第27話 アンデッド・ダンジョン 表層
かつて村だった場所より北に向かって半日。そこにエイスがいる。
茶色の大地が広がる中に、ポツンとダンジョンの入口がある。人工物ではない、自然の産物。まるで怪物が口腔を広げ、愚かな挑戦者を待ち受けているようだ。
「シリウス、ここが入り口でいいのか?」
「ええそうです。それにしても……酷い匂いですね」
シリウスが顔を歪める。それほど嫌な匂いはしないが、獣人は鼻が良いのだろうか。
「死者の匂い……どれほどの命を奪えば、この様な匂いを発せられるのか……」
「中にいるアンデッドはスケルトンとは格が違うだろうな」
少なくともアンデッド化したグリフォンがいる。
翼を持つ魔物は恐ろしい。ドラゴンやワイバーン、そしてグリフォン。人は空を飛べず、そのせいで彼らに対抗するのは膨大な戦力を必要とする。弓兵や魔術師がいれば話は違うのだろうが。
ただただグリフォンが居る場所の天井が低いことを願う。頭をぶつけて勝手に死んでくれないだろうか。
「アンリ、洞窟内で食事をする余裕はないかも知れません。ここで食べてから向かいましょう」
「ダンジョンだから中にパンが落ちているんじゃない? それを食べ繋いで深層へ向かえば大丈夫だろ」
「はあ……? 大丈夫ですかアンリ?」
シリウスがまるでフェインを見るように俺を見る。呆れと心配を混ざった複雑なものだ。ついつい慣れ親しんだダンジョン感覚で喋ってしまった。
「いや、忘れてくれ。そうだな。食事を摂ってから行こう。うんうん。このダンジョンは死んだらお終いだしな」
「……ええ」
そうだ、このダンジョンではアイテムボックスも使えないし、アイテムやステータスの初期化も無い。それに死んだら終わりだ。俺もエイスも。
これからエイスの命を奪う。
いざ、エイスがこの手が届く距離にいると考えると喜びが胸の中に湧き上がる。それに聞きたいこともある、
だが、焦りに似た思いもある。何かを失うような切迫感。これは何だろうか。
エイスに逢えば答えが出るかも知れない。
◆
ダンジョンの天井から水滴が落ちて音を立てる。
地下水が自然に作ったこのダンジョンは硬質な岩で覆われている。辺りは闇が支配しており、もし突貫で作った松明が無ければ、一寸先も見通せないだろう。
「よく松明なんて作れたな」
「食料として獣を何体か狩りましたからね。獣から採れる油脂を使えば簡単です」
「なるほどなあ」
シリウスと二人で前後を警戒しつつ進む。入り口からかなり進んだので、後ろを振り返っても暗闇が広がっているだけだ。
しかしアイテムが落ちていないのは寂しい。もしこれが領地のダンジョンならば武器や防具、スクロールなどが多少は落ちていたのに。
「何も無いなあシリウス。アンデッドも居ないし」
「そうでもありませんよ。あそこを見て下さい」
シリウスが松明を壁に向ける。
そこだけ壁の色が違う。いやあの鈍い輝きは鉱物特有のものだ。
「あれは鉄の鉱床ですね。このダンジョンは手つかずのまま長年放置されていたので、鉱物資源はそこそこ有りそうです」
「へえ、持って帰りたいな」
うっかり「けどダンジョンを踏破したら消えるけどな」と言いかけた。またシリウスに白い目で見られるのは御免被りたい。
領地のダンジョンと違ってここで拾った物は消えることがない。それが当たり前だが、一度脳髄に刻まれた常識を変えることは難しい。
「ええ、我らもドワーフのように鍛冶が得手という訳ではありませんが、やはり鉱物資源は──」
話している途中でシリウスが口に人差し指を当てる。
真剣な瞳だ。恐らく近くにアンデッドがいるのだろう。
「アンリ、前方より死者の匂いがします。足音からして数は3体」
「分かった。俺に任せろ」
「……いえ、ここは私が行きます。エイスには腹に据えかねる思いがありますので」
