第60話 帰還
野営を終えて都市アウグーンへ向かう。
そこで魔物素材を納品して直ぐに領地へ向けて出発する。
数日掛けて幌馬車を進めれば魔物が多発する危険な領域──いわゆる俺の領地との境界線に達した。賢明な人間は決してここには近寄らないだろう。
そこには共鳴する指輪でシーラに連絡し、事前に待たせておいたゴーレムたちが居る。数は五体で護衛としては万全。
「報告──ゴレムスおよびゴーレム1、ゴーレム35、ゴーレム79、ゴーレム154、護衛のため参上しました」
「ご苦労ゴレムス。聞いていた通りに見た目が変わっているな」
「肯定──主成分を岩石より鉄へ換装しております」
鉄の鈍い光沢を放ちながらゴレムスが応える。オーケンが言うにはゴーレムたちは体成分によってその能力が変わるらしい。高品質な素材を使えばより強く、固くなるとの事だ。今はさしずめアイアンゴーレム。いつかはミスリルやオリハルコンに変えてあげたい。領地の経営が傾くから当分無理であろうが。
クロードがゴレムスを見て仰天する。ゴレムスの体をべたべたと触り、これが現実かどうか確かめている。リリアンヌとベルナも口を半開きにして絶句しているのが見て取れる。
「要請──それ以上の直接接触を停止するように願います」
「うおぉっ! やっぱゴーレムが喋ってるぅ!?」
「ゴレムス達は
「
「今領地には二百体のゴーレムがいる。皆が増やしてくれたお陰だ」
ゴーレムたちは幌馬車を中心とした方陣を組み始める。護衛の準備が整った事を確認してから幌馬車を進めると、ゴーレムたちは幌馬車と連動するように追走してくる。
途中でオーガが数体襲ってきたがゴレムスの鉄拳が唸りを上げて、その巨躯を肉塊と変貌させた。絶句するクロードをよそに角などの希少部材を剥ぎ取って幌馬車に積む。
「領地に帰るのも久しぶりだ。二ヶ月も留守にしてしまった」
「嬉しそうですね。私も皆さんとお会いできるのが楽しみです」
「ああリリアンヌ、色んな人がいてな──」
皆に説明する。
領民の多くを占めるはやはり
元氏族長のシリウス、巨体自慢のフェイン、元気いっぱいの少女フルドや老成された知識をもつアダラ。鍛冶仕事をするオーケン。
「長く留守にしたから皆に忘れられてないだろうか」
「大丈夫ですよ兄様。たまに連絡を取っていたじゃないですか」
「うーむ。そうであれば良いのだが」
幌馬車の車輪が石を乗り越える。ガタンと音がして少し揺れたが皆は気にした風は無い。馬がご機嫌に嘶きを上げて幌馬車はどんどんと進んでゆく。僅かな不安と高揚感。胸に募る思いはあるが車輪はくるくると回るのみであった。
◆
夜と朝を繰り返せば村が──いや要塞と化した村が見えてきた。
石造りの外壁は四階建ての家屋に匹敵する高さで、周囲には堀が掘られている。円周状の外壁には塔が建っており索敵も万全。さらには外壁の上にはバリスタも見える。あれはまさか
「見てみろサレハ。あれはバリスタだ」
「そうですね」
「なぜ平静を保っているんだサレハ。本当に分かっているのかバリスタだぞサレハ。敵の攻城兵器をぶち壊す最高の防衛兵器であるバリスタをみてなぜ心が踊らないんだ、俺には見当もつかないよ。しかし──素晴らしいフォルムだ。黒曜石のような輝きは素材すら分からないな、ここからは数門しか見えないがオーケンさんの事だ。前に言っていたように九門を等間隔に備え付けているんだろう。あれは俺のものになるのか? いや私物化は良くないか……だが俺は領主であるからして、やはりあれは俺のものになるのでは。私有財産権の乱用はいけないが、だがあれだけでも俺のものにしたい」
「そ、そうですね」
「もう少しバリスタの魅力について喋ろうか? トレビュシェットの方が好きか? それともドワーフが研究を進めているカノンの話でもするか?」
「いやあ……あ、兄様っ! ガブリールさんが外壁の上に立ってますよ!」
こちらを認めたガブリールが遠吠えをする。
ぴょいとガブリールが内側に飛び降りて正門が開けられる。ゴゴゴと音を立てて開かれる正門。そこからガブリールは放たれた矢の如くにこちらに駆け寄ってくる。背中には子供が五人は乗っており、それを見たリリアンヌは疑うかのごとくに目を揉んでいる。
「なんか目がおかしいですアンリ様……狼の……背中に子供が五人は乗っているような気がするんですが。まだまだ余裕がありますし……」
