第28話 アンデッド・ダンジョン 深層

 道中でアンデッドを倒しながら進む。エイスは外にいる様々な魔物をアンデッド化させたようで、その数は夥しいものだった。


「────リ」


 洞窟のようなダンジョンを一歩進むたびに、心臓の音が激しさを増す。不快な汗が背を伝って体温を奪う。


「──────ンリ!」


 エイスは最弱であるスケルトンを大量に使役していた。あれは弱い。派閥で力を持とうにも、他のレアスキル持ちの兄たちの脅威にはなれない。

 他の強いアンデッドを召喚する手もあるだろう。だが王宮で見た事があるが、エイスの召喚アンデッドは時間が経てば消える。継続して使える戦力が欲しいはずだ。

 強き個。それを手に入れようとしてシリウスたちを襲った。スケルトンはそのための生贄。川を堰き止め、そして濁流とともに流されて二度目の死を迎えた。


「──────アンリッ!」


 シリウスが耳元で声を出す。アンデッドたちに気づかれないように小声で、しかし語気は強く。考え事のせいで聞き逃していたらしい。


「すまないシリウス。何かあったか?」


「様子がおかしいので声を掛けただけです。油断……はしていない様ですが、何か考えことですか?」


 考えることは無数にある。

 グリフォンをどうやって倒すか、鎖に繋がれたサレハ、そしてエイス。

 それにトールと約束した。生きて帰ると。エイスを我欲のままに殺し、そして家に帰ることは約束を果たしたと言えるだろうか。


「兄弟の事を考えているのですか?」


「そうだな……」


「我々は血の繋がりこそを尊いものと考えています。ですが貴方は、自身に流れる血を呪いだと思っていませんか?」


「…………」


 心の中に土足で踏み入られると腹が立つ。シリウスを尊敬はしているが、そこまで許した覚えはない。


「貴方は自分のことを、世界で一番可哀想な子供だと思っていませんか?」


「……ッ! 何をッッ!!」


 そこまで自惚れるつもりは無い。

 狼の群れにも入れず、草原で餓死寸前だったガブリール。戦火で家と家族を失ったトールとシーラ。皆、何かを失っている。目の前のシリウスも村を流されて祖霊の誇りに泥を付けられている。


「説教をする気はありません。ですが、話すと楽になれる事もあります」


「話す……」


 誰かに悩みを話したことなどあっただろうか。母上が生きていた頃は、日々のつまらない事でも何でも話したものだ。庭に大きい虫がいた。朝食のあのメニューが嫌い。──話す度に頭を撫でられるのが嬉しかった。