無手のシリウスが一歩前に出る。
そう言えばシリウスは村にあった槍を持ってきていない。まさかアンデッドを殴り倒すと言うのか。確かにスケルトンなどの固い体を持つアンデッドは、刺突武器の有効性は低い。だが素手など論外だ。
「……【
──シリウスがスキルを発動するや、その体が、骨が、軋みを上げて膨らんでいく。全身を獣毛が覆い、端正な顔立ちは猛る狼に変わる。牙と爪は鋭さを増し、岩であろうと容易く切り刻むだろう。
「ああ……なんて事だ……」
「驚きましたかアンリ。我らは狼の末裔。選ばれた戦士は祖霊の力を借り受けて、姿を変えることが出来ます。これはその力の一端。かつて人狼と呼ばれた我らの真の姿です」
驚いたことは驚いた。
けど一番驚いたのはシリウスの体が巨大化したことだ。前より二回りは大きくなったせいで、シリウスが着ていた服が無残にも破け去っている。
シリウスの足元に服だったものが落ちる。あいつ、変身を解いたらどうやって帰るつもりなのだろう。
「我らの祖霊も怒り狂っています。父祖伝来の地を穢した恨み。ここで晴らせて頂きます」
「ああ、任せたぞシリウス」
「……ッ!? 来たようですね。では一番槍は頂きます!!」
足音が近づいてくる。
松明に照らされるのは見上げるほどの巨躯。トロールと呼ばれる魔物だ。肌は紫色に腐り、眼窩からは目がこぼれ落ちている。
「ガァアアアアアッッ!!」
シリウスは天井に届かんばかりに跳躍。そしてトロールの肩を鷲掴みにし、その鋭い爪を振り下ろした。
脳天から首まで唐竹割りにされたトロールはその場で絶命する。シリウスは割れた頭を足場にしてさらに飛ぶ。
「先ずは一体っ!!」
シリウスは空中で一回転。そして回し蹴りをもう一体のトロールの側頭部にぶち当てた。
トロールが苦悶の表情を上げながらシリウスを掴もうとする。だが早さが違う。壁や天井を自在に跳ねるシリウスは紙一重で全てを躱している。
「おお、凄い! ギリギリで避けることにより必要最低限の動きにしているんだな」
単純なステータスなら俺のほうが勝っているはずだ。しかし、戦いの経験、体の使い方、それはとても敵わない。
それにトロールとシリウスでは生物としての格が違う。万が一つにもシリウスが敗北を喫することは無いだろう。
蹴られて倒れ伏したトロールに空中からの膝蹴りが入り、鮮血とともに脳漿が辺りに飛び散った。さらにその勢いのまま最後のトロールに襲いかかり、その首を爪で掻ききった。
少しの時を挟んでトロールの首がずり落ちて地面に落ちる。シリウスは爪を払い、こびり付いた肉片や血を取った。
「これがシルバークロウ氏族の真の戦い方です。あまり見ていて気持ちの良いものでは無いでしょうが」
戦闘時の興奮が嘘のように、シリウスが紳士然として話しかけてくる。
「ここからは互いに背中を任せ合いましょう。薄暗いダンジョンですので、罠にも気を配りながらです」
「ああ、確かに大爆発の罠や炎上の罠に掛かると、シリウスの毛皮も燃えそうだしな」
大爆発の罠で両足が欠損したりすると大変だ。治癒ポーションにも限りはある。それに獣人はよく燃えそうだし。
あと、焼け死ぬのは思った以上に辛い。早めに意識を失えればそうでも無いのだが。あれは何回目の挑戦の時だったか。死にすぎてもう思い出せない。
「何を言っているかさっぱり分かりませんが、まあ気を付けてくれるならそれで良いです。先は長いですよ」
シリウスが優しい瞳でこちらを見つめる。
確かに世間一般のダンジョンでそんな罠は無いだろうが、あらゆる事態に備えるのがダンジョン攻略の肝なのだ。だからフェインを見つめる時の瞳で見ないで欲しい。
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