第21話 二度目の握手

「アンリ殿、いい加減頭を上げて下さい」


 シリウスに申し訳なくて、とてもその願いは聞けない。この村を襲った死霊術師は俺の兄上だ。たとえ異母兄弟と言えどボースハイトのおぞましき血は俺にも流れている。責は俺にもあるのだ。

 兄上は何人殺したのか。報いとしてこの場で殺されても文句は言えない。


「アンリ! 聞きなさい!」


 大喝されてようやく顔を上げる。


「エイスと言いましたか。あの死霊術師は……なにか知っていることはありますか?」


「……エイスは第八王子で俺の兄です。彼には死霊術師の天禀があります。固有スキルにより魔法力の続く限りアンデッドを召喚でき、一人で軍隊を作ることも出来るでしょう」


 兵站の概念、士気、疲労も関係ない不滅の軍隊。それがエイスの恐ろしさだ。どれだけの規模の軍勢を作れるかは分からないが、恐ろしさに変わりはない。

 さらに死霊術師として死体を使ってのアンデッド召喚も出来るはずだ。こちらが一人死ねば、敵が一人増える。まともには戦えない。


「王族……ですが奴は今まで小規模のアンデッドしか送ってきませんでした。今までは威力偵察だった可能性もありますね」


「兄上は狡猾で残忍です。恐らくそうでしょう。ですが絶対にこの村を攻め滅ぼして死体を手に入れようとするはずです」


 アンデッドは魔法力を使って召喚するより、死体を使ったほうが楽だそうだ。王宮で自慢気にエイスが言っていた。皿を割っただけのメイドの死体を手に。


「俺が一人で兄上、いえエイスを──処分してきます。何かがあったら皆をこの村で見てもらえないでしょうか? 領地にも残している者が居ますので、後で迎えに行って欲しい」


 もうこれしか手はない。


「アンリ──結論を急ぎすぎです。これは貴方だけではなく我々の問題でもあるのですが」


「ですがッ!」


「シルバークロウ氏族は売られた喧嘩は絶対に買います。あのエイスを貴方一人に任せる事は一族の誇りが許しません!」


 シリウスが胸の前で手を握る。


「それにエイスがどこに居るかも知らないでしょう? あいつはダンジョンを占領して根城にして、たまに出てきては村を襲います。ああ、場所は教えませんよ。一人で突っ走られても困ります」


「ダンジョン──もしや古代人、エーファの民のダンジョンですか?」


 領地以外にもあのダンジョンがあるのか。それとも関係のない普通のダンジョンなのか。前者ならばエイスが特別な力を手に入れている可能性がある。


「寡聞にしてエーファの民とやらは存じませんね。もとは地下水が作った洞穴でして、そこに魔物が住み着いて出来たダンジョンです。今ではエイスのアンデッドしか居ないでしょうが」


 胸を撫で下ろす。

 シリウスはこちらを真剣な目で見つめ、口を開く


「ダンジョンはエイスの領域となっているでしょう。ならばこの村を襲ってきた所を迎え撃ち、弱った所を仕留めましょう」


 確かに勝算の高い作戦だ。古来より攻城戦より防衛戦の方が有利とされている。相手の牙城に攻め込むには手札が足りない。

 だが村民にも被害が出るだろう。それにトールたちも居る。彼女たちの身の安全を守る必要がある。


「本当に良いのですか? 被害が出るかと思いますが。やはり俺が──」


「それ以上先を言うなアンリ。献身は美徳だが、行き過ぎると不愉快だ。横の娘たちの顔をよく見てみなさい」


 トールとシーラは今にも泣き出しそうな顔をしている。そうか、俺が死ぬと彼女たちの暮らしは保証されない。不安だろう。


「お兄さん──戦いになるのですか?」


「ああ……すまないがお前たちを領地まで逃がす暇は無いかも知れない」


 それにエイスの怒りを買えば、領地に逃げても彼女たちだけでは殺される。ゴレムスは十分に強いが、アンデッドの波状攻撃には耐えれない。


「違いますッ……!」


「何が──」


 何が違うのか。シーラが何を言いたいかが分からない。


「私も村に残ります! 治癒ポーションは私が一番詳しいので、怪我をした人の治療をします!」


「そうそう。それに逃げた先が安全かなんて分かんないよ。前みたいに人買いに捕まるのは嫌だからね。ボクも残ってシーラを手伝うよ」


「……トール、シーラ、すまない。ありがとう」


 頭を軽く下げると、ガブリールがすり寄ってきた。柔らかな毛皮が顔に触れて少し気持ちが和らぐ。


「ガブリールも二人を守ってくれ。俺も頑張るから」


 ガブリールの背中を撫でる。肩の上にガブリールの頭が乗り、そして細い声で鳴いた。


「怪我人の治療は二人に任せる。治癒ポーションは武器に塗っても使えるから、必要に応じてポーションを薄めて節約してくれ。塩梅はシーラに任せる」


「任せて下さい! お兄さんも絶対に死なないでくださいね。お姉ちゃんが寂しがっちゃうので」


「ちょ、ちょっと何いってんのシーラ!? さっきのは勘違いだって言ったでしょ!」


 シーラが口を押さえてクスクスと笑う。こんな時でも冗談を言えるなんて、彼女も強くなったものだ。

 言い合っている二人を尻目に、シリウスがこちらの肩を叩いてくる。


「アンリ、話はついたようですね。それと、これからは私のことはシリウスと呼び捨てにしなさい。共に肩を並べて戦うのですから遠慮はいりません」


「ああ、これから宜しくシリウス。俺は役に立つと思うぞ。少なくともフェインよりは強いしな!」


 二度目となる握手を交わす。シリウスが不敵に笑うので、俺も合わせて返す。

 握りしめる手の力は強い。頼りになりそうだ。

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