第43話 都市ハーフェン
空に二つの月が浮かぶ。
見慣れた月たちから落ちてくる光が城壁を照らしている。
右手を限界まで伸ばして城壁を掴む。掴んだら今度は左手。そして足も動かして城壁をどんどんと登っていく。
視線を下に下げれば地面は遥か彼方。落ちたならばギリギリ死ぬかも知れない。
背中にはサレハを背負っているが何の負担にもならない。軽いし、それに俺のステータスは今ではかなりのモノである。英雄と呼ばれる人たちには一歩劣るがそう捨てたものでも無い。
「高いから下を見るなよ。それと絶対に悪戯はするな」
「どうしましょう兄様……するなと言われるとしたくなります……」
「どうもこうも無い! 年相応の幼さを見せるんじゃない!」
死の気配を感じつつ登ってゆく。
ここは都市ハーフェンを囲う城壁。いわゆる無断侵入の真っ最中である。上からクロスボウを撃たれることが無いように兵士が少なそうな場所を登っている。
「まさか王族が壁を登って入ってくるとは思うまい」
「城門から入るのは駄目なのでしょうか?」
「入市税を払えないからな。それに王宮の諜報部隊が潜んでいるかも知れん。ドミール修道会って聞いたことがないか?」
「少しだけ。王国と宗教を後ろ盾に暗殺と諜報を請け負ってると。ここにも居るんですね」
胸壁に手を掛けて昇り切る。思った通り周りに兵士の姿はない。後は階段を下れば都市内部に侵入できる。
風邪が治ってから東方にあるこの都市ハーフェンに侵入することを決めた。最初は一人で行こうとしたのだが、シーラとシリウスから悪魔じみた形相で睨まれたのでサレハを連れてきている。
シリウスやフェインは
草原はゴーレム5体を連れて突破した。昼は歩き夜はゴーレムが牽く荷車の上で寝る。それを繰り返して都市までの道のりを無傷で乗り切った。
目標は第一に金。そして
『白檀の仮面+7』がズレていないか確認する。都市内では変装をする必要があるため仮面を身に着けている。
サレハも『黒壇の仮面+11』を付けている。兄弟揃って仮面。怪しさが天井を突き破っている。ちなみに仮面は顔の上半分を覆っているだけなので飲食も可能である。
仮面は目元も空いている。空いて無ければ前が見えない。これが世界の理である。
「ここからは互いの名前は呼ばないように。俺もサレハの事は『弟』とでも呼ぶから。分かったか弟よ」
「はい兄様! 謎に満ちた仮面の兄弟……という事ですね」
「謎と言うか不審者と言うか、意見は分かれる所であるな」
ダンジョンではシリウスを筆頭とした精鋭メンバーが『オッサの地下墓所』を踏破している。持ち込み装備をダンジョン内で融合し、そして俺たちの外出用に装備を整えてもらっている。
シーラの治癒ポーションでアンデッドを倒しつつダンジョンを攻略したらしい。俺も参加したかったが病み上がりだから駄目と言われた。
「無事に都市に着いたことを報告するから少し待て」
指につけている『共鳴する指輪』に念じて効果を発動させる。これはオーケンに作ってもらった。装着者同士で念話が可能になる優れものであり、領地ではシーラが持っている。
《聞こえるかシーラ。無事に都市ハーフェンに着いた》
《はい聞こえますよお兄さん。そっちは大丈夫で──って、きゃあ!》
《大丈夫かシーラ! 何があった!?》
念話中にシーラの悲鳴が聞こえる。少しすると野太い声が聞こえてきた。
《くぉら、糞アンリッ! 儂が丹精込めて作った指輪を持っていったな! あれはアダラさんに渡すつもりだったんじゃぞ!》
《どうせ渡せないでしょう。何時までもモジモジしているから有効活用しようかなって思ったんです》
オーケンは指輪を作ったものの渡せずにいた。だから夜半にこっそり忍び込んで拝借している。悪いとは思うが非常に便利そうだったので仕方がない。
《寝る前にお話する用の指輪を……お主……この悪魔!
