第49話 ハイオーク・ネスト③

 小休止を終えて探索を再開する。


 相も変わらず陰鬱な通路が延々と続いている。腰に下げたランタンの明かりが無ければ一歩先を進むのも躊躇うほどの薄暗さ。そこに魔物が住み着いているとなると心休まる時はない。


「異常は無いか?」


「ねえな」「ありません」「ありませんねえ」


 三人から同じ答えが帰ってくる。一人でダンジョンを探索している時は前後左右、さらに上下まで気を配っていたが、四人パーティーとなると目が増えた分だけ楽になる。


 ──カラン


「おっと……これは……」


 足に硬いものが当たる感触。明かりを近づけるとそれは人骨だった。白骨化したのか、それとも魔物にすべての肉を食い荒らされたのか。どちらが正解かは分からない。


「弟よ、この遺体を地図に書いておいてくれ」


「はい、遺体1、遺品1を書き留めました。これは冒険者ですね。弓と矢筒がありますから」


 矢筒の中は空になっている。探索中に全ての矢を使い果たした弓使い。その末路は悲惨なものだ。首の骨に掛かっているプレートの星は6つ。クロードと同じ第六位階冒険者であった事を示している。


「聖女様も供養をしたいとは思うでしょうが、ここはしばらく我慢してください」


「お気遣いありがとうございます。そこまで狭量ではありませんので大丈夫ですよ。また迷宮を出てから霊を慰めさせて頂きます」


「助かります」


 サレハが屈んで地図を書いている間、壁にもたれ掛かりつつ周囲を警戒する。迷宮に入ってから何度か戦闘となったが、ゴブリンとオーク程度では相手にならない。クロード自身もそれなりに強く、それにサレハと聖女の魔術支援がある。


 不安点はクロードと聖女の装備。俺とサレハは迷宮由来の装備が有るが二人はそうでもない。いざという時は俺が敵の攻撃を引き受けるべきだろう。


 ふと違和に気づく。


「ん……あれは何だ?」


 通路の遥か奥。そこに人工的な明かりが灯っている。不規則に揺れており、まるで俺たちが使っているランタンの光の様に見える。


「あれは……ランタン? もしかして生存者でしょうか?」


 地図を書き終えたサレハが目を細めて遠くを見つめる。


「魔物がランタンを使うことがあるのか?」


「いや聞いたことはねえな。だが人間だからといって友好的とも限らねえぞ」


「盗掘者、盗賊、人狩りあたりの可能性もあるのか。回り込んで確かめるか」


 クロードと話していると通路の先のランタンがひときわ激しく揺れた。相手もこちらに気づいたようで駆け寄ってくる。


「戦闘準備ッ!」


 人か魔物か。判別はつかないが危険なことに変わりはない。友好的であれば武装を解けばいいが、そうでなければ判断の遅さは死を招く。


 ランタンを持ったそれが、姿が分かるくらいにまで近づく。


 緑色の肌。オークより一回り大きい体躯。獣じみた荒い息。



 ──ハイオーク



「グガアアアァアアアーーーッッ!!」


 ハイオークは喉が裂けんばかりの咆哮を上げる。オークの体が肉で出来ているとすれば、ハイオークのそれは鋼鉄じみた筋骨によって出来ている。牙の一つ、指の骨一本をとっても殺意に満ちている。殺すために生まれた魔物。人の天敵である穢らわしい生物だ。


 ハイオークは手に持った二つの兜。かつて冒険者が被っていたであろう兜を頭上で打ち付け合い、耳障りな音をけたたましく上げる。


「あいつ!! 仲間を呼んでやがる!?」


 クロードの悲鳴じみた声が聞こえる。


 とっさに前方に躍り出て、腰から剣を抜き放つ。こちらの出方を見ていたハイオークがニヤリと笑い、その豪腕を持って兜の一つを投げつけてくる。


「遅いっ!!」


 下段から切り上げて兜を両断する。領地ダンジョンの投石オークと比べるのもおこがましいくらいの半端な投擲。兜を切られたハイオークが驚いた顔をするが構わずに突進する。


「グ──ガオオオオオッッ!!」


 焦ったハイオークが残った兜を両手で持ち、俺を叩き潰そうと振り下ろしてくる。地面を蹴って横に飛んで避ける。


 同時にヒュンと音がして後方から何かが飛んでくる。振り向くとクロードが腰のナイフを投擲している姿が見え、正確無比にナイフがハイオークの胸に刺さった。心臓を狙ったようだが厚い筋肉に阻まれてしまった。


「グギッ──ガアウッッ!!」


 ハイオークが一歩怯む。その隙を逃さずに剣を横薙ぎにして首を切り落とす。ブシュウと音がして血が弾け、ハイオークの首が地面を跳ねる。


「まだ敵の新手が来るかも知れない。俺は通路の前方を死守する。三人は一組で後方を死守してくれ!」


「兄様! あれを見てください!」


 サレハの指差す先は今まで通ってきた道。そこに転々と魔法陣が浮かび上がってくる。


「転送魔法陣っ……! 灰の剣士様! あれは魔術により魔法陣間の移動を可能にします。この迷宮のどこかで魔法陣を操っているものが居ます!」


 人か魔の者か。どちらかが悪意と殺意をもってこちらを狙っている。


 前方に振り返ると同じ魔法陣が何個か見えた。ハイオークが地面からせり出すように何体も出てくる。手に持っている武器は棍棒などの粗末なものが多いが、中には鉄製の両手剣を持っているものも居る。冒険者から奪ったのだろう。


