第22話 不死者の軍勢

 エイスの襲撃は度々続いた。

 殆どが散発的かつ小規模のもので、防衛は村人の力だけでも容易い。それにシーラの治癒ポーションがあるため、犠牲者は一人も出なかった。


 どこか弛緩した空気が村を支配している。襲撃の頻度はいや増す一方だが「敵を撃退した」という仮初の実感は、村人の心から危機感を奪う。

 ふと見やれば物見櫓の上の獣人がアクビをかいている。弓も持たず日差しを浴びて心地よさそうだ。


「シリウス、みんな油断しきっている。本当にこれで良いのか?」


「良い訳がない。だが……張り詰めた糸が容易く切れるように、戦士たちにも休みは必要だ。しかし、なぜエイスは一思いに攻めてこない。これが狙いなのか?」


 シリウスが眉を細める。

 悩んでばかりも居られないようで、村人に指示して逆茂木を作らせている。エイスのアンデッドはスケルトンが主力であり、村の周囲にある粗末な木柵は簡単に打ち壊される。

 防備の薄い所を中心に逆茂木を置いて敵の突進を防ぐ。知性の薄いスケルトンは障害物があると動きは鈍るので、そこを槍で突けば良い。


 村の片隅で炊事の煙が上がる。非常時であるため各家庭で食事をすると言う訳にはいかず、もっぱら炊き出しにより賄っている。

 獣人の女衆に混じってトールとシーラもかいがいしく働いている。シーラが小気味よく香草を刻んでいる横で、トールがたどたどしい手付きでシーラの真似をしている。


「あいつ、母親の手伝いをサボっていたな……」


 トールは天才肌とは聞いていたが家事は不慣れなようだ。そう言えば家でも食べる専門だった気がする。

 二人は以前の奴隷服ではなく、この村の女性と同じ服を着ている。丈の長い上着は足元でスリットが入っており、その下には体にフィットするズボン。動きやすさを重視した服装なのだろう。各所に刻まれた文様が何ともエスニックだ。


「シリウス? 二人の服は村の誰かが用意してくれたのか?」


「女衆が寄ってたかって飾りあげていた。エルフが珍しかったのか、異様に張り切っていたな」


 獣人のご婦人に囲まれて着せかえ人形にされたようだ。


「何とも平和な……」


 空を見上げれば白い雲がゆっくりと流れて、飛ぶ鳥がそれを追い越していく。

 耳を傾ければ、村のあちこちから談笑の声が聞こえてくる。平和な村の何でもない日常。俺の一族がもし存在していなければ、ずっと続いていく風景なのだろう。



 ◆



 夜半、シリウスの家で疲れた体を休めている所だ。

 昼間は逆茂木を作ったり、土塁と木柵を補修したりと働いていたためクタクタである。慣れない作業であることも関係しているだろうが。


「ん、ガブリール、どうした?」


 横で寝っ転がっていたガブリールが突如立ち上がる。唸りながら俺の袖を引っ張っており、何やら伝えたがっている。


「まさか夜襲か!? おい、シリウス!!」


「見張りの戦士からは何も報告がないぞ!!」


 急いで家から出る。辺りは闇に包まれていて十歩先すら見えない。もし敵が攻めてきていても見張りが気づけるだろうか。


「篝火を付けろ!! 男どもは戦闘準備だ、出てこい!!」


 シリウスの怒声が村中に響く。家の中から獣人たちが着の身着のまま出てきて、篝火や武器の準備を進める。


「急げ!! 敵は待ってくれんぞッ!!」


 シリウスと一緒に物見櫓を昇る。篝火の明かりがちらほらと付き始めるが、まだ遠くまでは見えない。

 静寂の中、だれかが唾を飲む音がした。

 今までガブリールがあれほど慌てた事はない。嫌な予感がする。


 十分ほど待つ。動きはない。


「長よ!! 俺様が見てくるから、許可をくれ!!」


 フェインが群衆をかき分けて走り寄ってくる。一人での斥候など危険極まりないが、シリウスはそれに頷いた。


「許可しよう。だが10分以内に帰ってこなければ死んだものとして扱う。村の門も閉ざすぞ」


「応、任せといて下さい!!」


 フェインは勢いよく返事して暗闇の中に走り出していく。



 ◆



「長ぁああッ!! 大変だあ!!」


 フェインが息せき切って村に帰ってくる。周りに村人たちが集まり始めて、フェインの報告を聞こうとする。


「アンデッドだ──スケルトンが大量に居たぞ長よ!」


「大量では分からん。数を言え!!」


「四方八方から来ている!! 数は確認しただけでも千はいた!!」


 村人が数の多さにどよめく。

 スケルトンはアンデッドとしては最弱の部類に入り、村人でも対応は十分に可能だ。しかし千体となると、百人に満たないこの村で防ぐことは難しい。


「シリウス、村を放棄するか?」


「駄目だ。動けない老人もいる」


 それに囲まれた状態で逃げることは不可能だ。ならば防衛戦をする必要がある。


「だったら、とにかくスケルトンの数を減らそう! そしてエイスを見つけて討つしか無い」


「分かった。よし──戦士たちよ聞けッ!」


 シリウスが周りの注目を集めるべく大声を出す。闇の中、戦士の瞳がシリウス一人に向けられる。


「これから防衛戦を始める。戦士たちは決められた持ち場を死守せよ!! 朝まで耐えて、エイスを見つけ出して討つ!! 分かったかッ!!」


 ──戦士が腕を上げて呼応する。重なり合う大音声が村に響き、鼓膜を震わした。シリウスのお陰で士気は高い。弛緩した空気も一気に引き締まった。


「シリウス。俺は遊撃担当で防備の薄いところを守る。全体の指揮は頼んだぞ」


「了解した。祖霊に誓って無様は晒さない。そちらも任せたぞ」


 頷きあってそれぞれの持場に移動する。途中でシーラが治癒ポーションの準備をしているのが見えた。

 重症用・軽症用・武器に塗る用と濃さを変えて小分けにしている様だ。トールがそれぞれを戦士たちに配っている。


 遠くからスケルトンの足音がする。

 どこかにエイスが隠れているのだろう。

 そう言えばエイスは少年を鎖で縛って従えていると聞いたが、いったい誰の事なのだろうか。

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