんでしたか?」


「今年のワインは活きがいいな」


「馬鹿言ってるんじゃねえ。何か入ってるんじゃねえだろうな?」


 クロードが恐る恐るワイン樽を開ける。だがそこにあるのは血のように赤いワインのみで、クロードは不信感を湛えて樽を閉める。


「偶然か……?」


「気にするなよクロード。まだ時間はあるからゆっくりと行こう」


「そうだな」


 都市アウグーンまではまだ距離がある。馬が疲れないようにゆっくりと進んでゆく。胸の中に僅かにつのる寂寥感。だが出会いと別れは名残惜しいくらいがちょうど良いだろう。俺にもサレハにも、二人の人生にはあまりにも欠けているものが多い。




 ◆




 野営の準備を進める。焚き火がパチパチと音を上げ、火の粉が宙に舞う。定番となったパンとスープの組み合わせ。素朴な味わいが体に染み渡る。


「指輪……指輪……酷いです兄様。シーラさんにも渡したくせに」


「領地と連絡を取る為には一人には持たせないといけないんだ。ダンジョンに潜るシリウスやフェインでは無くすかもしれないだろ? だから真面目なシーラに渡した」


 嘆息を零すサレハ。ご機嫌取りという訳ではないが土産として買っていたマジックアイテムをサレハに手渡す。防御を高めるエンチャント付呪が施された腕輪。高級品ではないため効果はお察しである。


「これ、僕にですか?」


「そうだ。サレハは魔術師だから魔物の攻撃から身を護れるものが良いだろう。まあ危ない時は俺の後ろに隠れていろよな」


「……大事にしますね」


「金に余裕が出来たらもっと良いのを買ってやるから」


「これが良いです。只でさえ僕の防具を優先してくれているんですから、兄様も自分にお金を使って下さい」


 クロードが我関せずとスープを啜っている。

 早めに食事を済ませてリリアンヌから貰った本を開いて読み進める。


 内容は喜劇と冒険活劇の中間。呪いにより自分の顔が鏡に映らなくなった男──無貌の騎士が呪いを解くために奮戦する話だ。西の魔女に解呪の薬を貰おうとしては騙され、東の王に解呪の遺物アーティファクトを戦争で活躍した報酬として貰うが、その性格の甘さから呪いに困っている人に報酬を渡してしまったりしている。


「甘い男だ。自分の為に力を使えばよいのに」


「面白いですかその本?」


「まだ途中だが中々。果たして結末はどうなるやら」


 クロードが寝転んで毛布を被り始める。交代で睡眠を取るため俺はまだ起きている必要があり、サレハが背中合わせで周囲を警戒している。


 ワイン樽がまた揺れる。サレハと顔を見合わせる。


「何だ一体? やはり修道院のワインは特別なのでは?」


「そんな馬鹿なことがあるんでしょうか」


 さらに揺れるワイン樽。ドスンと音がして横倒しになり、樽の金具が緩んでバラバラと木が外れていく。しかしワインは零れない。


「痛たたたた……やっぱり樽の中に二人は無理ですよリリアンヌさん」


「そうは言いましても……一つはお土産として本物のワインを入れておかないと」


 樽の中からリリアンヌとベルナが現れる。

 仰天のままに問いかける。


「な、何故! さっき樽を開けた時はワインしか入ってなかったのに?」


「嫌だなあアンリさん。私って第三位階の幻惑魔術使いですよ。こうチョチョイと魔術で偽装していたんです」


「半日ぶりですねアンリ様」


 サレハがポカンと口を開ける。

 俺も似たようなものなのだろう。


「何故ワイン樽に?」


「付いていくと言えば断られるかもと思いまして」


「修道院の仕事は?」


「徹夜で出来るところまで済ませました。あとは他のシスターに任せておりますよ」


「……俺の領地に来れば取り返しが付かない。王族のいざこざに巻き込まれる可能性があるのに?」


「知っています。そのために貴方が灰の剣士と偽名を使っていることも」


「修道院の子供たちに危険が及ぶかも……今は大丈夫でも……いつか、きっと」


「その時は皆で領地にお世話になります。情報屋にお金を払っているので怪しい動きは見られるようにしています。それに治癒術師は中々に稼げる仕事なのですから食い扶持はお任せ下さい」


「何で、そこまで」


「人生の大きな岐路、それが今だと思ったんです。ここで決断をしなければ私の人生は迷いながら終わるものになるでしょう。内乱の影、腐敗の蔓延、王国は今大きな暗雲に覆われています。それを払う何かが貴方と貴方の領地にあるのでは──そう考えてです。今いる孤児を護ることも大事ですが、戦乱により新たに孤児を増やさないことも同じくらい大切です」


 凛とした瞳。意思と決意を湛えている。


「とは言いましても余り長くはお邪魔できないので、先程クロードさんと話されていたダンジョン攻略。それを手助けしてから一度帰りますね」


 隣にリリアンヌが座る


「その『無貌の騎士』ですが、実はそれ『無貌』と『無謀』を掛けているんですよ。面白いですね」


「あ、ああ」


「無茶はあまりいけませんよ?」


 リリアンヌが手を擦る。

 焚き火が左手に嵌められた指輪を薄っすらと照らしていた。

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