第42話 ダンジョン攻略隊
「──ケホッ!」
咳を一つ。
皆に説教された翌日、張り詰めていた何かが切れてしまったのか熱が出た。悪寒と咳が止まらないためベッドに横たわって窓から外を眺めている。
もう寝込んでから数日が経つ。
何も出来ないもどかしさがあるが動くことは禁止されている。「ステータス保持」スキルのお陰で病気でも体は動かせるだろうが、いかんせん体の辛さまでは防いでくれないだろう。
「大丈夫ですか? 辛くなったら言ってくださいね」
シーラがベッドの傍らで微笑む。
この領地では満足な治療施設が無いため風邪一つでも死にかねない。街に行けば教会の治療院があるだろうがここでは全て治癒ポーション頼りである。
シーラの手元には治癒ポーションの瓶が一つ。もし俺が重篤になればあの瓶が口に突っ込まれるのだろう。
「ありがとう。けど伝染ると悪いから程々でいいぞ」
「シリウスさんがお兄さんのことを『放っておくと死にそう』って言ってましたけど……私もそう思います。もうちょっと一緒に居ますね」
「赤ん坊じゃ無いんだから大丈夫」
「……」
外で領民の歓喜の声が上がる。どこかの隊がダンジョンを攻略しきったのかも知れない。
あれからシリウスたちは隊を組んでダンジョン攻略を始めた。シルバークロウ氏族の戦士全員がダンジョン潜りに賛同したのは、かつて村を失った経験が彼らに強さを求めさせたからだろう。
既に皆には血を分けて「ステータス保持」スキルを持ってもらっている。これでダンジョン攻略によりステータスが上がる。30人分の血を抜かれたときは死ぬかと思ったが。
「行きたいな。俺が一番ダンジョンに詳しいのに……」
「最近ポーションも新しい種類を研究しているんですよ。うーん麻痺ポーションでも作ろうかなあ」
「冗談だって」
鍛冶工房も活動を開始した。ゴレムスたちはエイスが居たダンジョンから鉄鉱石を素手で掘りだした。そしてオーケンが斧やツルハシを作り、ゴレムスたちが木を伐採し、鉄鉱石を採掘している。昼夜を問わず資源は採取されて村の片隅にうず高く積まれてゆく。
オーケンは巨大な窯を作って木を蒸気で乾燥させていた。本人曰く、生木は建築には使えないとの事だ。
「シーラ。ゴレムスたちのお陰で草原を安全に移動できるようになったろう。彼らは護衛としては完璧だ」
「力持ちで本当に頼りになりますねえ」
言うべきか悩んでいた事がある。トールとシーラを領地に迎え入れた日、彼女たちが話していたことがずっと胸に引っかかっていた。
「だから北のオルウェ王国にも行ける。俺がトールとシーラの生まれ故郷で家族を探して──」
「いいんです。もうお父さんとお母さんは……たぶん死んでいます。傭兵団が村を焼いたあの日、きっと……」
シーラが目を伏せる。やはり落ち込ませてしまったが、向き合うべき問題であるし気にしていない訳がない。
「俺は諦めてない。サレハの母親も王宮から助け出すし二人の家族だってきっと探してみせる。想い合っている親と子が逢えないなんて、そんなの間違っている」
「けれど、危ないです」
「だから力を手に入れる。何があっても死なないような力を。風邪が治ったら
「私……私、嬉しいけれど……私はお兄さんが──」
話している最中、部屋のドアがゆっくりと開けられてトールが入ってきた。トールはベッドの傍らまで歩いてきて俺に話しかける。
「あれま、何この雰囲気。喧嘩?」
「……何でもないよお姉ちゃん。お兄さんは体調が悪いんだからさっさと用件を言ってね。さっさと」
「なんか辛辣!? 何で、ボクが悪いの!?」
シーラにとって辛いことを言ってしまったため気を悪くしたらしい。トールには悪いことをしたが、タイミングが悪かったと諦めてもらう他ない。
「むぐう……シリウス隊とサレハ隊が『始まりの試練』を踏破したよ。フェイン隊はフェインが罠を踏んで全滅したみたい。また直ぐに潜っていったけど」
「フェイン隊か。容易に想像できるな。あの隊には入りたくない」
「フェイン隊は血気盛んで楽しそう……かな。それと皆ステータスが順調に上がってるよ。ボクの方でダンジョンの地図とか色々まとめているから何でも聞いてね」
「ああ風邪が治ったら世話になるとするよ」
トールはダンジョンの調査役を買って出てくれた。
魔物・罠・アイテム・ステータス・ダンジョン法則の全てを集約して各隊に情報共有する役だ。頭の良さ──というより要領の良さが求められる役であり、それに関してはトールが適任だった。
誰が何の情報を求めているか察し、それを必要なだけ伝える作業は難しい。俺には出来る気がしないがそれで良い。
俺は万能ではないから振れる仕事は全部振る。上に立つ者としては足りないだろうが、足りなさを嘆いても意味がない。
「風邪が治ったら東にある都市──ハーフェンに行くかな」
「ハーフェンって
「名前は名乗れないな。『私は王族のアンリ・フォン・ボースハイト・ラルトゲンです』と言ったら大問題になる」
「うーん初めて聞いたけど長い名前。舌噛みそうだよ」
王国内を歩くときは変装をして偽名を使う必要もあるだろう。暗殺者が襲ってくる可能性もあるし、周りの人にも迷惑を掛けてしまう。
アンリ・フォン・ボースハイト・ラルトゲン。尊大な名前だが母上から頂いたアンリの名しか誇る所は無い。
本来であれば俺は名を偽ってはいけない人間だ。名前が持つ責任、王族の責任を放棄することは許されない。
だが生き延びるためにしばし名前を偽る。もし王族に恨みを持つ人間が現れたとき、その時は本当の名前を伝える必要がある。
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