《悪いとは思ってますよ。帰ったらアダラさんとオーケンさんが話す機会を作りますから》
《……》
《アダラさんと皮なめしを一緒にするのは? 横で一緒に話しながら作業するんです。仲もグッと縮まりますよ》
《お主の罪を全て赦す。はよ帰ってこい》
念話が一方的に切られる。それにしても初めての贈り物が指輪とは重い。想いが重い。アダラさんも貰うとしても困るだろう。
シーラには無事を伝えたのでさっさと都市に入ることにする。
石階段を下ってゆく。
巨大な都市に敷き詰められた家々。木や石で出来た家はその数だけ人生が詰まっているのだろう。
王宮の窓から見下ろしていた風景と今見ているもの。色んな人と出会った今では少し違って見える。
「それにしても今晩はどこに泊まりましょうか。僕たちは無一文ですよ」
身の丈もある杖を抱えたサレハが聞いてくる。階段を降りるたびに黒いローブが風ではためく。
「友達を頼ることにする」
「と、友達! 兄様って友達が居たんですか!?」
「俺の心が鋼だと思うなよ。傷つくこともあるんだぞ」
「空想上の存在ではないですよね? 兄様はダンジョンで色々あってアレな所があるので……」
アレも糞もない。俺は正常だ。もし俺が正常でないとしたらそれは世間のほうが間違っている。
階段を降りきる。
薄暗い裏通りを進み、そこで座り込んでいる老人に話しかける。見た目は汚れているが目に力がある。この歳まで生きているということは生き延びる力が有るということ。情報を聞くにはいい相手だと思う。
「ご老人。一つお尋ねしたいのですが良いでしょうか。人を探しているのです」
「怪しげな若者じゃのう。まあ暇つぶしに答えてやろう」
「──を知りませんか? 恐らく裏稼業でも有名だと思うんですが。この街に住んでいるはずなんですが」
「──か。確かにそこそこ有名じゃの。アイツなら『牡鹿の双角亭』でよく酒を飲んでおるよ。ここを真っすぐ進んだ大通りを曲がって右手じゃ」
一人目で知っている人に出会えたのは運が良い。しらみつぶしに聞くつもりだったので手間が省けた。
「ありがとうございます。お礼はまた今度」
「別にええ。まったくの無一文とは思わんかったが」
「ああっ!」
老人の手のひらで皮袋が宙を舞う。あれは俺の硬貨入れである。いつの間に盗られたのと言うのか。
「目に頼りすぎじゃな。視線誘導には気を付けると良い」
「これは……また。お見逸れしました」
「路地裏は若者が歩く所じゃ無いぞ。道を踏み外す前に大通りを真っ直ぐ歩いたほうがええ」
革袋を返してもらってから軽く手を振って老人と別れを告げる。
路地裏を進むと話通りに大通りに辿り着く。右の方に大きな酒場が見える。看板には『牡鹿の双角亭』とあり、夜中だというのに騒がしく明かりが零れている。
「柄が悪い男もいるだろうから気を付けよう弟よ」
「はいお任せください。いざとなれば魔法で」
「魔法は出来るだけ使うな。力に頼る前に話し合いで済ます」
門を開いて店内に入る。
暗い外に慣れきった目をランプの明かりが照りつける。一瞬、視界が明滅したがすぐに目が慣れた。店内には冒険者らしき偉丈夫も多いが、目当ての男を探すと直ぐに見つかった。
カウンターの前で一人寂しく酒を飲んでいる。
一歩づつ近づいてから肩を叩いて呼びかける。
「久しぶりだなクロード。お前の『親友』が会いに来てやったぞ」
参考:現在ステータス・装備
アンリ・ボースハイト
HP294 MP10 攻撃力175 防御力176 魔法力1 素早さ35
武器:オリハルコンショートソード+25
防具:ミスリルブレストプレート+10 白檀の仮面+7 朧布のマント+5 共鳴する指輪
特殊スキル:ステータス保持(固有)
サレハ・ボースハイト
HP46 MP7861 攻撃力5 防御力15 魔法力98 素早さ6
武器:古代樹の杖+14
防具:精霊布のローブ+25 黒壇の仮面+11 共鳴する指輪
特殊スキル:マナ体質(固有)ステータス保持(共有)
クロードをもし覚えていたら記憶力は相当のものです。
6話~7話に出てきています。
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