第15話 開拓畑

 シーラが錬金工房に籠もってからそろそろ一週間だ。約束の刻限まで少し時間はあるが、シーラは一向に姿を見せない。


「やっぱり厳しすぎたかなあ」


 ずぶの素人が治癒ポーションを一週間で作るなど無理難題である。せめて期限を一ヶ月にすべきだったかと反省しきりだ。


 苦労しているであろうシーラを思いつつ、手に持った鍬を草原の大地に振り下ろす。

 ただ治癒ポーションが出来るまで待つのも退屈だったので、ダンジョンに少し潜ってDPを稼ぎ、食糧生産のために開拓の畑メンダシウム・フィードをDPと交換した。


「まさか報酬で農具と種しか出てこないとは……」


「肯定──その遺物アーティファクトは開拓補助のために使われます。ヒヒイロカネ製の農具は決して錆びず、壊れません」


 俺の側で大きな石を除去してくれているゴレムスが補足してくれる。


「俺はてっきり畑がそのままポンと出てくると思ったんだ! まさか最初から開拓することになるとは思ってなかったんだよ!!」


 ぼやきつつヒヒイロカネ製とやらの鍬を振るう。未知の金属に心躍る気持ちはあるが、それ以上に過酷な労働にめげそうになる。


 真っ赤な鍬は驚くほど軽く、そして鋭い。手持ちの武器が何もないので、しばらくはこれを武器として使おう。

 流石に割れた石と投石だけで戦闘を続けるのは辛いものがある。蛮族じゃないんだから。


 耕す。耕す。耕す。そして種を蒔き、また耕す。水はたまに降る雨に任せる。


「ふう。休憩にしようゴレムス。別に体力の限界というわけでは無いぞ。上に立つものが適度な休憩を取って、範を示すのは大切なんだぞ?」


「報告──見栄を感知」


「……ゴレムスは本当に賢いなあ」


 皮肉に皮肉で返してからドカリと草原に座る。かなり耕したから俺とエルフ姉妹、そしてガブリールの食料確保としては十分だろう。

 撒いた種もエーファの民が使っていた種なので、どんな作物が出来るか今から楽しみである。

 主食を畑で栽培して、たまに草原の獣肉も食べる。これが理想だ。肉ばかり食べてると頭が悪くなってくる気がする。実際に悪いのかも知れないが。


 汗を手で拭う。

 ボヤキはしたが労働で流す汗は心地が良い。王宮に閉じこもっていたなら、こんな経験は出来なかっただろう。


「まあアホみたいにダンジョンで死ぬのもどうかと思うがな。そう言えば前回の踏破時のステータスは分かるかゴレムス?」


「肯定──ステータスを読み上げます」


 この畑を手に入れるために始まりの試練をまた踏破している。三階層にノスの姿は無かったので、残念だが彼が復活することは無いようだ。

 それと石碑には他のダンジョンへの挑戦も出来ると書いてあった。まだ怖い気持ちもあるので入ってすらいないが。



 アンリ・ボースハイト

 累計死亡回数00010

 始まりの試練 踏破 3時間5分25秒

 ダンジョンを踏破(2回目)

 HP270(+42) MP10 攻撃力128(+17) 防御力164(+14) 魔法力1 素早さ31(+4)

 武器:青銅の槍+5

 防具:鋼鉄の軽鎧+2

 特殊スキル:ステータス保持(固有)

 所持DP:328(評価+210)



「そんな感じかあ。踏破前に死んだせいで防御力ばっか上がってるな……」


 一度クリアしたダンジョンなら二回目は簡単に行ける。そんな甘い世界では無かった。

 入るたびに構造が変わる始まりの試練は、その悪意と複雑性をもって俺を殺そうとしてくる。実際に踏破までに3回死んだせいで、死亡回数も二桁目に突入している。

 途中で魔法杖というアイテムも拾っているが、使い方が分からずに活用できなかった。敵前で意気揚々と杖を振って、何も起こらず、そのままに食い殺される俺は大陸一の愚か者エンターテイナーだろう。


「ゴレムス、そろそろ家に帰ろう。腹が減ってきた」


「了承──農具をお持ちします」


「ありがとうな」


 時間はそろそろ昼になろうとしている。ゴレムスに夕焼けの様に真っ赤な鍬を持たせて家路につく。昼飯は獣肉だ。正直飽きた。



 ◆



「シーラ……うぅ……シーラぁ……」


 骨付きの獣肉を弄びながらトールが悲しげに呟いている。何日か前からずっとこんな調子だ。

 シーラが治癒ポーション作成のために籠もりっきりになったせいで、姉妹間のコミュニケーションが欠乏していると言っていた。

 その証拠に昼飯時だというのにシーラは家に帰っても来ない。たまにトールが食事を持っていっているが、会話はあまり出来ていない様子である。


「まあそんなに気落ちするなよ。シーラも忙しいから相手できないだけじゃない?」


 我ながらてきとうな励ましだ。だが円滑な家族関係を築いたことがない俺に何のアドバイスが出来るだろうか。


「グス……うううぅぅぅ……」


 トールは目に涙を溜めながら獣肉にかぶり付く。少し滑稽な姿に笑いそうになるが、太ももの肉を抓って我慢する。


「ボクを頼ってくれていいのに。ポーションを作るなら二人で協力したほうが早いだろうし……」


「今回だけはシーラ一人でやり遂げた方が良いと思うぞ」


 シーラは姉に頼らず自分の力でやり遂げたいと言っていた。ここでトールが手伝えば努力は水泡に帰する。たとえ成功したとしてもだ。


「その二人だけで通じ合ってる感じも嫌なのおおおお!! なんでボクだけ何も知らないのアンリぃいいいい!!」


 言い終わるやトールは机に突っ伏してしまった。会話を聞いているガブリールも不安げにしているから、早く機嫌を直して欲しい。


「どうしたものかなガブリール?」


 床に伏したガブリールの前足を上げたり下げたりして遊ぶ。ひとしきり遊ぶと寝転がって腹を見せたので、全力をもって撫で回した。


 そんな時間を過ごしていると家のドアを強く叩く音がした。

 こんな所に来客が来るわけもないので、恐らくはシーラだろうが、お淑やかな彼女にしては強いノック音だ。


「シーラなの!!」


 トールがガバリと起き上がって部屋の入口を見る。振り返って俺も見ようとすると、そこにはグッタリとした様子のシーラが立っていた。手にはポーションを持っている。

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