「母上……母上のことがずっと胸に引っかかっている。俺が五歳になった年に、王宮で誰かに殺されて……」


 話して楽になりたい。一度口を開くと止められない。


「何かの陰謀だと思う。母上の子供が増えて、新しい派閥が出来るのを恐れた誰かが……」


「そうでしたか。エイスがそれに関わっていると?」


「あの時はエイスもまだ子供だった。分からない。だが第一王妃派閥のエイスなら、何かを知っているはずなんだ」


 そうだ。あいつと、あいつの母親が殺したに決まっている。そうで無くとも、ボースハイト家に生まれただけで同罪だ。


「ではあの鎖の少年は。物見櫓から見ていたのですが、あの少年の貴方を見る目は、普通のものではありませんでした。もしや家族なのでは?」


「あいつはサレハ。母親は違うが確かにボースハイト家の一員だ」


「では憎い一族の血が流れていますね。エイスを殺した後は、サレハを殺すとしましょう。気が晴れますよ?」


「何を言ってッ!? サレハは、何も──」


「貴方が言っているのはそういう事です。時間がありません。さっさと答えを出しておいて下さい」


 シリウスが返事も聞かずに前を歩いていくので、遅れないように後ろを小走りで着いていく。


 岩を打つ水音がいやに大きく聞こえた。



 ◆



 開けた空間。天井は高く、グリフォンが自在に飛べるスペースがある。

 グリフォンの後方にはエイス。サレハの姿は見えない。


「アンリ、気づかれる前に作戦の確認です」


「エイスは残ったマナでアンデッドを召喚してくるはず。グリフォンを含めた乱戦となれば危うい。役割を決める」


「はい、私はエイスの召喚したアンデッド担当。アンリはグリフォンとエイスです。ですが……この割り振りで良かったのですか? アンリのほうが多いようですが」


 岩陰に隠れて言葉を交わし合う。

 シリウスは拳と爪にポーションを掛けて戦いに備えている。同じ様に大鎌に治癒ポーションを薄く塗りつける。エイス以外には非常に有用だ。


「構わない。それに、そうしたいから」


「分かりました。では3秒数えたら行きます」


 ──3


 エイスの顔を見る。待ち遠しそうだ。


 ────2


 分かる気がする。俺だって自分の手でケリをつけたいと思っている。


 ──────1


 なんでエイスが俺に執着しているのかが分からない。そう言えば聞いたこともなかった。


「行きますよアンリッ!」


「応ッ!!」



 搦手も何もない。ただただ大鎌を持って突進する。



「来たかぁッ!! アンリィイイイッッ!!」


 こちらに気づいたエイスがアンデッドを召喚する。騎士鎧を着込んだアンデッド。兜のスリットから尋常ならざる赤い光が漏れる。


「行けぇッ! スケルトンナイトォオオッッ!!」


 アンデッドは盾を前方に構えたまま、もう片方の手に持った剣をシリウスに振り下ろす。

 シリウスは爪でいなして、騎士鎧の隙間──関節部分に拳を入れた。衝撃を受けたスケルトンナイトが折れた腕を抱える。


 またエイスがスケルトンナイトを3体召喚する。


「そこの薄汚ねぇ狼野郎を斬り殺せぇッッ!!」


 シリウスにアンデッドが群がる。


「大丈夫かシリウス!?」


「こちらは放っておけアンリッ!! エイスを何とかしろッッ!!」


 グリフォンが長い翼を広げる。数度はためかせると、土埃が舞い、次第にその巨体が浮き始める。こちらを力強く睨んでいる。


「アンリぃ……やっぱ来たかお前……」


「……エイス」


「サレハは奥だ。邪魔者はもう居ねぇ。死ねよ、ここで死ね。死ね」


「お前に恨まれる覚えはない。武器を捨てて投降しろ。残りの人生全てを使って、殺した人々に償い続けろ。そうすれば殺さない」


「……詰まんねぇなあ。本当は俺を殺したいんだろ、正直になれよ? お前の母親がどんな風に死んだか教えてやろうか?」


「エイス。やはりお前たちが──」


「お前の大切なもの、全部奪ってやるよ。そこの狼野郎もアンデッドにして、お前と殺し合わせてやる。あの村の生き残りも全部だぁ」


「……エイスゥゥウッッ!!」


 頭の中で何かが音を立てて切れた。

 高笑いをするエイスが見える。グリフォンがこちらに飛んでくる。


「ガァアアアァアウウアアッッ!!」


 天井からグリフォンが滑空してくる。

 ポケットから最後の治癒ポーションを取り出して封を開け、そして中身ごと投げつける。


「おいアンリぃ、そんなポーション如きでグリフォンが死ぬと思ってんのかあぁ!?」


 ポーションが掛かってグリフォンの顔面が焼け爛れる。


「な、何だと、高位アンデッドに治癒ポーションが効くわけがねぇえ!! ふざけんなッッ!!」


 悶え苦しみながらグリフォンがこちらに飛んでくる。勢いは削がれ、殺意の指向性も失われている。


「戻れグリフォンッッ!! 行くなぁあああッッ!!」



 ──下段から大鎌を振り上げる。グリフォンの鼻梁が二つに割れる。続いて額、首、胸先、胴体、腰、股先が血飛沫を上げつつ裂けて、内臓を撒き散らしながら後方へ滑り落ちていった。



「……エイス」


「来るんじゃあねぇッッ!! この化け物がぁあああッッ!!」


 尻餅をつくエイスに一歩ずつ近づく。


「もういいから。終わりだ」


 エイスの両腕を踏みつけて折る。これで杖は握れない。


「……ッッッ!! ガァアッ!!」


 両腕でエイスの首を締める。

 呼吸が出来なくて苦しそうだ。早めに終わらせてあげよう。苦しめるのは趣味ではない。

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