 ハイオークと対峙する。不思議なことに襲っては来ない。


 更に少しすると魔法陣がまた光り、そこからゴブリンが這い出してきた。驚くべきことにその体は火に包まれている。肉の焦げる嫌な臭いをさせ、悲鳴を上げながらこちらに突進してくる。


 襲いかかってくるゴブリン一体を切り伏せる。


 二体、三体目も同様に首を切り飛ばす。しかし最後の一体は俺の足にしがみついて来た。炎が燃え移る前に頭を踏み潰す。鈍い──果実を叩き割るような音がし、足元に気持ちの悪い感触を受ける。


「ゲッゲッゲ」


 ハイオークの嘲笑。死んだゴブリンを嗤っている。


 後ろでも同様に戦闘が始まっている。横目で見るとクロードが長柄のハンマーで敵の攻撃を受け止めていた。苦痛に歪んだ顔が見えるが、何とか持ちこたている。


「【ストレングス筋力増加】【プロテクション耐久増加】」


 聖女の補助呪文がクロードに掛けられる。クロードは増した筋力をもって敵をハンマーで弾き飛ばした。


Aer詠唱Diffusio拡散TonitruaHastam


 サレハの詠唱により紫電を纏った槍が何本も飛ぶ。そのうちの一本がたたらを踏んたハイオークに当たる。


「グガアアアッッ!!」


 雷槍はなおも勢いを止めること無く通路を蹂躙していく。逃げ場を無くしたハイオークは順々に雷槍の餌食となっていった。


「灰の剣士様! 目を閉じてください!」


 後方の敵を片付けた聖女が指示してくる。注文通りに目を瞑るとすぐさまに聖女が詠唱を始める。


「【フラッシュ閃光】!」


 目をつぶっていても分かるくらいの閃光が迸る。ハイオークの小さな悲鳴が聞こえて、次第に光は失われていった。


 戦闘の混乱のせいでつい聖女の注文通りに動いてしまった。もしこれが暗殺のための嘘であったならば相当に危なかった筈だ。心にどこか油断があるのか、それとも聖女を信頼してしまっているのか。分からない。


 目を見開くと、顔を抑えて苦しむハイオークたちが見えた。すぐさまに駆け寄り首を次々に両断していく。


 全ての魔物を倒し終わり、魔法陣からの新手も出てこない。直ぐに四人で隊列を組んだままその場から離脱。何度も通路を曲がり、後方を確認して、そして完全に敵を撒いたことを見て取ってから小部屋に逃げ込む。


 四方を石壁に覆われた小部屋。物置か何で少し埃っぽいが、一晩を明かすくらいには使える。


「何だあいつらは?」


「はあ……はあ……びっくり、しましたね。まさか魔物が魔法陣を使ってくるなんて。今まで聞いたことがありません」


 聖女が荒い息をつきながら語りかけてくる。確かに魔物というものは概して知性がない。食欲と性欲、それに殺人欲求を足して暴力を添えたものが魔物というモノである。戦術や戦略は人の領分であった筈だ。


「今は戦闘を避けようぜ。この部屋で一晩隠れて、明日から敵の親玉を叩くのがいいな。チマチマ消耗戦なんてやってらんねえ」


「同感だ。首魁を潰してから、指揮系統を無くした残党を狩ろう」


 クロードに同意する。血の付いたナイフを布で拭っている。戦闘の混乱の中でもきちんとナイフを回収しているのは偉い。俺だったら忘れていただろう。


「サ……弟よ。入り口をまた石壁で塞いでくれ」


 うっかりサレハの名前を言いかけてしまった。それにクロードに敬語で話しかける設定も既に忘れてしまっている。もう滅茶苦茶。やはり俺には二つの素性を使い分けるなんて器用な真似は出来そうにもない。こう考えると俺は馬鹿かも知れないが、自分が馬鹿だと分かっている馬鹿だ。まだ馬鹿の中でもマシな馬鹿なはず。


「はい兄様。Aer詠唱Robustus 強化StoneWall


 ズズズと音を立てて入り口が石壁で覆われる。


 背負い袋を地面に下ろして休息準備を始める。疲れを取るために簡単なスープくらいは作りたいし、夜は毛布に包まれて眠りたい。密室なので火は長時間使えないが料理くらいには足るだろう。


「本当に不思議な魔術……体内と空間のマナ、両方に干渉して一つの魔術術式を組み立てているのですね。自身を魔術の射出機ではなく、まるで触媒に見立てているような……」


「あれは古代魔術です。弟は特殊な訓練を積んでおりますので」


 サレハの古代魔術は積極的に宣伝していく。領地に置いてきた魔導書無しでは真似が出来ないだろうし、それに名を上げる宣伝道具にもなる。


「不思議な御方ですね。弟様も……貴方も」


 疲れ果てた様子の聖女がその場に腰を下ろす。同調したように全員が輪になってその場に座り込んだ。ランタンを中心に置いて明かりとすると、前に座っている聖女の影が壁に映し出された。影絵のように見える。


「それでは休みますか」


「はい、少しお話をしてそれから休みましょうか」


 聖女が微笑む。


「賛成です。迷宮の情報共有は大事ですからね」


「分かっているくせに意地悪ですね。灰の剣士様は」



 微笑み──ふと記憶が蘇る。


 王宮にいた頃、様々な人間の微笑みを見てきた。強者に媚びる卑屈な微笑み。弱者を甚振る嗜虐的な微笑み。富に縋る者、力に怯える者、欲に溺れる者。愚かな人間たちは、いつだって嘘くさい微笑みを湛えていた。


 しかしこの聖女の微笑みは少し違う気がする。少しだけ自分たちの事を喋っても良いのではないか、そう思わされるほどに。

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