「いや実際に乗っているな」
地面を跳ねるように駆けるガブリール。縮尺がおかしくなったような大きさで、目線の高さは俺と変わらないくらいだ。砂埃を上げてガブリールは急停止してその場に屈む。ぴょいとフルドが飛び降りて抱きついてくる。
「おかえりなさい領主さまっ!」
「ただいまフルド。お土産だ」
ウサギのぬいぐるみを渡すとフルドはたいそう喜ぶ。抱きしめてお礼を言うフルドの頭をそっと撫でて、他の子供たちにも砂糖菓子を渡していく。子供は甘いものが好きなのだと最近学んだ。
「大きくなったなガブリール。いや理由は分からないが」
「ガウっ!」
ガブリールの首を撫でているとトールとシーラが駆け寄ってくる。
「お帰りなさいアンリ」
「お疲れさまでしたお兄さん」
「あぁ……ただいま。しかし何故ガブリールが大きくなっているんだ?」
「ダンジョンに潜っていたら自然に大きくなっていったんです。狼ってこんなに大きくなるものなのですか?」
「分からんなあ」
分からないが何の問題もない。健康面は悪くなさそうだし、それに抱きつきやすくなった。懐かしい獣臭さがなんとも心地よい。横目に見ているとリリアンヌとベルナが皆に挨拶をしている。
「はじめましてトール様、シーラ様。私はハーフェンで修道女を務めております、リリアンヌ・ルフェーブルと申します。この度は冒険者仲間としてご挨拶に伺いました」
「初めましてリリアンヌさん。こちらこそよろしくお願いします」
「指輪は右手……ああ、いえ独り言です。今後とも仲良くしてくださいね」
仲が良さそうで何よりである。女性同士の会話はなんとも華やか。華やかでないクロードが手持ち無沙汰なので話しかける。
「そういえばダンジョンなんだが中は鬼畜じみていてなあ。クロードは初めてだから易しめに行こうか?」
「舐めるなって。確かにまだ力は足りねえが現場で鍛えるのも乙なもんだ。厳し目でも構わねえぜ」
クロードは胸をドンと叩いて快諾する。
「あ……そういえば大変なんですお兄さんっ!」
「どうしたシーラ?」
「フェインさんが……フェインさんが……大変なことになっていて……」
「こっちに居るから来てよアンリ!」
トールとシーラに手を引かれて正門をくぐる。ダンジョンの入口階段を広場として放射状に木造りの家が建っており、俺はその中でひときわ大きい三階建ての建物に連れて行かれる。村の行政機構として使われているらしい。
ドアを開けて一室に全員でなだれ込む。
そこには変わり果てた姿のフェインが居た。
「フェイン……お前……どうして……?」
フェインは応えない。床に大の字になって倒れており、虚ろな目で口をパクパクとさせている。かつては少々馬鹿ではあったがここまで呆けた表情をする男では無かった。
「俺の言葉が分かるかフェイン?」
「マモモ?」
「何を言っているんだ、まともに応えてくれ!」
「マモ~……」
フェインの言葉は要領を得ない。そもそも人語を話していない。首をひねっているとシーラが説明してくれる。どうやらフェインは『俺様は世界で一番強い男になる』と叫びつつ一人でダンジョンに突貫。シリウスがトールの情報を元に慎重に進めているのとは対照的に、フェインは何度死んでも猪突猛進にダンジョン攻略を進めていたらしい。
「なるほど、そして死亡回数が五回を越えてからフェインがおかしくなったと」
「そうなんです……みんなで止めたんですけど言うこと聞いてくれなくて……今ではマとモしか喋れないんです。赤ちゃん返りでしょうか?」
「マモ?」
「確かにそのくらいの死亡回数が一番キツい時期だ。俺も草原で拾った頭蓋骨に頬ずりしたりしてたっけな」
フェインが純真な瞳をこちらに向けてくる。赤子のように真っ直ぐでどこか腹立たしい。手を伸ばしてフェインの肩を掴む。
「しっかりしろっ! 強くなって嫁さんを見つけるんだろ!?」
「マ……モ……アン……リ、マモッ! マモーーーッ!」
「微妙に駄目だこれは。リリアンヌ、すまないが治癒魔術を掛けてやってくれ」
リリアンヌが膝立ちになり【
「さて……クロード、ダンジョン攻略だが厳し目で良かったかな?」
「易しめにしてくれ」
「仕方ないなあクロード君は」
「やっぱ来るべきじゃ無かったかもしれんな……」
クロードが虚ろな目で呟いた。
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