第26話 ダンジョンの呼び声
シリウスの家のドアを勢いよく開ける。
背後には濁流が迫っており一刻の猶予もない。
「皆っ! 高台に逃げるぞ!!」
エイスにしてやられたという悔しさより、今は焦燥感の方が勝っている。自然の脅威はこちらの感情など憂慮してくれない。
「お兄さんっ! お爺ちゃんとお婆ちゃんが……ッ!!」
シーラの背後には獣人の老人が3人いる。皆、脚が弱っているようで濁流からは逃げ切れないだろう。
3人を背負って高台へ逃げる。今の体力なら成し得るかも知れないが、下手をすると共倒れになる。
「一人を背負って、両腕に一人づつ……行けるか?」
トールとシーラの体格では背負うことは出来ないため、必然、俺が全て背負うことになる。まるで荷物のように老人を抱える姿を想像するがとても走りづらそうだ。
「トールとシーラはガブリールと一緒に高台へ逃げろっ! 後は俺がなんとかするから!」
「でも……」
「頼むっ! 今は時間がないんだっ!!」
逡巡を見せたシーラだったが、トールに連れられて部屋から出ていく。小さな二人の足音と、少し大きな獣の足音。遠ざかっていくそれを聞いて少し安心する。
遠くから地鳴りが響く。足元が震え、家が軋んだ。
「……アンリと言ったか? 儂らはもう充分生きた……さっさと逃げなさい」
老いた男性が声を発する。
かつてダンジョンでノスという男と出会った。彼の瞳にあった諦めと、この老人たちの諦めは違う。自己で完結するか、そうでないか。
「そうそう。最後にトールちゃんとシーラちゃんが来てくれて嬉しかったわあ。もう充分よ」
顔に皺が刻まれた女性が続ける。
「そうだクソガキがあっ! 老いたとは言え、儂らは誇り高き狼の末裔。よそ者に助けを乞うほど堕ちとらんわッ!」
最後の一人は元気一杯だ。脚は萎えても、心はそうではないらしい。若い頃はさぞ勇敢な戦士だったのだろう。
見なければ良かった。
顔を見て、声を聞いてしまった。見捨てればこの人たちが毎晩夢枕に立ちそうだ。老人たち三人が代わる代わる呪詛を吐く光景が脳裏に浮かぶ。
「ああ、面倒くさいっ! こっち来て下さいッ!!」
背中に一人背負い、両腕に二人を無理矢理に掴む。無理な体勢なので体は痛むだろうが、なあに治癒ポーションで治せば良い。
「こりゃあっ! 離さんかクソガキッ!」
右腕の中でギャアギャアと騒ぐ老人を無視してドアを蹴破る。
高台を見る。
フェインとシリウスが坂道を駆け上がっている。背中には子供の獣人。他の男女も似たようなものだ。子供を第一に、その次にそれぞれの家族、そして老人は最後。
「泣き虫シリウスが立派になったものだ。やるべき事を分かっておる」
「そうですねえ。嬉しいものです」
「まだ甘いっ! このクソガキも連れてゆけば良かったんじゃっ!」
老人たちが好き勝手に喋る。
地鳴りの音がどんどんと近づいてくる。
「御三方っ! 残念ですがもう時間がありません!」
「だから置いていけと言ったじゃろうが!! 馬鹿者が!!」
「ですので、あなた方には鳥になってもらいます」
「はあっ!?」
高台の上の方にフェインが見える。子供を背中から下ろしてこちらを見つめる。恐らくだがこちらに来ようとしているのだろう。
「フェイイイイーーーーーーーーーーンンッッ!! 聞けぇええええええええっ!!」
力の限りの大声を出す。フェインが気づいたようで手を振っている。
「これからッッ!! 老人たちをッッ!! そこまで投げるッッ!! 受け止めろおぉおおおおおッッ!!」
シリウスが頭を抱える横で、フェインが腕を振り回して了承の印を出す。
「さあ鳥になりましょう。どちらから行きますか?」
「あばばばば……」
「あらまぁ」
「絶対に嫌じゃあぁああ!! 死ぬうっ!!」
両腕の老人が発狂したように暴れる。だが俺の腕力から逃れられると思うな。無駄に鍛えてあるのだ。
「ご婦人は私が背負っていきますので大丈夫ですよ」
「あらアンリちゃん。ありがとうねえ」
