第29話 光(Side:エイス・ボースハイト)

 視界の端で光が明滅する。

 呼吸が出来ない。喉を締めてくる手の力は人間のものではない。何でアンリ如きがここまでの力を。アイツには特別なスキルなど無かったはずだ。


「ガアァ、クソ……野……郎……が」


 放せ。

 俺は正真正銘、正当なる王位継承者。こんな薄暗いダンジョンで死んで良い器ではない。


「エイス、罪を償えないなら、その命で贖おう」


 何だその目は。

 憎い俺を殺すというなら、もっとふさわしい目をしろ。憎しみには憎しみで返せ。俺を憐れむような目で見るな。


「ふ……ざけるな、俺は……王族……」


「王族だからこそ。俺たちは王族だからこそすべき事がある。すべての命は役割を持って生まれる。俺とお前の役割だって探せばあった筈だ」


 そんなものは無い。俺たちは力によって覇を示し、そして民衆をひれ伏せさせるだけだ。役割を与えられる演者ではない。俺そのものが舞台なのだ。そのための王族の血。そのためのスキル。そのための国だ。


「良い……のか、こうし……てる……間に……サレハ、が……死にかけてるぞ」


「……ッ!」


 首に掛かる力が弱まる。


「カハァッ! ハア、お前に人は殺せねぇよ。」


 荒い息を吐いて空気を取り込む。まだ俺は死んでいない。死んでいなければ挽回は幾らでも出来る。


「出来る! だが、今はッ!」


「サレハのマナは空っぽだぁ、それに碌に飯を食わせてねぇからなぁ。放っておくと死ぬぜ?」


 嘘だ。マナが減ったから死ぬことはない。確かにサレハは腹を空かせているだろうが、まだ死ぬほどではない。騙されろ愚か者が。


「そんなだから、死んだ人間にいつまでも執着してんだよ。甘っちょろいアンリ様よぉ」


「……黙れ」


「グゥウッッ!!」


 腹部に拳がめり込む。

 つい悪態をついてしまった。アンリの顔を見ると、どうしても腹が立ってしまう。口から出る言葉を止められない。


「ハ、ハハ……グリフォンもスケルトンナイトも皆、死んでやがらぁ……」


 倒れ伏したせいで、頬に冷たい岩が当たる。

 あれを手に入れるのにどれだけの労力と金を掛けたと思っているんだ。グリフォン1匹で騎士20人分の価値はあると言うのに。

 もうスケルトン1匹出すマナも残っていない。こんな事なら、もっと死霊術を極めればよかった。誰も持っていないスキル。俺はスキルに甘えていたのか。


「狼野郎が……」


 疲れた様子の獣人が近寄ってくる。あいつもアンデッドにして配下にする予定だったのに。今では俺のアンデッドを殺している。まるでアンリの走狗だ。


「よお狼野郎。へへ、村を壊して悪かったな。これからどう暮らしていくか、ちゃんと考えたか?」


「アンリ、アンデッドは殲滅しました」


「ありがとうシリウス。もう終わりだ。付き合わせて悪かったな」


「ふざけるなぁッッ!! 俺を無視するんじゃねぇッッ!!」


 ふざけるな。そんな目で見るな。俺を誰だと思ってやがるんだ。俺は第一王妃派閥、第八王子、死霊術師のエイス。混ざりモノ、下賤の血が見下すな。


「どうやらサレハが奥にいるようですね。アンリが助けてあげて下さい。私はもう、疲れました。子供一人を背負うのも辛いのです」


「だがエイスが……いや、ありがとう。シリウス。俺はサレハの所へ行くよ」


「それが良いです。もう残り少ないですが治癒ポーションを渡しておきます。それは軽症用のポーションなので、あまり効果は期待しないで下さい」


 アンリがポーションを受け取って、駆け足で奥に進んでいく。


「待て……待てよアンリぃ……俺を、見ろ……」


 完全に見えなくなった。もう声は届かない。


「アンリにはすべき事があります。貴方のお相手は私がしましょう。ああ……私はシリウスと言い、シルバークロウ氏族の長をしておりました」


「シリウスか……なあ、話が有るんだが聞いてみないか?」


 こいつがあの村の長か。

 まだ俺は死んではいない。こいつを足掛かりに生き延びることだって出来るはずだ。


「何でしょうか? 言ってみて下さい」


「村は悪かったなぁ。アンリが帰ってくる前に話をしようぜ。俺とお前の力があれば、二人揃って王になれる計画があるんだ」


「興味深いですね。話しても良いですよ」


 シリウスの尊大な言い方に腹は立つ。だが今は我慢だ。


「お前は俺をここで見逃す。そして俺はアンリの目の届かない所でアンデッドの軍勢を作る。お前にアンデッドを貸すから西方を平定するんだ。そして出来上がった最強の軍勢で王国そのものを手中にする」


