第48話 ハイオーク・ネスト②

 オークの死臭が立ち込める中、聖女と言葉を交わす。


「取り敢えず……詳しい話は安全な場所を見つけてから。少なくとも今日の探索を終えてからにしましょう」


「畏まりました。また詳しくお話しましょうね。それと弟様が使っていた変わった魔術もとても気になります」


 聖女に全てを話す必要はない。


 そもそもこの聖女が信頼に足る人物だと信じきれていない。ドミール修道会の間者に関係しているかも知れないし、もしかすると王族の情報から利益を得ようとしている可能性もある。


「おい、さっさと大扉の向こう側に行こうぜ」


 クロードに促される。


 オークが居た広間。そこにある大扉が迷宮の奥につながる唯一の出入り口だ。蹴破れば簡単に壊れそうなほど古ぼけている。


 大扉を押し開ければさらに迷宮じみた通路が続いている。


 奥の方までランタンの明かりが届かないほどであり、横道も合わせればかなり複雑そうである。一日での踏破は諦めて数日かかりで進まなければいけないだろう。


 サレハが二人に聞こえないよう、そっと耳打ちしてくる。少し後ろではクロードと聖女が後方の警戒をしつつ付いてきている。


「あの聖女ですが油断なりません……どう思いますか?」


「俺も怪しいと思う。ドミール修道会の間者──その線があるかもな」


「間者? いえあの女……もしかすると兄様の事を狙っているかも。危険です」


 確かに命を狙われている可能性は否定できない。ダンジョンで鍛えた装備と身体能力をもってすれば、後衛である聖女に負ける要素は無いとは思うが。


「兄様に近づく不埒な女……兄様の妻となるお方は僕がきちんと選びますから。それにマリー様の件をいきなり切り出すなんて酷いです」


 会話が噛み合っていない。俯きつつブツブツと言葉をこぼすサレハは若干の怖さがある。はたして何を考えているのか、イマイチ分からない。


「気にしていないし聖女にそんな気は無いだろう。それに俺は誰とも、将来的にも結婚をする気は無い。王族の血がこれ以上増えると世の迷惑となるからな」


「そんな……兄様の子に『叔父上』と呼ばれる僕の計画は……どうなるのですか? がんばって魔術を教える予定でしたのに……」


「自分の子に教えなさい」


 サレハが子を持つのはいい。サレハの故郷であるダルムスク自治領に帰ってから、そこで身分を隠せば市井にまぎれて生きることも出来るだろう。親となり子を持つのも一つの人生の形である。


 気を取り戻して周囲に気を配る。


 十字路に差し掛かったので行き先を選ぶ必要がある。サレハが手際よく地図を書く傍らで思案にふける。


 整備された正面の道。魔物によって掘られた左右の分かれ道。どちらを行くか。しばし考えてから提案する。


「依頼は魔物の殲滅。魔物が居そうな左に行こう。右は後回しで」


 三人が頷く。


 曲がってからしばらく進むとゴブリンの集団が見えた。手には粗末な武器。石を切り出して作ったナイフもどきや棍棒などだ。


「グガアーーッッ!!」


 ゴブリンのうちの一匹が威嚇してくる。殺意に満ちた目、こちらを食糧と捉えているのが分かる。緑色の肌は魔物の証。人を喰らう邪悪な存在である。


 足元にあった大きめの石を拾う。


 握りつぶして尖った欠片を作り出し、そのまま全力を持って投擲する。轟音とともに石の欠片たちはゴブリンを襲った。


「ギィッッ!!」


 身を切り裂かれたゴブリンが悲鳴を上げる。ただの一撃でゴブリンたちの多くは死傷し、残ったゴブリンも手分けして始末した。


「……お前ってそんなに握力あったっけ? 人外じみてたけど」


「ある方法で鍛えた。クロードも良ければ鍛えないか。冒険者稼業をしていくなら、力はいくら有ってもいいだろう」


「まだ人間でいたいな。それに嫌な予感がするっていうか……お前の瞳から何か邪悪な企みを感じるっていうか」


「遠慮するなよ。今までに味わったことのない経験が出来るぞ」


 その後もクロードはなおも固辞したので、この場での勧誘は諦めた。またクロードが領地に来ることもあるだろうから、そのときにまた誘えばいいだろう。


 ゴブリンの討ち漏れが無いか確認してから、また探索に戻る。相当に複雑な構造ではあったがサレハの地図を見ながら進む。同時に書き足される情報のお陰で全体の構造が見えてきた。


 道中で会うのはゴブリンとオークが殆ど。依頼にあったハイオークの姿は未だ見えていない。


 今は小部屋の中で休んでいる。入り口をサレハの魔術製石壁で閉じており、簡単には外部から入って来られないようにしている。


「依頼にはハイオークが大繁殖とありましたが、そうでもないようですね」


「ええ。もしかすると村人の方が恐怖からオークとハイオークを見間違えたのかもしれません。恐怖と動揺は敵の姿を見誤らせるものです」


 聖女が応える。確かにハイオークはオークより体が大きいが、魔物に慣れていない村人たちでは区別がつきにくい


「そうなると第四位階パーティーの全滅とあったのが疑問ですね。罠があったのか。それとも別のなにかが有ったのか?」


「確かに。油断せずにいきましょう」


 会話の中でも聖女は石像を手にして、興味深そうに眺めている。


「灰の剣士様、この石像ですが興味深いと思いませんか」


 ただの石像にしか見えない。なにかしらの神を象った像。薄衣をまとった女神が彫刻されている。


「これはこの地方で信仰されていた魔術を司る女神の像です。けれど地表の神殿では別の神の像が祀られていました。なぜ地下にだけ女神像が有るか? 推測ですがここでは魔術的な儀式をしていたか、もしくはここが魔術的に重要な土地だったか……だと思います」


「悪魔とか邪神とか封じてねえだろうな」


 クロードが露骨に嫌そうな顔をする。確かに邪神が出ると困る。神は剣で切れるかどうかが分からないし、殺すと祟りもありそうである。


「僕も……この迷宮に入ってから少し気分が悪いです。マナが異常に濃くて酔いそうになります。魔術的には良い環境だとは思うのですが」


「あらあら大丈夫ですか」


 聖女がサレハに手を伸ばす。しかしサレハの背中を撫でようとした手は無情にも拒絶された。サレハが手で払ったからだ。


「触らないでください」


「ふふ……嫌われちゃいましたか……泣きそうです……」


 聖女お得意の泣き真似ではなく、本当に泣きそうになっている。涙で潤んだ瞳がなんとも悲壮。すっごい可哀想。


 見なかったことにして干し肉と黒パンを齧って腹を満たす。小休止が終わればまた探索が始まる。少しでも英気を養う必要がある。


「私は平気……嫌われてない……嫌われてない……」


 聖女の独り言が聞こえてくる。


 サレハも本当に聖女を嫌っているわけではないだろう。聖女の言葉で王宮のことを思い出し、少し神経質になっているだけ。まだまだ話す機会もあるから仲直りも容易い筈である。


 彼女の真意が何であれ仲良くするに越した事はない。


 判断を下すまでは。

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