背中の老人が柔和な顔で礼を言う。
「差別じゃあっ!! 何で男は投げて、女は背負うのじゃ!?」
「貴方の方が元気ですね……良しっ!」
「何一つ良くないわいっ!! 頭おかしいぞお主!!」
心外だ。命を掛けて人命救助に努めていると言うのに。
「心を凪いだ水面の様に平静に保って下さい。後は時間が解決してくれます」
「やじゃぁあ! やじゃあぁあああああっ!」
まるで赤ん坊のように駄々を捏ねられる。こうして見るとまるでボケ老人だ。まだ少し早いのではないだろうか。
濁流は待ってくれないので、三人を素早く下ろして、元気な方の老人を両手で掴む。
──そして全力をもって投げる。老人は悲鳴とともに綺麗な放物線を描き、フェインの元へ飛んだ。十秒ほど飛んでからフェインは華麗に受け止め、獣のような雄叫びを上げた。
「次は貴方です! さあ時間がありませんよ!」
「はわわわわ……いや、儂は生まれ育った村で死ぬから……」
──返答を聞く前に胸ぐらを掴んで同様に投げる。シリウスの悲鳴が聞こえた気がしたが無視だ無視。またフェインが美麗に受け止める。歓喜の雄叫びを上げつつ老人を高く掲げている。
「アンリちゃんは大物ねえ。それはそうと水が迫ってきてるわよ」
残ったご婦人を背負うとそう言われた。
濁流はすぐそこまで迫り、背後にあるシリウスの家が濁流に飲まれた。嫌な音を立てながら倒壊し、水と一緒に家だったものが流れてくる。
濁流に追いつかれないように走る。
軽いご婦人を背負うだけなら全力で走れる。
全てを飲み込む音を聞きながら、高台へ向かって駆ける。
「あら……早い」
「喋ると舌を噛みますよっ!」
走る速度は濁流より早い。これならば間に合う。
◆
「貴方は阿呆です……思っていたより数倍……なんて事を……」
シリウスに叱られる。眼下に映る村は完全に崩壊。あれは水が引いても元通りの生活は出来ないだろう。
「聞いているのですかアンリッ! 礼は言いますが手段というものがですねっ!!」
「まあ良いじゃありませんか長よ。みんな助かったんだし」
「お前もだフェイン!! 途中から楽しんでいただろうが!!」
「だってあの爺さんたち口うるさいし、俺様をいっつも叱るんだもん。悲鳴を聞けて愉快痛快だぜ!」
シリウスが銀髪を掻きむしる。そこまで悩むと頭髪が薄くなりそうだ。先程の老人二人は泡を吹いて倒れているが、体に別状は無さそうに見える。
「はあ……もう良いです。それよりエイスの事です」
「エイスはグリフォンに乗って逃げたな。王宮に逃げ帰ったのか……?」
「違うでしょう。飛んでいった方角ですが、前に言っていたダンジョンの方でした」
エイスが乗っ取っているダンジョン。元は地下水が作った魔物のねぐら。それをアンデッドで満たしてエイスの領域としている。
「ダンジョンの中のアンデッドを率いて、戻ってくる気かも知れない」
「ええ……私もそう考えていました」
「ならば攻め込もう。もう終わらせるべきだ」
エイスは俺に執着していた。必ず戻ってくる。
それにダンジョンの中なら逃げ場は無い。追い詰めてすべての責任を取ってもらう。
「……私も行きます。ダンジョン内は狭い道も多いので、アンリと私の少数精鋭で攻略しましょう。残った戦士たちは魔物やアンデッドを警戒させつつ、ダンジョンの入口で待機させます」
「分かった。誰が村人の指揮を採るんだ?」
「非常に不本意ですがフェインです。頭は悪いが腕は立ちますから」
「長ぁ……そんなに褒められると照れてしまうよ」
フェインが喜色満面で体をくねらせる。都合の悪い言葉は聞こえない体質なのだろうか。
安心したせいか体の力が抜ける。
その場に座り込んで周りを眺めると、トールたちの姿が見えた。怪我をしている人が居ないか探しているのだろう。
少し休もう。
そして久しぶりのダンジョン攻略だ。
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