「ほうほう」


「俺は人間ヒュームの王となる。お前は獣人ビーストマンの王となるんだ。当然、俺のほうがちょっとは立場は上だがな。全てを手に入れ、そして全てを傅かせよう」


「面白い。では貴方が私の主になると?」


 食いついている。これなら上手くいくかも知れない。名誉と金、女、力を跳ね除ける男なんて居ない。今まで見たことがない。


「嫌だったかぁ? そんなに嫌なら同列にしてやっても良いぜ」


「そうですね。嫌です。それに主はもう見つけました」


「何を……言って……」


 シリウスがゴキゴキと指を鳴らす。鋭い爪が松明の明かりを反射して、まるで剣のように見える。


「私からも提案です。今から出す質問に答えられたら、私は貴方の臣下となりましょう」


「あ、ああ……言ってみろ」


 嫌な予感がする。殺意が質量を持って迫ってくる。


「貴方が今まで殺した者たち。その名前を全て言って下さい」


 血の気が引く。こいつは俺を殺す気だ。答えられない質問を投げかけて、気に入らなければ殺す腹づもりだ。


「ふざけるなぁッ!! そんなの、答えられるわけがッッ!!」


「普通の人間は答えられます。殺した人の数だけ、悪夢に苛まれ、足取りが重くなるものです。さあ、最初は誰ですか?」


「メ、メイドだッ! 王宮で働いていたッ!」


 そうだ、アイツは仕事でヘマをしたから殺してやった。貴族でもねえ女だから、俺を咎める人は誰も居なかった。


「名前は?」


「分からねえ……なあ話題を変えねえか? 何なら俺がお前の下についても良い。なあ、頼むよ……」


 シリウスがため息をつく。最後の情けとばかりに一本の指を立てる。


「では最後の質問です。貴方のせいで私の村に二人の死者が出ました。その名前を言えますか?」


「さっきから黙って聞いてればフザケやがってッッ!! 最初から遊ぶつもりだったな、獣人風情がぁああッッ!!」


 シリウスの瞳に憤怒の炎が燃え上がる。


「アルカラ、ドラス、二人とも気の良い戦士でした。まだ若く、未来がありました」



 ──瞬間、シリウスの鋭い爪が胸に食い込む。何かを探すように体内を駆けずり回り、そして俺の心臓を握りしめた。



「ふ、ざける……なぁ……オ、れは……」


 血が喉に詰まって上手く喋れない。

 目の前のシリウスが手を握りしめていく。不思議と痛みはそこまで無い。


 薄い意識の中、今までの人生が逆周りで脳裏に蘇る。



 アンリを探すために王宮を出たあの日

 つまらない世辞を言う王宮の馬鹿ども

 俺に興味を示さない母上

 派閥争いで死んでいく兄弟共

 そして、アンリが生まれた日



「あ、あ……そう……だ俺は……」



 ──記憶が鮮明に蘇る。アンリが生まれてから少し後、俺は新しく生まれた弟を見ようとして、王宮の庭に出向いた。そこにアンリの母親が居た。美しいグレーの髪。慈母の微笑み。そして胸元にアンリを抱いて、心底幸せそうにしていた。



「俺、は……」



 ──その光景が只々、恐ろしかった。知らなかった。あんな風に笑いかけてくる存在が世界に存在するなど。その後はただ逃げた。もう一秒たりともあの場にいたくはなかった。



「嫉妬、して……いたのか」



 体の中でグジリと嫌な音がする。もう何も見えない。口元から溢れる血が熱くて、鬱陶しくて、今は、全てが終わるのが、ただただ待ち遠しい。



 光が見えた気がした。

 だけどもう遅い。

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